17 男だけの作戦会議
四人になった先遣隊は、ようやく森を抜け平原に出ていた。太陽もやや沈み、午後の涼しい風が吹いている。
ヘレナを失ってから数時間、先遣隊に会話はなかった。カルメン以外は泣き止んでいるが、それでもみな、心に負った傷は長いこと癒えないだろう。彼らの使命である「アストランの偵察」は、ここに来てようやくその重大さを知ったのである。これは単なる旅ではない。国の命運をかけた偵察なのだ。一人を失ってようやく辿り着いた、彼ら先遣隊の存在意義である。
カルメンはさっきからずっと、ヘレナと二人きりで話した昨日の長い夜を思い出していた。今となってみれば、彼女のあらゆる発言が、大切な言葉のように思えてくる。カルメンは悔やんだ。僕はあのとき彼女に言ったじゃないか。強がるなって。でも今の自分は弱い。彼女を守れなかった。もちろんそれは仕方のないことだけど、それでも責任を感じずにはいられない。だってあの夜、僕とヘンクがちゃんとヘレナを守っていれば、彼女はあんな風にならなかったんだよ? 結局は僕の力不足じゃないか。
彼女のこの涙は、カルメンがあの日、弟を失ったときのものと、かなり似ていた。どちらの涙も、自分の無力感に絶望したがゆえなのだ。しかし完全に同じではない。なぜなら今のカルメンは以前よりずっと強いからだ。なのに救えなかった。その事実は、言い換えれば今の自分がまだ強くなりきれていないということだ。彼女にとってそれは、強くなると誓ったあの日の自分を、裏切っているようなものである。だから彼女にとって、今の涙の方が前の涙より何倍も許し難いものなのだ。
「なあダグラス。明日は次の宿場町でゆっくりしよう。どうだ?」
隊の先頭を歩くダグラスに、ドレイクが小声で言った。
「我々にそんな暇はない」
「それは分かってるよ。でも、こんな暗い雰囲気で旅をする方が、隊にとって損害になると思わないか」
「まあ一理あるな。どうやらお前もようやく周りが見えてきたみたいだ」
「まあね。今朝のことは俺も謝るよ。たしかにあの態度は良くなかった。こんなことになると分かってたら、俺はカルメンにあんなことを言わなかっただろうし、もうちょっとみんなに配慮したと思う」
「ならそれを私に言うな」
「そうれもそうだが……後ろを見てみろ、あいつ大号泣だ。今は一人にさせてやった方がいい」
「君にしては賢明な判断じゃないか」
「だろう? だから明日は観光でもしよう。どうだ?」
「考えておくよ」
「そうか。まあ、話を聞いてくれただけでもありがたいよ」
しばらくして日が沈み、先遣隊は次の宿場町に到着した。ルッセルフより一回り大きい、ちょっとした地方都市である。
宿に泊まった先遣隊は、今日もぐっすり眠るかのように思われた。しかしそんな単純な男たちではない。ドレイクの部屋にヘンクとダグラスが集まって、なにやら集会をしているのだ。題して「カルメンを励ます会」である。三人は明かりの消えた部屋でベッドに座って、一人の少女のために夜遅くまで語り合った。
「というわけでだ。我々男三人で何が出来るかを考えよう」ドレイクが開口一番、陽気な声で言う。「まず初めに騎士ヘンク・メルテンス。お前は茶会で公開キッスをした前科がある」
「だから何だ」
「こん中じゃ一番女心に詳しそうだ」
「それで?」
「何かいい案はないのか」
「こんな夜遅くに呼び集めて、丸投げとはいい度胸だな」
「いやいや、最初にお前の意見を聞いておきたいだけだ」
「残念ながらこれといった提案はないよ。むしろ私は、彼女なら自然に立ち直れると信じている」
「つまらない答えだなあ全く」
「というかカルメンは、ヘンクのことが好きなんじゃないのか?」
突然そう言ったのはダグラスである。この軍部大臣、急に何を言い出すかと思ったら、とんでもないことをさらっと言うじゃないか。ヘンクとドレイクは、彼の発言に一瞬うろたえた。
「えっ? ちょっと説明願いますか?」ヘンクが戸惑って訊き返す。
「だって……あいつ何かとお前に甘くないか?」そう言ってダグラスはヘンクを見た。
「変な冗談はやめてください。私にはハンナ・アリエッタという思い人がいて……」
「お前の恋愛事情はどうでもいいんだ。今俺たちはカルメンちゃんの話をしてる」
「いや私の事情も考えてくれよ。それとお前、いつからそんな馴れ馴れしい呼び方をするようになったんだ」
「いいじゃねえか。こっちの方が親近感あるだろ? さすがに本人の前では言わないさ。ところでダグラス。その、カルメンがヘンクを好きかもしれないと言う件、もう少し詳しく聞かせてもらおうか」
「ああ分かったよ。これはあくまで私の主観なんだが……最初は茶会の時だ。カルメンが王広間にやって来て、彼女を捕らえようとした騎士五人を滅多打ちにして、そこにヘンクがやって来た」
「そんなことがあったのか? 聞いてないぞ?」
「あったんだよ。それでだな、カルメンがヘンクを無理やり先遣隊に誘ったんだ」
「そうなのかヘンク!?」
「ああその通りだ」
「まあ落ち着いて聞けドレイク。話を戻すと、その騒動の時ヘンクが、色々あって『今はお前と身分は同じだ!』みたいな事言ったら、カルメンが『そう言えばそっか、ごめん』って、やけに素直に謝るんだよ。私にはあの時のカルメンが、何だか照れているように見えた」
「冗談はやめてください。私にはどう考えても生意気な顔にしか見えませんでした」
「何言ってんだヘンク。あいつはいつも生意気だろう。むしろそこが可愛いんじゃないか」
「ドレイク、話はまだあるぞ」
「おっ? いいねえ」
「二つ目は、旅の初日でやった焚火だ。ヘンクとカルメンが、剣で薪に火を灯したやつ。二人もよく覚えてるだろ?」
「あったあった。あの技には俺も感動したぜ」
「最初ヘンクが成功させたあと、カルメンが『僕もやる!』とか言って同じことをやろうとして、まんまと成功しただろう? それでヘンクが『良く出来た!』みたいなこと言ったら、カルメンがとっても嬉しそうに笑っていてね……なんかこの二人出来てるのかなって、私は思った」
「それはさすがに『出来てる』の定義が狭すぎですよ……私は単にカルメンを褒めただけであって……いや、でも……」
「おっ、どうしたヘンク。お前にも心当たりがあるのか?」
「いや、あれは勘違いだと思うが、狼を三匹倒した後、私が彼女に『お前には感心しているよ』的なことを言ったら、あいつ『褒めればいいってもんじゃない』とか言って、そっぽ向いたような……あれは照れていたのか?」
「おっまえ、そういうことは早く言っとけよ」
「いやでも、さすがに彼女が私に思いを寄せているなんてありえない。第一彼女は茶会での私の口づけを見ているんだ」
「いやあ、恋敵がいるからこそ、頑張ろうって思える場合もあるんだぜ?」
「そうなのか?」
「ああそうだとも。モテモテの騎士様には分からないだろうけど」
「あのなあ二人とも」ダグラスが興奮気味の二人を鎮める。「何のために集まったんだ? カルメンの恋の話じゃなくて、彼女を元気づけるための話をしに来たんだろ?」
「いや、元はと言えばお前が言い出したんだからな?」
「……まあそうだが」
いやはや、果たしてこんな調子で、「カルメンを励ます会」は成功を手にすることができるのだろうか。明日の予定は宿場町の観光に決まったらしいが、先行きが不安なような……




