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東の城が落ちた  作者: 中山ヨウスケ
 第二部  双子の城
25/64

25  華麗なる執事の仕事

 執事とは、完璧の体現。執事とは、洗練の使途。この華麗なる執事、ヘリス・シャーロットの仕事裁きは、いつだって十全十美だ。彼、以前に執事の経験が浅いなんて言っていたけど、どこからどう見ても仕事ぶりが玄人のそれだ。燕尾服に塵一つ付けず、背中に棒を当てたかのような直立姿勢で、彼は今日もライン城を歩き回る。え? 昨日ナイフを持って騎士を脅したのはこいつだって? 何を言っているんだい? こんな華麗な執事が、そんな愚行をするわけないじゃないか。読者諸君も、面白いことを言うもんだね。君の目は節穴かな? 一度医者に目を診てもらうことをお勧めするよ。


 おっと許してくれ、何も君をからかってるわけじゃないんだ。だってこんな華麗な仕事ぶりを見ていたら、誰だってこの男に惚れてしまうだろう? 見てみろよ、あのスリムな体のシルエット。白い手袋に包まれた細長い手もいいね。それにほら、どんな状況でも絶やさぬあの笑顔。執事にとって一番大切なのは、やっぱりあの笑顔だよね。気色の悪い執事なんて、すぐクビになるだろうし。


 さて、今日はこのヘリス・シャーロットの一日を、君たちに紹介しようと思う。まあまあ、そんな嫌な顔しないで、とりあえず聞いてくれよ。彼は毎日朝四時に起きるんだ。朝四時なんて、びっくりしちゃうよね。人によってはまだ夜なのに。でも彼は、本当に目覚まし無しでピッタリ四時に起きてしまうんだ。誤差の最高記録は十二秒。彼からしてみれば最低記録かな? いやはやしかし、誰もが憧れる起床のセンスだね。羨ましいよ。


 さて、起きてすぐやることは着替えだね。執事の正装は、何てったってこの洒落た燕尾服。一度着てみたいけど、これ、意外と着こなすのが難しいんだ。背が高くてちょっと細身じゃないと、燕尾服は似合わないからね。でもそれを格好良く着こなしちゃうのが、ヘリス・シャーロットの凄いところさ。


 次の仕事は朝食の配膳。最近アストランからの避難民が来たせいで、彼の仕事も結構増えてしまったみたい。でも彼にはあまり関係ない。だって彼からしたら、大量の配膳なんて朝飯前だもの。実際朝飯の前にやっているからね。え? 同じジョークをどっかで聞いたことがある? こらこら、そういうことは言わないお約束。


 六時になるとようやく彼の主人が起床するんだ。そこで彼は、まず主人のいる十階へ直行する。この城、やけに階段が多いから、知らないうちに足腰が鍛えられるんだよね。そのおかげで彼の足にも筋肉がついてきたみたい。この調子なら、ヘリスも騎士になれるんじゃないかな?


 これはあまり知られていない事だけど、執事の仕事は朝が一番多いんだ。だから、配膳と主人の身支度さえ終われば、ちょっとした休憩時間まである。彼の場合紅茶を飲むらしいよ。ルイボスティーが、最近の彼のお気に入り。不思議なことに、眠くならないんだって、この紅茶。


 さて昼前になった。午前中最後の休憩時間だね。彼は自分の部屋に入って、何やら機械をいじっているみたい。「チクオンキ」って言うらしいけど、この国じゃ珍しい代物だね。音を溜めておくことが出来るんだって。世界にはすっごい発明品があるものだね。


「なあ聞いてくれよ、頼むよ」


 チクオンキから、雑音混じりに誰かの声が聞こえてくるね。一体誰の声なんだろう?


「なんだようるせえな」


 おっと、会話の相手が一人いるみたい。二人で話をしているのかな?


「脅されたんだ……執事の野郎に」


「どういうことだよ……」


「お、俺がこの城に来てすぐ、療養室で寝てたら、執事が来てさあ……」


「それで?」


「ナイフで脅されたんだ……」


 なんだかだいぶ怯えている声みたいだね。一体何があったんだろう。


「嘘つけ、執事がそんなことするか?」


「本当だって! あいつ俺に、『ロザリオ一行の騎士ですか』って訊いてきたんだ……」


「ふうん? それで――」


 おっと、ヘリスがチクオンキに拳を振り下ろして、無理やり音を止めちゃったみたい。執事にしてはちょっと乱暴だね。何だか苛つくことでもあったのかな。そんな方法で止める必要ない気もするけど……


 彼はそのままチクオンキを持って部屋を出て行った。一体どこに持っていくんだろう。五階まで降りて、五〇三号室に入っていったね。そしてその部屋の机に、チクオンキを置いていったよ。どうやらこの部屋、さっきの会話で怯えていた騎士の部屋みたい。じゃあこのチクオンキも、元々この部屋に置いてあったのかな。ヘリスはこんなことして、一体何を考えているんだろう?


 昼食の仕事も終わって、午後になったね。今日は彼の主が、大食堂で演説をするらしいよ。避難民を弓兵に志願させるとか言っていたね。ヘリスは大反対だったんだけど、知らないおじさんが主を説得しちゃったみたい。ヘリスからしたら余計なお世話だよね。昨日来た見知らぬおじさんのくせに、自分の主に口出しするなんて。たまったもんじゃないよ、ホントに。


 さて、いよいよ夜になった。夕食も終わって、もう夜十一時だ。おや? ヘリスがさっきの五〇三号室に向かっていくよ。今度は何をするつもりかな? 分からないけど追ってみようか。なるほど、螺旋階段を下りていくんだね。五階で止まって、ついにあの騎士の部屋の前にやって来たよ。扉をそっと開けて、部屋にこっそり入って行くね。騎士の人はベッドですやすや寝ているみたい。真っ暗な部屋だけど、奇襲にはもってこいだね。


 ヘリスがナイフを取り出したよ。そして寝ている騎士の胸を一刺し、ついでに口も塞いじゃってる。さすが執事、殺しにも抜かりがないね。


「あなたは喋り過ぎました」


「やめっ……」


 ベッドを血がだらだら垂れていく。シーツの白に血の赤がとっても映えるね。ヘリスの顔も、ほら、とっても美しい笑顔だ。やっぱり殺しは夜に限るよ。


 しばらくして、騎士が呼吸をしていないのを確認してから、ヘリスは後始末をして別の部屋に向かったよ。五〇六号室だね。どうやらここは、チクオンキで会話をしていたもう一人の騎士の部屋みたい。なるほど、話を聞いた方も同罪ってわけだね。


 ヘリスは蝶ネクタイを締め直してから、五〇六号室の前にやって来たよ。部屋に入ってすぐ、騎士がヘリスに反応する。どうやらこっちの騎士は起きていたみたい。


「誰だっ! お前……あいつが言ってた執事か!?」


 そう言ってすぐ、騎士はベッドから跳ね上がって、近くに立ててあった剣を握る。まあ、こう見えても一応騎士だもんね。何かあったら剣を握らなくちゃ。でもその行動、この執事の前では無意味なんだな。


「はあ……手間をかけさせますね」


「近づくな! 斬り殺すぞ!」


「死んでもらうのはあなたの方ですよ」


 そう言ってヘリスが、ナイフを騎士の胸に投げつけた。シュパンっといい音がして、すぐに胸から血が垂れる。ああ、せっかくの寝間着が汚れてしまうよ。それを洗濯しているのも、このヘリスだって言うのにさ。


「こんなんで、死んでたまっ――」


 騎士が胸を押さえてひざまずく。うんうん、これがヘリスに接する時の相応の態度ってものだよね。そうやってひざまずかないと、彼に失礼だよ。


 ヘリスは最後、騎士を地面に張り倒して、そのまま首を絞めたらしいね。彼に逆らったらこうなるって、分からなかったのかな? 最近の騎士は身分ってのをわきまえていないね。


 さて、今日の仕事もこれで終わりだ。あとはこの騎士の後始末をして、ゆっくり眠るだけだね。きっと明日には、騎士が二人消えたって城で騒ぎになると思うけど、果たしてあの城主には犯人が分かるのかな。王国随一の軍師って聞くし、その腕前、ちょっとは期待してもいいんだよね?


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