第六話 俺の婚約者は転けるのが得意らしい…
やっと慣れてきた感じの月の一族達との夜戦…今日も俺は寝不足のまま自分の部屋に戻ると、メローネから報告を受ける。
第二皇子と皇帝の妹を貴族達に披露する舞踏会の日取りを前倒しして今夜開催になった、と…は!?予定では今日からあの女に皇族の姫として教育すると聞いていたが、大丈夫なのか!?
「あの生意気な女はよく転けるぞ?」
「存じております。ですがダンスを教えるとルーナ様を連れ出したのはルーク様ですので問題ないかと」
「は!?叔父上だと!?」
どこが問題ないんだ!?あの人は、自分の皇都騎士団長の責務を放り出して何をしているんだ!?
仮にも俺の婚約者とダンスだと!?ふざけている、としか言いようがないだろう!!
俺の足は足早に部屋を出ていた。メローネから練習場所を教えてもらい、向かう。
目的の場所に着いた俺は部屋を警備する衛兵を一瞥すると自分でドアを開けた。
「皇帝の弟であり皇都騎士団長ルーク・春樹・アースの妹でもあるんだから、ちゃんと出きるようになれルーナ」
まだ開ききっていない、中途半端に開けたドアの先に見えたのは、叔父上に横抱きにされているあのくそ生意気な女が…どうしてだ?俺はお前のそんな顔を見たことがない。
あいつの、あいつが、顔を赤らめていることに何故だか俺は衝撃を受けている、らしい。
「は…俺は何を考えている?」
俺はその不純な思考を捨てるように頭を振ると、叔父上に抗議するように大声で部屋の中に入る。
「叔父上!いったい何をしているのですか!?」
近くに行けば行くほど、叔父上の顔は俺をからかうように笑っている。
昔からこの人も父上もそうだ。俺はこの兄弟のそんなところが嫌いだ。
「っ、叔父上!」
ああ、どうしてこの生意気な女は皇子の俺じゃなく父上や叔父上がいいのか…!
何を考えているのか、いつかの父上みたいなことを叔父上もしている。
「嫌よ!いや!!私は春樹お兄ちゃんがいいわ!」
ーーーは…?だから何で俺が…!?
俺は何をそんなに嫌だと思うのか…こんな感情を、俺は知らない。
「雅己、お前ルーナに嫌われてるなあ?どうりで一樹…いや、兄上が思うように戦略が進まないと嘆いていたわけだ」
ーーー俺は、この女に嫌われているのか…
「何の話ですか、叔父上」
俺の、心の中と出た言葉で何かが決定的に違う、ような気がする。
「その話は後でいい。問題はお前達の今夜のダンスだ」
「何もないところで転ける奴にダンスなんてできるわけないでしょう」
俺がそう言えば、叔父上は“ルーナならできるから問題ない”と言い、手本を見せてやるとあいつを下ろして必要以上に抱き寄せて踊り始めた。
ーーー俺はいったい、何を見せられている?
それに何だか、あいつの顔が赤いような気もする…仮にも“父上の妹”なら、“叔父上の妹”でもあるはずだろう!?
「え…?何でかしら?」
「これがダンスの不思議なところだ」
叔父上のそれは、仮にも“妹”に対しての態度ではないだろう…?
あいつは俺の…いや、俺は何を考えているんだ、惑わされるな。俺がやらなければならないことは決まっているんだ。あのくそ生意気な女から月の一族の情報を聞き出すんだ!
「ルーナ、お前のパートナーは雅己だ。俺と踊れても今日の夜会ではあまり役に立たないだろうから、ちゃんと踊れるようにしておけよ」
〈雅己。誰も見てないからルーナに手を出しても構わないが、やるべきことはやってからにしろよ〉
ーーーはあ!?わざわざ通信魔法でこの叔父上は何を言ってきているんだ!?
俺が講義する前に叔父上はルーナの頭を撫でて部屋を出て行っていた。
本当にあの叔父上は何を勘違いしているんだろうか、第二皇子であるこの俺が敵の女に手を出すわけが…
ーーー『…きれい・・・』
何故かその瞬間、俺の頭に浮かんだのはアスターの花を愛でる金髪のくそ生意気な女…それを自覚した途端に、俺の頭中はこの目の前の女で溢れ返る。この生意気な女と過ごした時間は、長いわけじゃない。
まだ本当に短い時間だけのはずなのに、どうしてこんなにも鮮明に思い出せる?
ーーーああ、俺はこいつを“好き”なのか。
俺のこの女に対する感情は…。
叔父上や父上に感じたのは嫉妬、か…我ながら抱くには可笑しな感情だと思う。だが、紛れもなくそれは事実らしい。
「叔父上に手解きを受けていたようだが、ちゃんと踊れるんだろうな?」
「あら、試してみたら?」
どこまでも、くそ生意気な女だ。だが、それがいい。
俺は容赦なく目の前の挑戦的な笑みを浮かべるこいつを抱き寄せた。さあ、さっきまで叔父上と踊っていたワルツを本来のパートナーである俺が上書きしてやる。
「夜会までには俺に釣り合うワルツができるだろうな?」
叔父上がしていたように俺も微量の魔力で曲をかけ、さらにこいつの腰に回した手に力を入れて俺に密着させる。わざと耳元で囁けば、こいつの耳は赤く染まった。
初めて、俺が欲しいと思った反応。俺が想像した通りの、俺を楽しませる反応。
ーーーもっと見たい。
俺は楽しくて、嬉しくて、曲が終わっても何度もかけ直して続けた。本来こいつは俺とやり合える月の一族の戦士だ。いくら霊力を封じられていても、体力はあるはずだ。だから、今まで俺がやられた分、俺の気が済むまでやってやろう。
「…っ、あなたとダンスなんてごめんだわ!」
さすがに、やり過ぎたみたいだ。俺以上に、ダンスに慣れていないこいつは息が上がっている。
くそ生意気に俺を睨み付けてくるくせに、顔が赤いのも俺好みだ。
「夜会で踊るんだから、午後も続きをするに決まってるだろ?それに、お前にはダンスの才能が無いな」
嘘だ。こいつはちゃんと俺の無茶なリードにも付いてくるし、それどころから本来男がするはずのリードを俺から奪おうとしてくるほどだ。ダンスの才能はある。
「はぁ!?あなたねえ!」
それだけ息が上がっているくせに、まだ俺に突っかかってくる体力があるらしい。そう思っていると、こいつはまた高いヒールに弄ばれている。それはそれでムカつくな。
でもそれ以上に、どうして転けないようにバランスを取ろうとしないんだよ!?
俺は無意識に手を伸ばしていた。
「何でお前はいつもいつも転けるんだよ?」
ん?どうして言い返してこないんだ?どうしていつもみたいに俺を睨み返してこない?
流石にやり過ぎたか?でも、俺はこのアース皇国の第二皇子だしな…こういう場合は、何て言えばいいんだ?
「いつも生意気なくせに…何だよ、もうへばってんのか?」
「うるさいわよ!!」
ーーー油断、した・・・
そう思った時にはもう遅い、俺はこのくそ生意気な女に突き飛ばされて壁にめり込んでいた。
くそ、格好つかねえなあ!完全な油断だ。そう反省しながら、俺の意識は暗闇に落ちていっていた。
◇◇◆◇◇
俺が目を覚ましてから、午後もワルツの練習をあいつと喧嘩しながらやっていた。そして夜会の時間が近付き、俺達は夜会用の服に着替えていた。
ーーーこいつには、紅が似合う…
着替え終わって俺の寝室から出て来たあいつを見て、そう思った。一見、メイド達が騒ぐようにこいつは俺の色である赤を身に纏っているが、本当は違う。紅はこいつの色だ。勘違いしそうになる。こいつは、俺の色に染まっているわけじゃ無い。
「少しはマシに見えるようになっただろうな?」
勘違いするな。こいつは敵の女で、政略的な第二皇子の婚約者で、俺の女じゃない。
そう自分に言い聞かせながら、周りから婚約者に見えるようにいつものように俺はこいつに手を差し出した。
「おい、茶会の時みたいに夜会で転けるなよ?お前みたいな生意気な女をエスコートする俺の身にもなれ」
「ふん、決めたのは一樹お兄ちゃんでしょう?文句があるなら一樹お兄ちゃんに言いなさいよ!」
そんなこと、あの父上に言えるか!
そもそも何で俺は“深紅の炎皇”とか呼ばれてるのに父上は“一樹お兄ちゃん”なんて呼ばれるんだ!?どうして父上のセカンドネームで呼ぶんだよ!?いや待て、叔父上も“春樹お兄ちゃん”って呼んでなかったか!?
くそ、何で俺だけ…と、今回の夜会会場の扉の前にいる父上と叔父上を俺は睨み付けていた。くそぅ、またあの2人に笑われている。
「どうしてそんなにもお前達はもどかしいんだ?」
「雅己、華救夜の呪いで好感度なんて気にするだけ時間の無駄だぞ」
叔父上はいったい何の話をしているんだ?
華救夜の呪い?その華救夜は月夜の神であり、月の一族を守護していて、尚且つこのアース皇国を守護しているという太陽神の姉だという神族のことなのか?
「何なんですか叔父上!その華救夜の呪いや好感度などと言うのは!?」
本当に妙なことを言わないで欲しい!気になって仕方なくなるだろ!?
俺がもっと詳しく聞こうと思ったところで、父上の静止の声が聞こえた。
「さあ、そろそろ時間だ」
また父上は!段取りを教えるだけなのにどうしてそんなにも距離が近いんだよ!!
叔父上に何故だか慰められるように肩を叩かれ、先に入場する父上達を見送ると次は俺達が会場へ入場しなければならない。
「行くぞ、ルーナ」
俺は第二皇子の顔をして前に歩き出す。後ろで妙に引っ張られる感じがして、またこいつはヒールに弄ばれているなと内心で呆れる。
「入場から転ける気か?」
殺気がもれ出ているぞ、まったくこいつは…月の一族では夜会なんてしないのかと考えつつ、こいつを不躾な視線で見る男達から守るように俺の側に引き寄せてリードする。
こいつは黙っていれば可愛い姫に見えなくも無いからな。見惚れるのも理解できる…が、今のこいつは第二皇子の婚約者だ。
「夜会でそんな殺気の隠った目をするな」
この夜会での俺の役目は、こいつを第二皇子の婚約者として貴族達に見せつけることだ。
俺は階段を下り、ダンスを踊る位置まで移動すると演奏家達が曲を始める。練習に付き合っていた時よりも、俺はこいつの体を密着するように引き寄せていた。
ダンスを終えると俺達はすぐに会場に来ている貴族達に挨拶回りをしなければならない。まずは皇帝である父上と、その護衛をしている叔父上に軽く挨拶をして、次は宰相、近衛騎士団長…何人もの国を支える大臣や重鎮達の所を回ったが、どうやら兄上はいないらしい。
いないのなら、おそらく戦場にいるのだろう。正直言って、兄上と会ってもどうしていいか分からない。まあ、兄上のことだからしれっと何も無かったかのように平静を装っているだろうが…こいつの顔も、張り付けた笑顔が消えてきたな。
少しくらい何か口に入れさせた方がいいか…俺は食事の並ぶテーブルの前まで来ると、ずっと繋ぎっぱなしだった手を離した。1人にはしたく無いが、あれだけ牽制しておいたから話し掛けてくる男はいないだろう。
「俺は少し陛下と話してくるから、お前はここにいろ」
俺はそう言うとちょうど近くにいた父上を見付けて駆け寄って行く。俺は嫌われている…少しの間くらい離れていても不自然には映らないはずだ。
父上も、俺の意図に気付いたらしく少し話をしてくれるようだ。ちょうど父上からも俺からも食事をしているあいつが見下ろせる、少し高い位置にある皇族用のスペースに移動して会話を始める。少しすると叔父上も合流するかと思ったが、どうやら違うらしい。
「陛下、俺も今から海上の戦場に向かう。皇都軍の被害が大きいらしい」
「そうか…頼む春樹」
海上…アース広海で戦っている皇都軍の部隊か。皇都軍騎士団長の叔父上が行かなければならないほどの被害というと相当なはずだ。
そう思っていると、会場の一部の雰囲気がガラリと変わった。
そう思って俺はその場所に視線を向けると、そこはさっきあいつを置いて来たテーブルの近くだ。すぐに視線をずらし、見付けたあいつは…また床に這いつくばって、飲み物を背中からかぶっている。
「誰か、ルーナ様に拭く物を!」
ーーーあの女、ディアンサ・ペトルか…!
俺はすぐに状況を把握するとあいつのところに走っていた。
ペトル嬢の声ですでに見せ物になっているために大勢の貴族が集まっている。邪魔な人だかりを俺は軽く飛び越えてあいつのところに着くとすぐに抱き上げた。
珍しく泣いてでもいるのか、こいつのライトブルーの目は少し潤んでいるように見えた。
「雅己様!ルーナ様ったら何も無いところで転ぶなんて本当にドジな方ですわよね〜?」
「うるせぇ」
第二皇子としてはダメな態度だ。そんなことは頭では理解している。殺気が出てるなんて、こいつのことを注意した俺も人のことが言えない。だが、そんなことはどうでもいい。俺はこのディアンサ・ペトルが嫌いだ。
駆け付けて来た近衛騎士達を抑えられない殺気の籠った目で近付くなと睨み付けると、俺はそのまま来た時と同じように人だかりを飛び越えて飛行魔法で階段を無視して宙に浮くと、入場に使った扉も魔力操作で開けて会場の外に出る。
父上に止められなかったと言うことは、あの状態に思うところがあったと言うことだろう。父上はこいつを大事に思っているみたいだからな。




