第七話 うまくお城を出てきたと思ったのだけれど…?
もう自分の部屋となりつつある深紅の炎皇の部屋のベッドの上で、私は頭を抱えていたわ。
隣には深紅の炎皇が寝ている…なんて、何処の絵物語かしら!?
恋人同士が同じ部屋で仲良く眠る、そんなロマンチックなことは起きなかったはずよ!?
だって、私は何も憶えていないもの。
「そもそも部屋に戻る前に私は寝てた、のよね…」
こんな男の前で眠るなんて、しかもお姫様抱っこをされたままなんて…昨日の私はいったい何を考えていたのかしら?
何もされていないわよね!?
服はちゃんと着ているわよ!?
でも、自分で着替えた覚えはないけれど…?あれ、これはダメな感じかしら!?
でもあれは…これは、昼間踊らされたダンスのせいで疲れていたのよ!しかたないじゃない!!
これも全てこの男、深紅の炎皇のせいよ!
「そう言えばあのメイド…エナリーが朝ごはんを持って来ないわね」
昨日から会っていないような気もするけれど、これは逃げるチャンスかしら…もう1人の方のメイドは今の私でも勝てないなんてことはあり得ないわ。
◇◇◆◇◇
いつもとは違う、自分1人でも着替えられる服に着替えて私は窓から外に出て…今はお城の塀を登ってきたところよ。
霊力を封じられているとはいえ、これくらいできて当然だわ。
「思った通りね」
塀の上から下を見下ろせば、店が並ぶ通りやいろいろな人達が行き交うのが見える。
ここから下に下りれば、地球人に紛れ込むことができると思うわ。運がいいことにお城の周りに水が流れているなんてこともない。
お城の守りとしてはどうかとも思うけれど、今は関係ないわ。
「1人でどこに行く気だ?ルーナ」
え…!?ドキリ、と心臓が飛び出しそうになる…この声は、昨日も聞いたわよ。
だって…と言い訳を考えていると大きな手が私の頭の上にずしりと置かれたわ。
「まさか、ここから飛び下りる気じゃないよな?霊力を封じられてる今のお前が、怪我だけですむと思っているのか?」
うう…どうしてこんなところで怒られなきゃいけないのよ?
でも、ムチでピシリとやられないだけまだよかったと思うべきかしら…動けないでいる私の顔を、春樹お兄ちゃんが覗き込んできたわ。
「…今なら、逃げられると思ったのよ」
「ああ…お前を狙った刺客に対して、いつもより護衛の奴らには無理を強いたからな」
春樹お兄ちゃんには、きっと全部お見通しだわ。このまま、お城に連れ戻されるかしら…またあの地下の牢屋に戻されることになるのかしら。
それもしかたないわね…私は敵に対してそれだけのことをしでかしたのだから。
「ルーナ、俺はこれから一樹に報告に戻らないといけないから一緒には行けないがアース皇国も楽しいところだ」
え?と思った時には私の体がふわりと浮き上がり、次の瞬間には地面に足を着けていたわ。
さっきまでお城の塀の上にいたはずなのに…え?春樹お兄ちゃんは、敵であるはずの私を逃がしてくれるの?
どうして?だって、春樹お兄ちゃんは皇都騎士団の騎士団長なんだから、こんなことしていいはずがないわ。
「春樹、お兄ちゃん…?」
いったい、何が狙いなの!?
私がじとっと疑うような視線で見上げていたら、春樹お兄ちゃんに笑われたわよ?何でよ?
「ルーナ、金の使い方は分かるか?」
「かね?それって何よ?」
分からないと返せば、春樹お兄ちゃんはそうだよなとまた笑う…何なのかしら?
少しバカにされた感じがしたのは気のせいではないわよね?
「じゃあやっぱりこれを渡した方がいいな」
そう言って差し出されたのは…何かしら、アース皇国の皇族の紋章が金物細工で施された物。
身分を証明するようなものかしら…でもどうしてこんなものを春樹お兄ちゃんは私に?
「これで好きなものを買うといい」
「買う?待って、さっきの“かね”ってアース皇国で欲しい物を交換するって言うお金のこと?」
「よく憶えてたな…惨月じゃ金はないからな。まあでも物の相場なんかが分からないと騙されたりするからこの皇族の紋章の方がいい」
なかなか受け取ろうとしない私の手をとって、春樹お兄ちゃんはその皇族の紋章を握らせてくるわ…私はアース皇国の皇族じゃないわよ!?って、今のこの国での私は皇帝の妹だったわね。
「それは皇族の中でもかなり身分が高いことを示すから迂闊に手を出してくる奴は少ないだろう…雅己に喧嘩を売ろうなんて奴はまずいないから心配するな」
後で迎えに行くから…そう言って春樹お兄ちゃんは軽々とまたお城の塀を飛び越えて行ってしまったわ。
え…?私はアース皇国では捕虜よね?こんなに自由にしていいものなのかしら!?
「これを見せれば、何でも買えるってことなのかしら?」
一樹お兄ちゃんといい、春樹お兄ちゃんといい…本当に、どうしていいのか困るわね。
気を取り直して、私は逃走と情報収集を兼ねて街を見て回ることにしたわ。
30分もしない内に、私は早くここから離れなかったことを後悔することになる。
「お前は、いったい何がしたいんだ?」
春樹お兄ちゃんから渡された皇族の紋章を使って、いろいろなお店を堪能していたからよ。
私の両手には惨月にはない大きなお肉の串焼きや果物に飴がかかったキラキラした棒…バナナにチョコがかかったものやチュロスなんて言うお菓子まで、持ちきれないほど握り締めている。
「だって皆がくれるんだもの!私が欲しいって言ったんじゃないわよ!?」
そう、すべては春樹お兄ちゃんの紋章のせいなのよ!
そう言っている内に、頭につけられた厄よけのかわいいお面がずり落ちてきているわ…両腕にも袋がいくつもさげられていて、身体強化を使えない今の私には重たくてしょうがないのよ!
「手のかかる女だな、お前は…」
そう呆れたように深紅の炎皇に言われて、何だか腹が立つのだけれど…この男は正しく絵本に出てくるような王子様のような仕草で私の持っていた物すべてを一瞬にして取り上げられていたわ。
このアース皇国では男性が女性をエスコートするものらしいから、荷物を持つのは男性ということね。
「アース皇国の皇子が何をしているのかしら?」
本来、荷物持ちなんて皇子がすることではないはずよ…これはこれで、何だかおかしいわね。何故だか笑いが止まらないわ。
「何がそんなに面白いんだ?俺は婚約者として当然のことをしているだけなんだが…?」
どうしてかしら?どうしてこんなにも、私の心はドキドキして…心が満たされる感じがするのかしら?




