第一話 女子会・結論は現実逃避?
現在、月の一族がアース皇国に潜伏するために使っている家の2階。捕虜として捕まえた疾風の氷皇こと、アース皇国の第三皇子である男に用意された部屋の中には、まるで恋人同士のような2人の姿があった。
監視役としてつけられたはずのルナリェナ・エスペランサ・レソレサルはベッドの上に座る第三皇子の膝の上で、顔を真っ赤に染め上げて…敵であるはずのこの男、希・アースに優しく触れられてはここに来てからずっと、四六時中口説かれまくっていた。
「つれませんね、純黒の姫君。おれから目を反らさないでください」
ーーーあなたに目を反らされると不安になる・・・・・
ーーーもう…!恥ずかしくてたまらないのよ!!
ルナリェナがそう思うのと同時に、久しぶりに懐かしい感覚が体を駆けていた。
これは、目の前の第三皇子から気を反らせる絶好のチャンスなのではないだろうか?すぐ近くに、ずっと感じられていなかった片割れの気配を感じる。
「ルーナ…?」
ルナリェナは瞬時に周りを見回して、妙に心の中で不安がっている第三皇子から離れた。
今はルーナクレシエンテの方が大事なのだから。
「純黒の姫君?」
「ルーナ!」
その気配の在りかを突き止めたルナリェナは弾かれたように部屋を飛び出した。その瞬間、下の階から大きな音が聞こえて慌てて階段を下りていた。
「やめて!」
下から聞こえる自分の声…否、それは己の片割れであるルーナクレシエンテ・グラシア・レソレサルの声である。
「はあ!?こいつはお前を…!」
「紀里弥は私の弟よ!!」
ルーナクレシエンテの悲鳴のように叫ぶような声色に冷静さを取り戻したのか、深紅の炎皇は床に転がる紀里弥に伸ばしていた手をそこで止めていた。
どうやら露店の前で見付けたルーナクレシエンテを連れて逃げた紀里弥を、関係性を知らない深紅の炎皇が自分の婚約者を拐われたと勘違いして追い掛け、見付けた紀里弥を殴り飛ばした…と、月の一族の能力で2人の心の中を読んだルナリェナは状況を理解していた。
「深紅の炎皇と婚約者ごっこなんて、バカげているわね。ルーナ」
そう言いながら、ルナリェナは心の中では人のことを言えないのだと思いながらも階段を最後まで下りて、気絶しかけている紀里弥に先に近付いていたルーナと一緒に弟の名前を呼んでいた。
「希!?お前、てっきり死んだと思って…」
「おれは生きてるよ、雅己」
部屋から出て、階段の上から下の階の様子を伺っていた第三皇子と、その上の人影に目をやった深紅の炎ことアース皇国の第二皇子である雅己・アースはお互いの姿に驚いていた。
あの戦いで第三皇子である希は生きている確証が得られずに戦死扱いにされていたからだ。
まさか、生きているとは…こんなにも元気そうで捕虜の姿からかけ離れていることに第二皇子はさらに驚き、また会えたことに嬉しさを隠せずに笑っている。
「それにしても、雅己。キリヤ君を殴り飛ばすなんて、相変わらず手が出るのが早い」
「第二皇子の婚約者を拐われたんだから、当然の反応だろ?」
もっと状況を見てから動けと言う慎重派な第三皇子に対して、何が悪いと悪びれることのない第二皇子。
そんな2人を見ていた月の一族の双子はこの状況をどうしたものかと考えていた。
そして現在、ルナリェナが使っている部屋に深紅の炎皇に殴り飛ばされて気絶している紀里弥をルーナクレシエンテとルナリェナの2人がかりで運び込んだところだった。
「ルーナ、気絶する前の紀里弥…私達が頼りないって、守らなきゃいけないって思っていたわ」
お互いに長い時間離れていたようにも思うが、それでも時間にすれば少しの間だけだった。
月の一族の双子は、ベットの上に紀里弥を寝かせ終えて一安心するが、この部屋とは反対側にある第三皇子に使わせている部屋にこちらの捕虜である第三皇子と同じように第二皇子にも魔力を制御する手枷こと、ルーナの髪飾りをルーナクレシエンテが強引につけて、無理矢理部屋に押し入れて…さらには、ルナリェナによる強力な封印術式で部屋ごと鍵をかけて閉じ込めたところでもある。
「紀里弥がこの状況じゃ、私達でどうにかしないといけないわよね?」
「そうよね、リェナ…」
困ったことになった…と、頭を抱える戦闘特化の双子は今この家に自分達以外に誰もいないのが、良かったのか悪かったのか。
同じ動作で向かい合って椅子に座りながら、2人は口を開いた。
「まずは状況確認からかしら?」
「まずは現状報告からかしら?」
2人の言葉はいつも通りにシンクロしたはずなのに、まったくもって違うことを言っているのがまた悩ましいところだ。
「珍しく意見が合わなかったわね、リェナ」
「ルーナが霊力を封じられているせいじゃないかしら?」
「私のせいって言いたいの?」
それでも、“話し合う”ことに変わりはない。いつものように合わないのは、ルーナクレシエンテが霊力を封じられているせいだと思いたい…きっと、そのせいでお互いの考えていることが通じにくい、はずだ。
「部屋の封印術式が破られたりなんてしていないから、まだ時間はあると思うわ」
「ええ、じゃあ私から話すわね。どうせ月の一族の能力で分かっていると思うけど…」
そうして、“女子会兼恋ばな”のようなもの?が始まったのだった。
ルーナクレシエンテは捕虜になってからのこと、自分が皇帝の妹で第二皇子と婚約者になっていること…そして第二皇子のあの男を、好きになってしまいかけていることを。
「ルーナも、なのね…」
「リェナも疾風の氷皇のことを好きなの?」
「正直分からないわ…でも彼の手は不安そうに私に触れるから、ほっとけなくて…」
そう言うルナリェナの顔は何を思い出したのか真っ赤に染まっている。
そんなルナリェナを見て、ルーナクレシエンテは思う。私達のような、喧嘩腰のような関係性ではないのだと…少し羨ましくも思いながら、次はルナリェナの番だとルーナクレシエンテは前に身を乗り出す。
「今度はリェナの話を詳しく聞かせなさい!」
「ルーナのだけ聞いて私が何も話さないのはダメよね…」
次はルナリェナの恋ばなである…ルナリェナは話し始めた。第三皇子を捕虜として捉え、自分が監視役を任されたこと、そして紀里弥や蛍、深都にまで慣れない情報戦について心配されて…案の定暴走して、色仕掛けなんてできないことをやってしまったこと。
「私も第三皇子と恋愛ごっこをしているようなものだから、本当はルーナのことを言えないの。だって、たぶん、私は敵のアース皇国の第三皇子である希・アースが好きなの」
「やっぱり双子として華救夜に産み落とされたことはあるわね…きっと雅己・アースを好きだと思うけど、それを認められないところまでそっくりだわ」
ルーナクレシエンテとルナリェナは、まるで鏡に映った自分を見るように同じタイミングでため息をついた。
さて、これから自分達は、どうすればいいのだろうか?この、月夜の神である華救夜の叶えたい願いの代表格である“恋心”をいったいどう扱えば正解なのだろうか?
「ルーナも深紅の炎皇のことが好きなの?」
「どうかしら、だってあの男とはずっと牽制しあってばかりよ」
本当は、この思いが“本物の恋心”かなんて分からない。ずっと大昔から戦いあっている敵の皇子を好きなんて言えない。正直に言ってしまったら、どうゆう風な目で見られるかんて分からないほど私達はもう子供じゃない。
そして、同じような思考回路ゆえに同じ答えに辿り着いてしまうことはもう、お互いに理解していた。
「「好きなんて、絶対に言えないのよ」」
ルーナクレシエンテとルナリェナはそう言いながら、お互いの目を見て誓い合う。この想いは、絶対にこれ以上に言葉にはしないことを。弟である紀里弥に心配されるような姉では絶対にダメなのだから。




