27 推理は朝食の後に
ライン城の騎士二人が昨日から行方不明だという情報は、今現在先遣隊と城主ロイドのみが知っている。彼らは朝、この不可思議な事件を議題に、朝食がてら小食堂に集まっていた。
「脱走したんじゃないか?」そう言ってダグラスがパンを口に咥えた。
「私もそう思うよ」ロイドが不機嫌そうに頷く。
「しかし、どうして脱走なんてしたんだろうね」
「さあ。ちゃんと美味い飯も食わせてやってるのに、それでも満足いかなかったのかな」
「迫り来る帝国にビビったんじゃないの?」年上二人の会話に、カルメンが口を挟む。
「それもあり得るな。騎士というのは意外と臆病だったりする。ただね、私も長いこと城主をやっているが、脱走なんて初めてなんだよ。第一昨日からずっと、城の門は閉めてあったんだ」
「部屋の窓から飛び降りたんじゃない?」
「さすがにそれはないさ。ただでさえ高い城なんだ。それに、行方をくらました二人の部屋は、五階にあると聞いている。そんな高さから飛び降りたら、死ぬに決まってる。少なくとも逃げるための体は保てないだろう。骨は必ず折れる」
「そっかあ……じゃあ僕には分からないや」
「しかしそうとなると、脱走というのは考えにくいんじゃないか?」
「そうだねダグラス。もしかしたら誰かに襲われたのかもしれん」
「もしくは監禁されているとか」
「この城にか? そうだとしたら今に分かる。今全ての部屋を衛兵にチェックさせているからね」
「なるほど、では――」
ダグラスが何かを言おうとした瞬間、小食堂の扉が音を立てて開いた。やって来たのは、話に挙がっていた衛兵である。素晴らしいタイミングでの登場だ。
「お食事中申し訳ございません! ロイド様に部屋調査の結果をご報告に参りました!」
「よくやった。早速聞かせてもらおう」
「はい! 驚くべきことに、五〇三号室から血の跡が見つかりました! それと、五〇六号室にも同様の痕が確認されました!」
「……ほう、どうやら事件があったみたいだ」
そう言ってロイドは、食べていたパンを一気に飲み込んだ。彼の心に気合の入った印である。
「ち、ちなみになのですが、五〇三号室の騎士は、先日先遣隊の皆さまが連れてきた騎士であります!」
「あの瀕死寸前だった騎士か?」ドレイクが呟く。
「はい! その通りであります!」
「……なるほど、分かった。私とダグラスをその部屋に向かわせてくれ。朝食はすぐに済ませる」
「了解しました!」
衛兵はそう言って元気に敬礼してから、「扉の前で待っていますと」言い残し、そそくさと小食堂から出て行った。
さて、言葉通りすぐさま朝食を終えたダグラスとロイドの二人は、衛兵に連れられて城を五階まで昇って行った。そして五〇三号室に入り、部屋を見分する。誰も居なくなった寝室は、日光が差し込んでいてとても明るく、事件を匂わせるものと言えばカーペットについた血痕くらいだった。二人はしばらくのあいだ部屋の至るところを物色し、一通りの捜索を終えると事件について語り合った。
「どうだダグラス、何か見つかったか?」
「いいや何も。むしろとても綺麗な部屋だ」そう言ってダグラスが辺りを見回した。
「恐らく犯人が証拠を消したんだろうな。衝動的に人を殺した場合、部屋はこんな綺麗にはならない」
「だとすれば計画的に殺したのか?」
「だろうね。私は避難民の中に犯人がいると思う。奴らの中に一人くらい殺しが紛れていても、何らおかしくはない」
「なるほど? 騎士に恨みがある人間の仕業ってことか」
「ああ。何かが盗まれた形跡はないから、金品目当てでもないだろう」
「もっともな意見だね……だがロイド、だとしたらわざわざ五階まで来て、五〇三と五〇六を狙う理由はなんだ? 思うにこの二部屋が狙われたという事は、犯人も騎士なら誰でも良かった、という訳ではなかったはずだ。それにあんた、避難民には豪華な飯を食わせてやってるんだろう? 城の人間に恨みをもつ避難民なんて、そんなに居ないと思うが」
「なるほどね……その場合、犯人は避難民以外ということか。だとすれば、城の騎士が犯人候補かな?」
「そう考えるのが妥当だろう。仲間内での揉め事とかじゃないか?」
「揉め事……確かに考えられるが、だとしたら遺体はどこにある?」
「……さあ」
「想像してみろ。もしこの部屋で二人が揉め事になり、そのまま死んだとして、その場合は誰が遺体を隠すんだ? 二者間での揉め事なら、必ず遺体が部屋に残っているはずだ。しかし遺体はない。ということは、二人の揉め事に関わった別の人間がいるはずで、そいつが遺体を隠したと考えるべきだ」
「では、やはり第三者がいるということだね」
「ああ、私の推察が正しければね。しかしこんな非常時に人殺しなんて、一体どんな馬鹿か顔を見てみたいよ」
「あはは、それは私も同感さ……ちなみにだがロイド、さっきドレイクが言っていた、殺された騎士が先日先遣隊に運ばれた人間だという話は、何か関係があると思うか?」
「さあ。偶然かもしれない」
「偶然ね……これはあくまで私の推測だが、ついこの間やって来た騎士が、この数日間で揉め事を起こすほど他の騎士と仲良くなるというのは、ちょっと不自然な気もする」
「むしろ新米だから遊ばれたとか、そんな事じゃないか?」
「なるほど? だとすればおたくの騎士はしつけがなってないね」
「あはは、教育が下手で悪いね。しかし、もしこの事件が新米の揉め事だとしたら、あの執事が連れてきた五十人の騎士が誰よりも新米なんだがね……」
「だったらむしろ、その五十人の中に犯人がいると考えるべきでは?」
「その可能性も捨てきれん。元々城に居た騎士は団結力も強いし、騎士道にも忠実な奴らばかりだ。対して執事が連れてきた五十人は、一応まだ部外者……あまり彼らを疑いたくはないが、そうせざるを得ないようだね」
そう言ってロイドはため息をついた。そして気力のない口調でこう続ける。
「五十人もいたら犯人を絞れない。困ったな、こんなことに時間を割いている余裕はないんだ」
「どうしたロイド。そんなに忙しいのか?」ダグラスがそう言ってロイドの肩を叩いた。
「ああ忙しいとも。最近新しく執事を雇ったおかげで、少しはマシになったが、それでもまだ忙しいことに変わりはない」
「そうか、やはり城主も一筋縄ではいかないようだね。あまり無理をするんじゃないよ」
「ああ、気をつけるよ」そう言ってロイドが苦笑いを見せた。
この部屋にヘリスがやって来たのは、丁度二人がこうして友好に浸っている最中であった。どこか懐かしい二人の会話を断ち切るように、部屋の扉が突然開く。燕尾服姿の彼は、洗練された礼を見せた後、首を垂れたままハキハキした口調でこう言った。
「ロイド様、三日分のお食事の手配、完了いたしました」
「それはご苦労だったねヘリス。頭を上げな。どうだ、君も少し手を休めては?」
「いえいえ、わたくしにはまだ仕事が有り余っておりますので。それよりロイド様こそ、このあと紅茶を一杯いかがですか?」
「いいよそんなものは。今は殺しの調査で忙しいんだ」
「殺しですか? 物騒ですね」
「ああ、ほんと困ったものだよ。ヘリスも聞くか? 我々の推理」
「ええ、興味がございます」
「なら聞かせてやろう。我々はね、今のところこの部屋で騎士が殺されたと睨んでいるんだ。肝心の遺体がないから断定は出来んが、たぶん犯人はこの城にいると見て間違いない」
「なるほど……すぐにでも犯人が見つかることを期待しております」
「ああ、頑張ってみるよ。ところでヘリス、王都への援軍要請はやってくれたのかい?」
「ええ、今しがた完了いたしました。一週間ほどで援軍が来るとのことです」
「そうか、ご苦労。戻ってくれていいよ」
「はい、失礼いたしました。また何かご要望がありましたら、何なりとわたくしにお申し付けください」
そう言って執事は一礼をし、部屋から颯爽と出て行った。
「良く出来た執事じゃないか」部屋を出るヘリスを見届けながら、ダグラスが呟く。
「ああ、本当に良くやっている子だよ」
「ヘリスと言ったっけか? 彼が騎士五十人を連れて来たんだろ?」
「そうだよ。プレゼントと言っていたね。気前のいい子だ」
「……彼も疑うべきでは?」
ダグラスがそう訊くと、ロイドは得意げな笑みを浮かべてこう答えた。
「ダグラス、私を甘く見すぎだよ。私だって、ちゃんと彼を疑ってるさ。鎌をかけたんだよ、鎌を。ああいう頭の切れる奴には、こっちから勝負を仕掛けておかないとね。ただ私は正直なところ、あの執事が二人の騎士を殺すのは、さすがにちょっと無理があると思うが」
「それもそうか……」
「まあ可能性が無いわけじゃない。寝込みを襲ったのかもしれないからね。とりあえず安心するんだ。必ず私が犯人を捕まえてみせる。何ならどちらが先に犯人を見つけるか、勝負と行こうじゃないか」
ロイドがダグラスの背中を叩いて笑った。どうやらこの男にとって、犯人捜しなど大した仕事ではないようだ。さあいよいよ、この軍師最大の見せ場である。




