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東の城が落ちた  作者: 中山ヨウスケ
 第一部  アストラン陥落
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14  宿場町への賭け

 日付が変わる前の宿場町ルッセルフは、いつにも増して騒がしかった。近くの山で火事があったと誰かが言い、その伝えを受けて街の火消隊が動き出したのだ。約十人で結成される火消隊は、山火事の多いルッセルフの町を火の手から守ることが役目である。そのために用意されたのは、巨大な濡れた麻の布と、大量の水桶だった。作戦はこうだ。まずは火事の広がっている場所に向かい、この巨大な布を地面に覆いかぶせる。問題は木々が多くてうまく布が広げられないことだが、そこさえ何とかなれば、この布で火と空気の接触を抑えることができる。最後はその上から隊員が水桶を振りかぶり、水を布に浴びせる。これこそルッセルフ伝統の火消法であり、これまで多くの緑を救ってきた術だ。


「お前ら覚悟はいいな!」隊長が火消隊を鼓舞する。


「もちろんですとも!」


「いい返事だ。情報によれば、二名の賊が森に火を放ったそうじゃないか。我らルッセルフの森を焼き尽くす賊など、火消隊が殺してやろうぞ!」


「その通りだ!」


「やっちまおう!」


 かけ声を合図に、数十人の集団が森の中へと分け入っていく。皆耐火用の甲冑を身にまとって、ランタン片手に森を進んだ。しばらくするとすぐ、遠くで淡い火の光が上がっているのに気づいた。


「まだそれほど大きくはなっていないようだ。今のうちに沈静化しよう」


 隊長の合図で、隊員が布を広げる。


「おーい! 誰かいるのか!」突然火の中から声がした。男の声だ。火消隊の手が止まる。


「誰だ! 火の中にいるのか!?」


「助けてくれ頼む!」


「……賊の奴らか。まあいい、火消しが先だ! お前らの始末はその後にしてやる!」


 さあ、火消隊の腕の見せ所である。統率の採れた動きで、火消隊の数名が濡れた布を一気に広げる。ちょうど四角形の四隅を隊員が持ち上げる形だ。その状態のまま、布を火の方向へ動かしていく。四人で歩幅を合わせることで、布はゆっくりと火に覆いかぶさった。辺りは低木が多いので、火消しは順調に進む。


「おい、俺たちまで濡らす気かよ!」


「黙れドレイク、今はあいつらの言う通りにしとくんだ」


 男二人に布がかぶさる。湿った布はかなり冷たかった。


「さあお前ら覚悟しろ! 賊にはぴったりな洗礼だよ!」


 そう言って隊長が手を挙げる。布の周りを囲むように残りの数名が水桶を持って登場し、布の真ん中へ向けて水を浴びせた。


「何すんだよ冷てえって!」


「黙れ賊が! 冷や水くらいでわめくな!」


「いやまあ、この前までは賊だったが……って、お前なんでそれを知ってやがる!」


「黙れ! 何の事か知らんがさっさと口を閉じろ!」


 ようやく火が収まり、布が円柱状に丸められていく。びしょ濡れになった男二人は、布の中から縮こまった格好で姿を現した。


「全くぞんざいに扱いやがって……こちとら先遣隊なんだぞ!」


「先遣隊? ほう、賊にしては上手い言い訳を思いついたもんだな」


「嘘じゃねえ! ほらこいつを見ろ! 軍部大臣ダグラス様だぞ! お前ら知らないのか?」


「我々のような平民が役人の名前を覚えているわけないだろう。それに、役人ってのはこんな田舎で汚れ仕事なんかしないものだよ」


「役人を舐めてもらっちゃ困るぜ。なあダグラス」


「ああその通りだ。何を隠そう彼の言う通り、私がハーバーマス・ダグラスである」


「だったら証拠を示しな」


「全く君は、目上の人間になんという口の利き方をするんだ」


「黙れこざかしい! 調子に乗るとこの剣で八つ裂きにしてやるぞ!」


 隊長が剣を取り出した。それに続いて、周りの隊員たちも一斉に剣を握る。


「おっとダグラス。これは結構まずいんじゃないの」


「はあ……これだから平民は」


「おいおいいくら大臣だからって、そういう事言うのは良くないぜ? 役人が嫌われるのはそういう発言のせいなんだから」


「何をこそこそと二人で話してる! 戦うなら正々堂々かかって来るべきだろ!」


「いやあ、この人数差で正々堂々って言われてもねえ」


 場を引き延ばそうと皮肉を言うドレイクをよそに、ダグラスは腕を組んで目をつむり、何やら考えこんでいる。しばらくして彼が目を開くと、大臣らしい人を委縮させるような低音で、次のように言い放った。


「そこの君。君が隊長かね?」


「ああそうだ。正真正銘私が隊長だ」


「私たちをルッセルフに連れていけ。そうすれば分かる、我々が先遣隊だと。その間は殺しさえしなければ、我々を好きに扱ってくれて構わない。ただし、ルッセルフに着いて我々が先遣隊である事が事実だと証明された場合、お前らには大臣を拘束したとしてそれ相応の罰を受けてもらう」


「なるほど? 罰を受けたくなきゃルッセルフまで優しく連れて行けと」


「その通りだ。しかしもちろん、ここで我々を殺すという選択肢もある。ただしその場合、君たちは大臣殺害の罪で極刑が言い渡される可能性を覚悟しなければならない」


「ほう、お前たち二人に賭けろってわけか」


「そうだ。どうする? 決めるのはお前たちだ」


「なら一つ言わせてもらうが、お前たちが盗賊だった場合はどうする? そのとき何か我々に利点はあるのか?」


「そうなったら煮るなり焼くなりすきにしろ。奴隷にだってなってやる」


「ほう、そこまで言うとはなかなか面白い。ただ、さっき賊だと言ったら、もう一人の方がやけに反応したんだか、それはどういうことだ?」


「は? 反応してねえし」


「そうだ反応してない……はずさ。そんなことより、もし君たちがご丁寧にルッセルフまで連れて行ってくれたら、礼をやってもいいんだぞ? 大臣権限でちょっとくらいの金はまかなえるからな」


「ちょっとくらいだと?」


「そうだな……五十万ラルクでどうだ」ダグラスが不敵な笑みを浮かべた。


「へえ、ダグラスも案外ケチだねえ」


「いやまあ、最近浪費癖がついてしまっ……余計な事を言わせるな。これでも私の貯金全額だぞ」


「本当かそれ? 大臣にしては貯金が少な過ぎるだろ。大臣権限とか言いやがって、かっこつけただけじゃねえか」


「黙れドレイク。そういうの意外と心に刺さるんだからな」


「それはごめんよ、貧乏大臣」そう言ってドレイクがにやにや笑った。


 火消隊の隊長はさっきから悩んでいる。ダグラスの賭けに乗るべきか、それとも今ここで始末するべきか。しかしこの田舎町、ただでさえ財政難である。隊長の心は、段々とお金の方に傾いていった。


「……分かった、話に乗ってやろう。お前らをルッセルフに案内してやる。ただしお前。お前はその腰についているサーベルをこっちに投げろ。話はそれからだ」


「ああいいさ。くれてやる」


 ダグラスはすぐに腰からサーベルを外し、前方にひょいと投げた。隊長がそれを雑に拾う。


「へえ、なかなかいいサーベルを持ってるじゃないか」


「そりゃあこいつ大臣だもの。軍人の必需品なんだってさ。なあ?」


「もうそれ以上からかうな。嫌になってくる」


 大臣が呆れて額に手を当てるのを見て、ドレイクは少年のように笑った。


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