15 悲劇の予感
カルメンが目を覚ましたのは、もうじき正午になろうという頃だった。目覚めて周囲を確認してみると、隣のベッドにいるはずのヘレナがいない。というか、今日はダグラスとドレイクの捜索をするはずでは? なぜヘンクは起こしに来てくれなかったのだろう。カルメンは寝間着のまま部屋を飛び出して、ロビーに向かった。
「酒だ酒だ酒だあ!」
途端に威勢がいいドレイクの声が聞こえてくる。酔っているのか顔を赤らめて、ソファアに大の字で座っていた。その隣にダグラスが座っていて、だらしないドレイクを嫌味のこもった視線で見ている。
「全く、こっちは昨日から本気で心配してやったというのに……」
ヘンクが用意された椅子の背もたれに体を倒して、呆れ顔をしている。
「あれ? 二人とも戻ってたの?」
カルメンが気になって彼らに訊いた。その声を聞いて、ソファアに座っているドレイクがこちらを振り返る。
「おおカルメンか!」
「……どういうことか説明しろよ」
「朝から態度がでかいねえ」
「その姿勢で言うな」
さすがのカルメンも、この状況には呆れざるを得ない。昨日本気で心配してやったというのに、まさか朝っぱらからこんなに飲んだくれているとは。
「昨日は色々あったんだよカルメン。ドレイクの貯金がいくらかって話、お前も聞くか?」
「お金の話は嫌いだ」
「そうかい。乗りが悪いねえ」
「そう言えばシスターは? ここにはいないみたいだけど」
「彼女は大事をとって療養中だよ。なんだかまた具合が悪くなったらしい。ほら、もうじき出発だから、カルメンも昼飯を食べな。午後にはここを出る」
ヘンクに言われるがまま、カルメンは先遣隊の輪に入っていった。椅子に座ると、目の前の机に庶民料理が並べられている。さっきから漂っていたいい匂いは、どうやらこの料理が正体だったようだ。
しかしこの日のカルメンは、おいしそうな料理を見ても気分が上がらなかった。なかなか気持ちの整理がつかないのだ。なぜこいつは、大変な目にあったはずなのにこうも陽気でいられるのだ? シスターに限っては、昨日の夜半分うつ状態だった。今も彼女が療養中だと思うと、申し訳ない気がして食事が進まない。
カルメン以外が全員食べ終わった頃、先遣隊は笑い話に興じていたが、突然ダグラスが「話したいことがある」と言って場を鎮めた。彼が神妙な声で言うので、先遣隊はそれを不思議に思って会話を止めた。
「どうしたダグラス」ヘンクがそう言って首を傾けた。
「この酒好きがどう思っているかは知らんが、私は今回の事、隊長として失態だと思っている」
彼はうつむいてそう言うと、なんとソファアから降りて土下座をした。
「本当に申し訳ない……全部私のせいだ。私がもう少し全体に配慮すべきだった」
深々とした、誠意のある土下座である。さっきまでの食事の雰囲気から一転、まだ食べ続けているカルメンの咀嚼音が、はっきり響き渡った。
「おいおい、旅に危険はつきものだろ? 頭上げろよ大臣さん」
突然の沈黙に気を払う事もなく、ドレイクはソファアで大の字に座ってダグラスをからかう。
「おいドレイク」場の空気を裂くような声で、カルメンが言った。「なんでそんな態度がとれるんだ? お前も謝れよ。ダグラスの土下座を見て何も思わないのか?」
「おいよせよ。俺は励ましてやってんだ」
「そういう事じゃない。そういう事を言いたいんじゃないんだ……僕は、シスターに申し訳なく思ってる。あんな怪我を負わせて、苦しい思いをさせた。昨日の夜彼女と話して分かったんだ。彼女は苦しんでる。僕はそれを知らなかった。でもね、それを知って逆に覚悟が決まったんだ。僕は先遣隊だ。腐っても先遣隊だ。屍になってでもアストランに行く。そう決めた。なのにお前はなんだ? その陽気な口調は。僕には理解できない」
「あはは。さすがの俺もこの歳で十代の女に説教を食らうなんて思わなかったよ」
「お前は一度、苦しみを知るべきだ。大体元は盗賊だろ? そのくせにへらへら笑いやがって。僕は盗賊が嫌いなんだ」
「そりゃまあ、男根潰しだもんな」
「その名で呼ぶな……もううんざりなんだよ……僕は、僕は……カルメン・スタッカートンなんだぞ!」
彼女が椅子を倒す勢いで立ち上がった。顔に怒りが浮かぶ。両手に拳を作って、背が低いながらに威圧感を醸し出していた。
「落ち着けカルメン」ヘンクが憤る彼女を制す。
「もう出発の時間だ。みんなも一度冷静になるんだ。ほら、ダグラスも顔を上げて。それとドレイク、お前に関しては彼女の言う通りだ。もう少し場に応じた態度ってものを心がけろ。お前の陽気さはいつもなら隊の利益になるが、今はその時じゃない。みんな一回思い出すんだ。我々はこの国を侵略から守る先遣隊だぞ。ここで喧嘩をして何になる? 分かったら今すぐ支度をしてくれ。私は治癒室に行ってシスターを連れてくる」
そう言ってヘンクが立ち上がった。そのあと場に残されたのは、三人の先遣隊員と拭い難い軋轢である。カルメンは怒りに身を任せて立ち上がり、ドレイクはソファアに座ってそっぽを向き、ダグラスは土下座をしたまま顔だけ上げている。誰がこの状況に団結を見いだせるだろうか。
しかし隊はそれでも出発をしなければならない。ヘンクはすぐにシスターを担いでロビーに出てきた。彼女は熱っぽいのか顔を赤らめている。目をつむっていて、その体は力無くでろんとヘンクの背中に乗っかっていた。
午後になると、先遣隊は宿の青年にお礼を告げて、ルッセルフの町を出発した。しかし道中、彼らに会話は生まれない。ヘンクは最後尾で背中に乗るシスターを心配している。ドレイクは一人だけ離れて先頭を歩いている。カルメンはうつむき、ダグラスは距離を取ってその横を歩いていた。
先遣隊が王都を出て二週間と少し。ここまで順調にやって来たので、あと一週間もあればアストランに着く。しかしここに来て仲間割れとは、何という不運だろう。だが、不運がこれだけだったら、まだマシなのかもしれない。次の悲劇は、もう先遣隊を襲っているのだ。
「うっ……うあっ……」
シスターが声と呼ぶにふさわしくない音を漏らす。彼女を担ぐヘンクは、心配して足を止めた。
「おいみんな待ってくれ! シスターの様子が変だ!」
ヘンクの声で、先遣隊の足が止まる。全員がヘンクの方を振り返った。
――バタンッ。突如シスターがヘンクの背中から滑り落ちる。その肉体が芝の上でうつ伏せになった。だがそれでもなお、彼女の嗚咽は途絶えない。華奢な体が、陸に上がった魚のようにぴくぴく震えている。
「どうしたシスター! 大丈夫か?」
ヘンクがシスターの頬を両手で挟み、その顔を持ち上げた。表情筋が痙攣している。
ヘレナの目が、紫色だ。




