24 民よ立ち上がれ
翌日のライン城は至って平和である。避難民たちは皆執事の大声で目を覚まし、眠い奴もとっくに目を覚ました奴も、無理やり食堂に連れていかれる。一方でロイドと先遣隊は、別室で朝食がてら会議中だ。彼らは城の地下にある、十人くらいがやっとは入れる小食堂で、密かに侵略対策会議を開いていた。
「なるほど? そう言うわけでアストランが陥落したわけだ」ロイドがそう言って肉にナイフを入れる。「ではダグラス、この城にもそろそろ帝国の軍が攻めに来るのかね?」
「さあ、それは分からない。おそらく奴らは、まずアストランを侵略の拠点にするために、軍事施設の整備をするだろう。そうやって用意周到に準備してから、この城に攻め入るのではないかと思う。多めに見積もっても、猶予は一週間くらいだ」
「ほう。だとしたら我々も、王に援軍を申し込むべきかね」
「ええ、その必要は十全にあるかと」
侵略を受けているからか、彼らの朝食はちょっと暗い雰囲気である。隣の大食堂では避難民たちが眠いながらに盛り上がっているが、こっちは正反対の静けさに包まれている。
「ライン城の存在意義は、敵の侵攻を出来る限り遅らせることにある」ロイドがそう言ってナイフを机に置いた。「だから我々は、抵抗できる限り抵抗し、戦況が危機的になったら、潔く引き下がる覚悟も必要だ。この城は敵を倒すための城ではないからね。しかし一方で、現時点でのライン城の兵力は、帝国軍を立ち止まらせるには程遠い。もともとの騎士百人、そしてあの執事が連れてきた騎士五十人、そして君たち先遣隊四人…帝国が何千人という単位で攻めてきた場合、ひとたまりもないだろう」
「ロイドさん……俺に一つ提案がある」そう言ったのはドレイクである。
「どうした? 言ってみろ」
「避難民に剣を握らせることは出来ねえのか?」
「……それなりの年齢の男女なら、ありかもしれない」
「じゃあ避難民に頼んでみようぜ? まあ……剣の備蓄があればの話だけどな」
「残念ながら剣の備蓄はない。弓ならある」
「じゃあ、避難民から有志を募って、弓兵にさせたらどうだ? 敵の侵攻までに、みっちり訓練させるんだ」
「それはいい案かもしれない。ただ、元はと言えば彼らも平民だ。故郷から逃れて来てただでさえ疲弊しているのに、その上弓の訓練をさせるのは、ちょっとかわいそうな気もする」
「それもそうだな……」
「しかしいい案をもらった。一度考えてみるよ」
「ありがとう。俺も久しぶりに役に立ったぜ」
ドレイクはそう言って満足そうに笑った。
さて、このドレイクの案はのちに採用されることになるのだが、それは午後になってからである。恐らく午前中は、城の誰もがこの案に採用の見込みなどないと思っていただろう。なぜなら、城主ロイドが避難民の徴用に批判的だったためである。しかしダグラスがそこを譲らなかった。一国の危機だ、平民にも力を借りなければ勝てない。彼はそう言ってロイドを説得した。この懸命な説得に応じて、同じ日の午後、ロイドは渋々この作戦を実行すると決めたのだ。
◇◇◇
午後三時、昨日から一度も食堂を出られずにいた避難民のもとに、ロイドが姿を現した。しかし避難民の心も穏やかではない。ロイドが食堂に来るや否や、彼らは大量の野次で彼を迎えた。
「はやく出してくれよ! いつまでこんな狭い部屋に千人も閉じ込めておくつもりだ?」
ある男がそう言って野次の先頭を切った。
「そうだそうだ! 騎士の連中は一人一室あるくせに!」
「皆の衆、落ち着け!」
ロイドは食堂に入ってすぐ、大量の野次に屈することなく避難民たちを大声で鎮めた。そして同じくらいの語勢で、こう続ける。
「今パルメア王国は侵略を受けている! 君たちはその最初の被害者だ! 私だってこんな所に閉じ込めておくのは心苦しいさ!」
「だったら部屋を用意しろよ部屋を!」
「静粛に! 君たちを守ってくれるのはその騎士たちや先遣隊の人間なんだ! 少しは楽をさせてやってくれ!」
「うるせえ! 貴族だからって調子に乗りがやって! こっちだって商売に命かけてんだよ!」
「それは分かっている! 王国を支えているのは君たちのような人間さ。そういう人間は普段目立たないが、しかしこういう非常時こそ英雄になるんだ! だからあれだけ美味しい飯も用意した! 君たちを剣を持たぬ戦士だと思っての待遇だ! 言っておくが、飯代は全部私が払ってるんだからな!」
「そりゃありがてえけどよ……」
城主の言葉に、避難民たちがざわつき出す。彼らの脳裏をよぎったのは、昨日の七面鳥である。確かにあれは、彼らにしてみれば人生最高の晩餐であった。
「君たちの力がなければ、こんな城きっとすぐに陥落してしまうだろう! アストランよりも早くだ! だから協力してくれ! 飯代なんて借金抱えてでも私が払ってやる! だから君たちには弓を握って欲しい! 頼む!」
再び大食堂がざわつき出す。弓という単語に、多くの人が戸惑いを隠せなかったようだ。
「お、俺らに弓兵になれって言うのか!?」
ある男の震えた声での問いかけに、ロイドは声を大にして返答した。
「ああそうだ! 十八以上の人間だけでいい! 君たちが王都に送られるまでのあいだ、この城を守ってくれ!」
「嫌だ! 俺は嫌だぞ! まだ死にたかねえんだ!」
別の方向からまた野次が飛んでくる。しかしロイドは説得を諦めない。
「嫌なのは百も承知だ! だがそれでも弓を握ってほしい! 弓兵は後衛だから、騎士たちに比べれば危険も少ないさ! この通りだ!」
そう言ってロイドは深く頭を下げた。普段貴族に虐げられている彼らも、この真摯な礼を見て、少しばかり動揺する。
「ゆ、弓なんてもんすぐに出来るかよ!」
「出来る! 断言する! ただし訓練はきつい!」
「誰がやるかそんなこと!」
いくらロイドが説得を続けても、野次は一向に止まなかった。そこでいよいよ、我慢の限界に達したロイドは、腹からありったけの声量を吐き出して、空前絶後の大声でこう叫んだ。
「私やこの城の騎士たち、そして何より君たちをここに運んで来た先遣隊の四人は、皆この国と、君たちの尊厳のために、命を懸けて戦っているんだぞ? 覚えてはいないのか? 王都から命がけでアストランにやって来て、君たちを必死に救ってくれた先遣隊の雄姿を! 少しは彼らに報いてやるべきだと、そうは思わないのか!」
「それは……」
避難民たちが顔を見合わせる。それを好機と捉えたロイドは、続けざまにこう叫んだ。
「今こそ彼らに恩返しをするべきではないか? 弓を握って、アストランを取り返すいつかの日かのために、今は戦うべきではないか? このまま帝国の侵略を見過ごせば、きっと同じように故郷を失う人がたくさん出てくるだろう。しかしそんなこと私は望まない! 故郷から逃れるのは、今ここに居る君たちでもう充分なはずだ! だからこそ今戦って、未来の王国のために、未来のアストランのために、希望を繋ぐんだ! だからどうか、その手助けをしてはくれまいか!」
「本当に弓兵になるだけでいいのか? せ、戦場に送り出したりしないだろうな!?」
「そんなことはしない! 弓を握る、ただそれだけでいい!」
ロイドは大声で叫んだ。避難民たちの眼光が力強いものになる。彼の言葉が、どうやら心に響いたらしい。彼らは思い出していた。ある男は、酒場で騎士に守衛所へ走るよう鼓舞されたあの時を。ある女は、見知らぬ男に飛び降りる勇気をもらったあの瞬間を。そしてまたある男は、見知らぬ女に走るようからかわれたあの屈辱を――
そう、この城主は知っている。平民も貴族も貧民街の乞食も、どんな人間であろうと、助けには報いるべきだと思っていることを。なぜならそれが人間の本能であるから。いつの日か、王は言った。この際身分など関係ない、と。そう今こそ、身分の垣根を越えて、自らの王国のために手を携える時ではないか。避難民の心の中に、抵抗の火花が散り始める。
「立ち上がれアストランの民よ! 我々は決して帝国に屈さん! その覚悟がある人間は、今すぐ食堂を出て訓練所に来い! 美味い飯はその後に好きなだけ食わせてやる!」
はやりこの城主、ダグラスの言う通り、ただのお人好しではないらしい。彼の言葉に背中を押され、何人かが食堂を後にした。パルメア王国よ、まだ戦いは始まったばかりだ。民の心が燃えた今、俄然諦めてはならない。この戦いは、決して負け戦ではないのだから。




