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東の城が落ちた  作者: 中山ヨウスケ
 第二部  双子の城
22/64

22  お出迎え

 先遣隊は千人弱の避難民を引き連れて、ライン城付近の深い森を進んでいた。馬の足音が一帯にこだましている。もう夜遅く、アストランの領民たちは馬車の中で身を寄せ合っていた。木々のざわめきが冷や汗を誘う。夜の森はいつだって恐ろしいが、先遣隊には似たような森で魔獣と対峙した経験があったので、この寒気がより恐ろしく感じられた。


「不気味だなあ……」馬に乗ったドレイクが、そう言って辺りを見回した。


「もうすぐライン城に着くさ。心配はいらない」ダクラスがそう言ってドレイクを落ち着かせる。


「いやいやそうは言ってもよお。ほら、子供なんて怖くて震えてるぜ?」


「仕方ないさ。ここが一番の近道なんだ」


「そう言って、魔獣が出たらどうするんだ?」


「そういうことを言うから出てくるんだよ」


「まあそうだな。もう言わないよ」


 なんだかんだで先遣隊は苦難なく森を進んでいた。木が多いため馬を走らせるわけにはいかないが、それでも一歩一歩、確実に進んでいる。


 今現在馬に乗っているのは、ダグラス、ドレイク、ヘンクの三人である。彼らは横一列に並んで、松明片手に馬を進めていた。ちなみにカルメンは馬に乗った経験がないので、ヘンクが従える馬車に乗って、子供たちの面倒を見ている。


「カルメンが戦闘以外で役に立つとはなあ」ドレイクがわざとらしく感傷的に言った。


「うるさいなあ。僕だって子供の世話くらいできるさ」


「そうかそうか。ならきっといいお嫁さんになるな」


「そう?」


「ああ、性格さえ直せばね」


「……褒める時くらい素直に褒めたら?」


「わりいな、ごめんよ。この歳になると人をからかっちゃうんだ」


「お前こそ、その性格を直せよ。そんなんだと一生独り身だぞ?」


「あっは、十代の女に結婚を心配されるとはな。俺も堕ちたもんだ」


 アストラン陥落など忘れてしまったのか、二人の会話は実に愉快だ。もしかしたらこれは、悲しい会話で避難民を怖がらせてはいけないという、彼らなりの配慮なのかもしれない。そんな努力のおかげか、避難民の表情もどこか穏やかである――


「止まれ!」突然ダグラスが声を上げた。「怪我人がいる!」


 ダグラスがそう言って目の前の地面を指さした。彼の言う通り、道の先では一人の騎士が血を流して倒れている。それを見てドレイクがすぐに馬を降り、咳き込む怪我人の元へ素早く駆けつけた。瀕死の騎士は地面で仰向けになって、ぜえぜえ言いながらもがいている。


「くっそ、こういう時にシスターが居れば……」ドレイクは悔しがりながら、倒れている騎士の両肩を揺らした。「おい聞こえるか! 反応しろ!」


 ドレイクが必死に声をかける。彼の懸命な呼びかけに応えてか、騎士は咳と共に吐血しながら、かすれ声で何かを呟いた。


「……騎士が……ゴホッ……たくさん……」


「たくさん? 何言ってる? おい、死ぬな! おい!」


「聞けドレイク!」そう言ってダグラスがドレイクを呼んだ。「そいつを馬車に乗せろ! 急いでライン城に運ぶぞ! 城には治癒術師もいる」


 ダグラスがそう言って、カルメンの乗っている馬車を指さした。


「そうか、分かったよ。ならほら、歯くいしばってくれっ」


 ドレイクはそう言って踏ん張りをきかせると、瀕死の騎士を肩に担ぎ上げた。しかし少々やり方が乱暴だったようだ。騎士が「痛い」と声を上げて、そのままじたばた肩で暴れる。


「おいちょっと動くな! 落ち着いてくれ!」ドレイクが声を張り上げる。「今すぐ馬車に乗せてやるから……おいカルメン、悪いがこいつを頼む!」


「えっ?」声をかけられたカルメンは、あからさまに面倒そうな顔をした。「こっちは子供の世話で忙しいのにさ……まあでもいいよ。置いていくのもかわいそうだし。んーでも、この人は誰なの? 避難民とか?」


「さあね。誰かは知らんよ。だがとにかく死なせるな」


「あっそう。まあ、分かったよ……」カルメンはぶっきらぼうに呟いた。


 先遣隊は負傷者一人を加えて再びライン城に向かった。しかし今度は先程までと違って、馬も速足である。ひづめの音が木々に反響し、森が音にまみれ始めた。ただでさえ怖がる子供たちの対応に追われていたカルメンは、負傷者の対応も増えてちょっと忙しそうである。


 しばらくして先遣隊は、ようやく森を抜けた。辺り一帯平原であり、木は一つも無い。そんなだだっ広い夜の平野に、あの城はぽつんと、まるで待ち受けていたかのように存在していた。そう、あのライン城――通称「幽霊の城」――太古の昔、水の神「ライン」がその建造を命じたとされる、伝説の城である。その細くて荘厳な外観は、人を寄せ付けない唯一無二のオーラを放っている。ちょうど城の背後に満月が体を半分隠していて、城そのものが月光の影になっていた。ここまで夜が似合う城も珍しい。


「これが噂の『幽霊の城』かあ。見上げるだけで首が痛くなるぜ」


 ドレイクはそう言って曲げていた首を前に戻すと、城の正門に目をやった。ちょうど視線の先で、一人の執事が燕尾服を着て礼をしている。彼の礼は、まるで折れた針金かのように美しかった。


「先遣隊の皆さま」そう言って執事は顔を上げる。「わたくし、当ライン城城主、ロイド・メルメア様の執事を務めさせて頂いている、ヘリス・シャーロットと申します。気兼ねなくヘリスとお呼びください」


 礼儀正しい執事は、低く透き通った声で先遣隊を出迎えた。あまりにも透き通った声なので、鼓膜を直接触られているかのような感触がする。そんな律儀な執事を追って、城から大量の騎士が出てきた。彼らは執事の後ろで綺麗に整列をし、剣を下に向けるとトンと地に突き刺した。騎士特有の儀礼である。声の低い執事は、目をつむって耳に手を当て、その儀礼の音に耳を澄ませていた。そしてその後、オペラ歌手のような太い声でこう叫ぶ。


「わたくしヘリス・シャーロット、あなた方先遣隊が待ち遠しくてたまらなかった! さあどうぞ遠慮なく! 皆さまを最大限の歓迎でお出迎えして差し上げます!」


「や、やけに声のでかい執事だな……」ヘンクが戸惑いながら呟く。


「声がでかいのは良いことじゃないか。しつけがなってるんだろう」そう言ってドレイクが笑った。


 一方当の執事は、そんな二人の反応を見て嬉々と笑っている。一体何が面白いのか分からないが、彼はしばらくして一度踵を返すと、騎士たちに避難民の誘導を命じた。そして一人城の中へ戻りながら、小声でこう呟くのである。


「皆さまに、女神パルメアの祝福があらんことを……」


 なんだか、とても不気味なお出迎えである。


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