第三話 兄のお迎え
アース皇国、皇帝の執務室に大量に積み上がった書類の山々の鎮座する机を挟んで話していたのは皇帝と皇都騎士団長である。
皇都騎士団長ルークはアース皇国の皇帝である兄グレイスにちょうど報告を終えたところだった。
「ところで春樹、ルーナと雅己はまだくっつかないのか?」
「あれはまだだろうな…ただ雅己の方はそろそろ自分の気持ちに気付いて何かしら仕掛けるかもしれないぜ?」
ルークはそんな2人のことを考えつつ、戻って来た時に城の塀の上で今にも飛び下りそうなルーナクレシエンテを見付けた時は肝を冷やしたことを思い出した。
まさか、雅己に本当に手を出されて嫌だったのかと…いや、あれは冗談で言ったつもりだったのだが。まあ、そんな事実があったのかさえルーク・春樹・アースには分からないわけだが…。
「そう言えば俺が戻った時にルーナが逃げようとしていたから、城下の方に俺の“皇族の証”を持たせて出かけさせた」
「ああ、他の皆もルーナを可愛がりたくてしかたないかんじだったからなぁ…ちょうど良かった」
「そうだろうと思って、あいつらが多くいる地区に行かせたよ。その方が安全だろ?」
2人以外にこの部屋には誰もいない。優秀な聞く耳を持つ暗殺部隊も今は休ませているためにこんな会話が大胆にできている。
それでも、もし誰かに聞かれていたとしても、兄弟の会話でごまかせるだろう。
「春樹、おそらく隠れ家は“満円邸”だろうから遅くなる前に迎えに行ってやってくれ。あと、リェナもいるなら連れて帰ってきてくれると助かる」
「満円邸か、懐かしい場所だな?分かった。これから迎えに行ってくるよ」
月の一族として生きた過去も、皇族のアースの名を持つ今も、兄弟として生きる自分達にはお互いが考えていることは、それなりに理解し合っているつもりだ。
だから、これ以上の言葉なんていらない。
「失礼します陛下。追加の報告書でございます」
部屋の扉がノックされ、大量の紙を抱えたメイドの3人が廊下で皇帝の言葉を待っている。
お互いに目配せだけで会話し、ルークは足早に扉の前まで移動していた。そして、皇帝の“入れ”と言う言葉と同時に扉を開けていた。
「ぁ、え?ルーク様!?」
「申し訳ございません!ルーク様!」
「ルーク様!?ありがとうございます!」
3者3様の驚きの反応があり、皇族としてモテると自覚しているルークはさらに笑顔を廊下のメイド達に振り撒いていた。
「すまないな。俺は兄上のおつかいで出かけてくるよ」
爽やかな笑顔でそう言いながら、皇都騎士団長ルーク・春樹・アースは皇帝の執務室をあとにしていた。
城の門を出たルークは、満円邸に向かって歩き始めていた。
この皇都を可愛い妹のルーナクレシエンテは楽しんでくれただろうか。そんなことを考えながら、ルークは月の一族として生きていた記憶を頼りに目的地へと迷い無く進む…ルークになってから、満円邸に行くのは初めてだ。
(リェナもいるなら連れて帰れ、か…希と婚約発表でも考えているんだろうが、少し強引すぎるような気もする)
この場合、希もいるから連れて帰らないといけないんだな…と、ルークは苦笑した。
希が生きていて月の一族の捕虜になっているのは、情報として一樹の方に上がってきていたから知っていた。
(そもそも、月の一族のとして生きた記憶を持ったままアース皇国に転生している奴はおそらくほぼ全員が一樹の指揮下に属しているはずだ。そして、一樹の命令でアース皇国に潜入している月の一族にスパイとして送り込んでいる奴が何人かいる…)
つまりは、深都よりも一樹の方が情報網は上だと考えられる。長年生きた時間も、経験も遥かに一樹や俺達の方が上だろうし、騎士団内部に月の一族が侵入している形跡は確認していない。城内にもそんなことは確認していないと一樹も言っている。
(深都には悪いが、春樹の指揮官は一樹だ)
そんなことを考えている内に、ルークは満円邸の前に来ていた。屋敷の内部を確認して、ここが月の一族の隠れ家で間違いないことを確認し…そしてさらに、内部が少々面白いことになっていることに苦笑するしかない。
さて、中にいるのは4人。他の兄弟は出払っている。男女別で2階の部屋にいるわけだが…雅己と希がいる部屋は結界が張られていて、見事に捕まっているらしい。
「雅己の奴は、無抵抗で捕まったのか?」
この地区での戦闘の報告はないし、ここに来るまでに魔力や霊力を使った気配もなかった。
これはつまり、それ以外考えられないと思いながらルークは目の前の扉を開けて屋敷の中に入った。
「雅己と希は逃げる気はないみたいだな」
階段を上りながらルークは部屋の中の気配を探る。そのまま向かったのは妹達のいる、ルーナクレシエンテとルナリェナのいる部屋だ。
「ルーナ、迎えに来たぞ。リェナも一緒に城に来ないか?一樹も呼んで飯でも食おう!」
ノックをして返事を聞かないまま部屋に入れば、良く似た驚いた顔が2つ出迎えてくれていた。
春樹の記憶に在る幼かった双子…会わない間に大きくなったが、やはりその頃の面影がある。
「返事はどうした?それとも、俺と城に帰るのは嫌なのか?」
「「えっと…春樹お兄ちゃん!?」」
やっと声が聞けたと思えば、この双子は見事に同じタイミングで同じ言葉を発していた。とても可愛い。
2人で少しニュアンスは違うようだが、そんなことは些細なことだ。
「一樹もリェナに会いたがっているし…まさか、迎えに来たのに俺1人で帰れとか言わないよな?」
ーーー(連れて帰らないと一樹に何をぐちぐち言われるか…ただでさえ、一樹の策略通りに進んでいないんだ。)
そんなルークの心の中の声を、月の一族の能力で聞こえるか聞こえないかで双子の受け取り方も違うらしい。
捕虜として月の一族の霊力を封じられているルーナクレシエンテは、この目の前の兄が“春樹お兄ちゃん”だと理解していて、ほぼほぼ言葉通り受け取り…一方でこの目の前の、よく分からない存在の“兄”らしき男を警戒しているところに心の声まで聞こえてしまうルナリェナはさらに警戒するように見ていた。
「この状況じゃ逃げるなんてムリね…春樹お兄ちゃんに従うわ」
「そんなことを信じられるわけないでしょう?あなたには従えないわ」
同時に声となって発せられた双子の声は、まったく同じなどということはなかった。
「それは、困ったな。リェナ…」
戦場では何度か見掛けたことはあるが…今会ったばかりの信用されないルークはしかたないかもしれないが、春樹としての自分は妹のルナリェナに信用されないのはものすごく寂しいとさえ思う。
「無理矢理連れていくのは俺も嫌だからな…じゃあ、俺もここに泊まるか?」
「図々しいにもほどがあるわね…春樹お兄ちゃんの記憶がある皇都騎士団長なんて、いったい誰が信じるのかしら?」
「リェナ」
双子特有…と言ってもいいものなのか、どうやらルーナクレシエンテがルナリェナを説得しているらしい。
少し待てば、2人は俺と城に行くことが決まめたみたいだった。
「決まりだな。雅己と希も連れて帰るから部屋の結界を解いてくれリェナ」
「嫌だけれど、分かったわ…」
何だか言い方にトゲがある気がするな…ルナリェナの信用を得るにはまだかかりそうだ。
ーーー春樹お兄ちゃんはとても悲しい!
なんて、現実逃避と心の痛みをうざがられるのを覚悟で俺はルナリェナに伝えた。
視線がさらに冷たくなった気がするが、しかたないか…俺はこの後、魔力が封じられたままの雅己と希も連れて秘密裏に城に帰ったのだった。




