26 ある少女の過ち
昔々、太古の昔、あるところに、女神が眠ると噂の平原がありました。ある日そこにやって来た少女ラインは、地面にぽっかり開いた穴を見つけたので、気になって入ってみることにしました。深くて暗い穴です。ラインは勇気を振り絞って穴の一番下にやってきました。なんとそこでは、一人の女性が体を光らせて、水面の上ですやすやと眠っているではありませんか。少女は眠る女神様に声をかけてみました。
「女神様女神様? 一体こんな所で何をしておられるのですか?」
少女の声を聞いて、女神様は目を覚ましました。
「……ああ、ついにこの地も人間に見つかってしまったのですね」
「恐れる必要はありません女神様。私は決して悪い者ではありませんから」
「そうでしょうか? 天界では、人間が魔力を手にすると悪魔になる、と言われていますが」
「女神様、それは魔力を与える人間を間違えているのです。善良な人間が魔力を持てば、魔法は必ずや人々の力になります」
女神様は考え込みました。女神様には、この少女がとても純粋に見えたのです。そして何より、この少女は女神様が知っている限り最も美しい人間でした。その目はあらゆる輝きを集めたように光り、唇は煮詰めたルビーのような赤色をしていました。程よく膨らんだ胸や、細く伸びた足は、恐らくこの世のいかなる言葉をもってしても、その美を表現出来ないでしょう。女神様はその美しさに惚れこんでしまい、禁忌を破って少女に魔力を与えてしまいました。
「わかりました少女よ、そなたに魔力を差し上げましょう」
「ありがとうございます。必ずや民と王国の繁栄のために、魔力をお使いいたします」
「ええ、むしろそうでなくては困るのです。今日のことは、決して口外しないように」
女神は少女の胸に手をかざしました。すると少女の体がふわりと浮かんで、すぐに少女の体に力が宿り始めました。
「そなたと王国に、女神パルメアの祝福があらんことを……」
そう言って女神様は、再び水面の上で眠りについてしまいました。
少女はすぐに大地に飛び出し、力を人々のために使い始めました。与えられた水の魔力で、大地に水を引き、雨を降らせ、緑を生やしたのです。人々は少女の力を大いに歓迎し、彼女を女神と讃えました。
「ライン様、ライン様。そのようなお力、一体どうやって手に入れたのですか?」
「残念ながらそう言ったことは教えるわけにいかないのです」
「いいじゃありませんか。みんなが力を得れば、王国は必ずや発展いたします」
「いいえ、私にはある者との約束があるので」
「そうですか。なら仕方がありません」
彼女が王国に名を知られるようになってからは、より多くの人々が彼女の魔力に憧れを示しました。それと同時に、彼女の完璧な美しさを褒め称えてもくれます。王国のほとんどの男から求婚があったそうですが、誰一人として受け入れられることはありませんでした。ですが、それでもなお彼女の美を賞賛する声は収まりません。人々が彼女をあまりにも褒め讃えるので、少女ラインは少し自分が偉くなったような気がして、次第に人々にずさんな命令をするようになりました。
「おいそなた、森を燃やしなさい。大地を全て耕作地にするのです」
「おおせのままに、ライン様」
「おいそこの者、城を立てるのです。我が名を冠した荘厳な城を」
「ははあ、おおせのままに」
次第に少女がわがままになるので、それまで彼女を敬っていた王国の人々は、段々と彼女から離れていきました。彼女は次第に孤独になり、その孤独を紛らわすために、人々にこう宣言したのです。
「王国の民よ! そなたに力を授けよう! 王国のどこかに大穴があり、その地下に女神パルメアが眠っている! 力が欲しければ彼女の元へ行くがいい!」
その一言で、大国の人々は国中を探検し始めました。そして少女の言葉の三日後、ある男が偶然大穴を見つけるのです。彼はすぐに穴へ潜り、女神様を見つけました。
「女神様! ああ女神様だ! その力どうかわたくしに!」
「どこの者です? この場所はあの少女以外知らないはずです」
「教えてもらったのさ、ライン様に。ほら女神様、わたくしにも力を」
醜い顔の男は、そう言って女神様に掴みかかりました。慈悲深い女神様は、仕方なく男に力を授けます。すると彼の手から、すぐに炎がぼわっと上がりました。
「おお炎の力だ! ありがたき幸せ女神様!」
彼だけなら女神様もまだ許したかもしれません。しかしこのあとも、実に多くの人々が女神様の元にやって来て、彼女に力を求めたのです。女神様はなかなか眠ることが出来なくなり、次第にやつれていきました。
「おい女神様! 起きてくれよ! 僕にも力をくれってば!」
「私にはもう力が残っていないのです」
女神様は水の上に横たわったまま、細々とした声でそう答えました。
「困るんだよ女神様。今や魔力のない人間は奴隷にされてしまうのさ」
「そんなことは知りません。全てあの少女の仕業です」
「パルメア様、冗談はよしてくれよ、彼女は僕らのために力を使ってくれたんだ。それより早く起きてくれよ。女神様、ほら起きてってば。僕に力を与えてくれよ」
「ああもう! どうして人間はそうも強欲なのですか!」
女神様は最後の力を振り絞って水面に立ち上がり、何やら笛を吹き始めました。突然大地がぐらぐらと揺れ始めます。そうして姿を現したのは、赤い鱗の巨大な竜でした。
「やってしまいなさい! この大地を火の海にするのです!」
竜は女神様の命令の通り、大地を飛び回り世界を焼き尽くしました。少女が水の魔力で耕した大地が、どんどん焦土に変わっていきます。こうして竜は人間たちを懲らしめたのですが、女神様は竜を召喚したせいで力尽きてしまいました。
「ああ、やはり人間は悪魔なのですね……」
女神様は水面の上に横たわって呟きました。そこに、あの少女がやって来ます。
「女神様! どうされたの女神様! あの竜はどういうことですの?」
声の主は少女ラインでした。
「ああ少女よ、あなたは私を裏切ったのですね」
「裏切ったなんてとんでもない! 私は民のため、王国のためを思って!」
「いいえライン、名誉にすがるあまり孤独に陥り、あなたは自らを失った。やはり強欲は人間の性なのですよ」
「そんなことはありません。あなたこそ寝ていてばかり。もっと天界のために働いたらどうです?」
「私はそういう宿命なのですよ」
「ならば私も、あなたに出会って力を得る宿命だったのです」
「それは違います……人間に魔力を与えるのは本来禁忌なのです。しかしあなたが美しすぎるばかりに、私は罪を犯してしまいました」
「罪だなんて! この素晴らしい力が罪だなんて! 何をおっしゃるんですか女神様!」
「ああ天よ、どうかわたくしの愚行をお許しくださいませ。この悪魔をお鎮めください……」
「悪魔などと言わないでください! 私は民のために生きた、全うな人間ではありませんか!」
「それ以上叫ぶのはよしてください……さもなければ本当に悪魔になってしまいます」
「馬鹿を言わないで! 私は美しき少女ライン……悪魔などと言われては黙って居られません!」
突然少女が怒り出しました。それと共に彼女の目が紫色に灯ります。女神パルメアはその目を見て恐れおののきました。
「あ、悪魔……悪魔ですね、はやり天の教えは間違ってなどいなかった!」
女神の叫びをよそに、少女は紫の目を輝かせながら、女神の肩に噛みつきました。すぐに女神が暴れますが、少女は口を離しません。しばらくして女神は目を閉じ眠り、そのまま水面の下に沈んでいきました。
こうして女神を沈めた少女ラインのもとに、赤い鱗の竜がやって来ます。竜は少女の前に座り込むと、その荒い吐息を彼女の美しい髪に吹きかけながら、新しい女神に忠誠を誓いました。
「この笛を握っていればいいのですね……ああ竜よ、私を慕ってくれるのはあなただけかもしれないわ」
そう言って少女は竜を従えて、王国の大地に飛び出しました。そして人々を竜の前にひれ伏せさせ、たくさんの非道な命令をくり返していきます。
「すみませんがライン様」
「女神様と呼びなさい!」
「め、女神様……お言葉ですが、そのような無意味な命令はもう……」
「どうして言うことが聞けないの! 分かりました。ほら竜よ、こいつを噛み殺してしまいなさい!」
「ライン様、それだけはおやめ――」
竜は彼女の命令の通り、男を鮮やかに噛み殺しました。
少女があまりにも非道な命令を続けるため、民は次第に鬱憤を溜めていきました。そうしてある時、国中の民が彼女を国から追い出そうと立ち上がったのです。
「出て行けライン! この国にあんたはいらん!」
「……やれるものならやってみなさい!」
「ああいいさ! おいみんな、あの笛だ! あの笛さえ奪えばあいつも竜を操れん! やっちまいな!」
王国の軍が少女を襲いました。戦いは三日間にも及び、多くの流血を伴いましたが、最後、民はようやく笛を奪い、それを折って粉砕しました。こうして見事、少女と竜を王国の外へと追放したのです。
「パルメアの民よ! ついに我々は悪魔から解放された! 喜べ民よ! 今日は祝杯だ!」
こうしてパルメア王国は悪魔を退け、ほとんどの魔法とは決別したうえで、今日に至るのです。




