第四話 作戦・婚約者とアスターを愛でる(はずだったのに…)
あのくそ生意気な女が寝た後、俺は月の一族との夜戦に出ていた。戻ってきたのは朝日が昇る少し前で、40分ほど俺はソファーの上で仮眠していたところだ。
「おはようございます、雅己様」
そろそろ起きなければならない時間か…正直もっと寝ていたいが、そう言うわけにもいかない。あのすごい兄貴も、こんなことを思うのだろうか。
「雅己様、今日は皇族専用区域のお庭にルーナ様と行かれてはどうでしょうか?」
俺専属のメイドであるメローネは、本当に優秀だと思う…この提案も俺が昨日、母上のことを、母上の好きなアスターを思い出していたことも理解しているはずだ。
さすがは、俺と希の乳母と言うべきか。
「そうだな、あの生意気な女も花くらい愛でるだろう」
「では、こちらにお着替え下さい雅己様」
そう言って差し出される着替え。
子供の頃、着替えさせてもらうのも身の回りの世話もメイドにやってもらうのが当たり前だった俺は、弟のはずの希が自分でやっているのを見て、無性に悔しくなったのを憶えている。
「ふん、俺だって着替えくらい自分でできるようになったからな」
「雅己様、シャツのボタンをかけ違えています」
メローネに指摘されて、気付いた…くそっ、この俺に恥をかかせるとは忌々しいシャツだなんて思いながらも、俺はメローネに希には言うなと釘を刺しておく。
あいつは俺を笑える奴だからな。俺も希が同じようなことをすれば笑うし、まあ…あいつがシャツのボタンをかけ違えるなんてことは想像できないが。
「希様はもうシャツのボタンをかけ違えることなど滅多に無いですが…雅己様はまだよくなさいますね」
ここにも第二皇子であるこの俺を笑える奴がいたな…始めたのは希の方が先だ。比べる相手を間違えている、なんてのは通用しない。
俺は運が良かっただけだ。母親の家が持つ権力なんかも俺達が“皇子”である以上、付いて回る。俺と希が大きく違うのは母親の家の後ろ楯だけだ。
「おはようございます。雅己様、メローネ様」
気配無くサッと何処からか現れたのは父上があの女に新しく付けたメイドであるエナリー。
メイドと言っているが、こいつの本来の所属は皇帝直属の暗殺部隊だと俺は思っている。メイドにしては身のこなしが良すぎるし、気配も分かりにくい。
「毎度毎度、お前は何処から俺の部屋に入ってきているんだ…」
朝だから、夜戦の後でつかれているから、自分の部屋だからと油断しているのは俺だが…それでも俺の魔力感知に引っ掛からないこのメイドは、実力がはかりづらい。
ーーーそれに、その手に持っているのは本当に何なんだ!?
白い三角の物が皿の上にのっているのを昨日も見て、気になっていたためメローネに聞いたら月の一族の伝統的な食べ物だと…まさか、俺のベッドの上で朝食を食べているわけじゃないよな!?
「それではルーナ様を起こして参ります」
第二皇子の俺の問いには答えずに、エナリーは自分の仕事を優先する…そういうところが普通のメイドとは違うんだ。
そう思いながら、俺もメローネがテーブルに用意する朝食を食べることにした。
俺は朝食を終え、先ほどメローネに言われたようにあのくそ生意気な女をアスターが咲く庭に連れて行こうと思う。
俺がメローネに視線を送れば、彼女は俺の意図をくみ取り奥の部屋のドアを叩く。
「兄貴に負けないように、父上の命令を遂行してやる!」
月の一族の情報も希の居場所も徹底的に聞き出して、兄貴に褒めてもらうんだからな!俺は!!
◇◇◆◇◇
庭に出る前にこの女は立ち止まっていたりしたが、俺は婚約者を偽って引いていた手をさらに引っ張って目的のアスターが咲く花壇の前にやってきた。
「この花だ。お前だって花ぐらい見るだろうと思ってつれてきてやったんだ」
どうだ、この俺がわざわざ連れてきただけのことはあるだろう!さあ、歓喜して俺に礼でも言うがいい!
「その言葉さえなければ、絵本の中の皇子様なのに残念な人ね」
は…?何なんだよ…?俺は、皇子の俺がっ…くそ、この金髪のくそ生意気な女は!!
どうしてこうも、俺の思った通りの反応をしない女なんだ!?
「お前なあ!本当にくそ生意気な女だなあ!」
いつの間にかアスターが咲く花壇の前に屈み込んで、花を見ているこのくそ生意気な女は俺を無視することのしたらしい。
俺は納得がいかなくて後ろに下がり、適当に座った。何でこうも上手くいかないんだ!
「…今日も父上直属の暗殺部隊に包囲されているのか」
少し心を落ち着けて、あの頃からやたらとやるようにしている…周りの気配を探ること。
背筋がヒヤリとする気配を持つ暗殺部隊の構成員の配置を読み取りつつ、俺なんかよりも実力が上の彼らにはバレているだろうが気にせず続けていた。
これは俺にとって、皇子としての皇帝の教育でもある。
「本当に良く手入れされているわ」
俺に聞こえないようにしているのか、小さな声で花を愛でるあのくそ生意気な女の声もはっきりと聞き取れる。
今日も俺はこの女と婚約者のふりをして、また情報も聞き取れずに夜戦に行くのだろうか。
「…ん?この気配は、何だ?」
妙に強い雷属性の魔力が近付いてくるのを感じる。俺の知る限り、この気配を城内で感じたことはない…はずだ。
それなのに、どうしてだろう、体が勝手に動いていた。
「炎盾!」
高度な魔力操作が必要とされる上級魔法。
俺は、その問題の気配と霊力を抑えられて気付いていないくそ生意気な女の間に入るのとほぼ同時に、巨大な青い炎を盾として出現させる。相手は強大な雷属性を纏う剣…おそらくは、魔剣クラスの代物だろう。
「驚いた…今の俺に気付くのか」
黒いマントで頭から足先までおおわれた男の声は、とても聞き馴染みのある声だ。ここまで近付けば魔力で誰か理解できる。
だが、俺の心はそれを否定している。この状況ではこの男は刺客…そんなことは、認めたくない。
「これはいったいどういうことなんだよ!?」
俺の問いに、目の前の刺客は答えてくれない。
後ろで“いったい何なのよ!?”と騒がしい声をあげる生意気な女はまだ狙われていることに気付いているのかいないのか。霊力を封じられているくせに、大人しく俺の後ろに守られていればいいものを…。
「雅己様!ルーナ様!」
俺の青い炎に気付いた暗殺部隊の構成員や少し遠くで控えさせていたエナリーがいち速く駆けつけてくる気配に気付いたのか、この目の前の男は魔剣を下ろしていて、何故か俺と後ろのくそ生意気な女を妙な視線で見ている気がする。
「やれると思ったが、これは嬉しい誤算かもしれないな」
「どういう意味だよ!?」
俺が聞いた時には、男は俺に背を向けて走り去っていた。どういうわけか、もうあの魔剣の気配は綺麗に消え去り…相変わらず、完璧な魔力操作で気配を追うことはできなかった。
「ちょっと!これはどういうことよ!?」
俺の後ろで騒ぐなよ、本当に大人しくできないなこの女は…俺だって教えてもらってないのに、金髪のくそ生意気な女を暗殺しようとするなんて聞いてない。
仮にも今のこいつは“皇帝の妹”で“第二皇子の婚約者”の肩書を持つんだぞ?父上の了解なんて絶対に得ていない。きっと独断だろう。
「俺だって分かんねーよ!」
そう言いながら、俺は駆け付けてきたエナリーに手で無事を伝える。
正直、この状況をどう報告するか迷うな…父上にどう説明するか。いっそのこと無かったことにしてくれよ…頼むから。これじゃあ、月の一族の情報を聞き出すために考えた俺の作戦が台無しだろ…俺は目の前の騒がしい女を見ながら頭を抱えることしかできなかった。




