第二話 金髪のくそ生意気な女
大々的な婚約発表の次の日。
父上の、父上による、第二皇子と皇帝陛下の妹の超政治的戦略はまだ続いている…否、始まったばかりと、これは言う。
「どうして、私がこんな…」
はっきり言って、俺には父上の考えが理解できないでいる。この、今もテーブルを挟んだ目の前にいる敵の女が、牢で拘束されている時も俺は失敗している。
「そんなことは俺が聞きたい…」
俺も、こいつも、目の前の光景から目をそらしているらしい。
婚約者なら、当然の会瀬ではあると思う…だが、俺達は敵同士だ。どうして仲良く茶を飲むことができると父上は思っているのだろうか!?
もうとっくに、テーブルの上の紅茶なんて冷めきっている。
「周りは父上直属の暗殺部隊の構成員だらけで、逃げることも不可能ときたか…」
正直、逃げ出したい。ずっと俺はそんなことばかりを考えては、逃げ道はないかと周りの気配を探っているのだから。だがそんなことは時間の無駄で、不可能だと分かりきっている。相手は俺の父親であり、このアース皇国の最強に登り詰めた男だ。
「…くやしいわ・・・」
聴覚を魔力で上げているせいか、向かい合った敵の女の声が聞こえた。
いくら敵の女…戦闘能力の高い女だとしても、身体能力の源である霊力を抑えられているこの女は俺が警戒するほどの敵じゃない。
「何かしら、深紅の炎皇」
俺を睨み付けるその目は、戦場で戦っていた時からずっと変わらない。すごく生意気だ。
「いや、なんでもない…」
俺を睨み付けたまま、この敵の女は訝しげにまだ俺を見てくる。いつもなら、女からの視線なんて鬱陶しいだけなのに、何故だかこの敵の女の視線は嫌ではないような気がする…ただ向けられている感情が違うだけかと答えを出して、俺は敵の女から視線を外した。
「っ、冷たいわね…」
敵の女から視線を外したのも、まるで刹那の時間だけだった。
敵の女は冷めた紅茶を飲むのをやめたようだ。ティーカップをソーサーに戻したかと思うと、敵の女の視線は動いてティーポットの方を見詰めていた。
今さら、そんなにこの紅茶が飲みたいのか?城ではよく出されるただの茶葉なんかを…と、思っていたが、何故だろうか、体が勝手に動いていた。
「いちいちメイドを呼ぶのも面倒だ」
俺は椅子から立ち上がり、ティーポットと敵の女のティーカップに両手を向けていた。体内の魔力を感知し、コントロールして小さな火を出現させる。ただのエレメント操作であり、初級魔法。
こんなのは初歩の初歩だ。俺にとっては魔法なんて言い方もしないし、呪文なんて必要ない。
ーーー何なんだよ、その顔は…
俺を警戒しているらしく、俺を疑うような顔で見てくる敵の女の顔はすごく不細工だ。
ただ紅茶を温め直しているだけだろ!?そんな顔で俺を見なくてもいいだろ!?
「熱ッ…!」
その瞬間、勢いよく倒れたティーカップの中の残りの紅茶はじわじわとテーブルクロスに染みを作っている。俺の手にも温まった紅茶の水滴が飛んできていた。確かに熱い…正直、温めすぎたかもしれない。
そんな目で俺を見るな。ああ、もう!俺が悪いのかよ!?
「お前なあ…この国の第二皇子であるこの俺が、わざわざ茶を温め直してやったのに何なんだよ!?」
第二皇子である俺は、そんな目を向けられたことは今までに無い。俺を批難するライトブルーの瞳は、正直堪え難い何かがある。
俺の手は魔力の行使中で無意識に火傷を治していたが、霊力を封じられたままの敵の女の手の火傷は治っていない。まさか、この程度の火傷も治せないほどなのか…?
「うるさいわね!…もう、こんなことやっていられないわ!!」
敵の女はいきなり立ち上がり、俺を下から睨み付けている。皇子の俺を睨み付けるなんて、本当にこの敵の女は生意気だ。それに礼儀作法も何もかもできていない。
ドレスの裾を握り締めるなんて愚行にも程がある。それくらいのヒールで歩くこともできないなんて無様だ。他の令嬢なんてもっと高いヒールの物を履いて俺にダンスをせがんでくるのに…。
「もう、走りにくいわね!」
まったく前に進んでいないのに、それで走っていたとは笑わせてくれる。たった2段しかない段差ですら下りられないのか、この生意気な女は。
「おい、そんなにふらついた足で部屋まで戻る気でいるのかよ?」
俺はおかしくて笑いがこみ上げてくるのを止められずに笑っていた。
「できるわ、よ…っ!」
そう言う割には、まったくと言っていいほど前進なんてしていない。それどころかバランスが取れずに倒れ込もうとしている。いい気味だと思いながらも、今だに周りの気配を探るのはやめずに続けていた魔力感知に反応が出た。
こちらに近付いてくる、水属性を持つ気配…これは希の婚約者候補で近衛騎士団長のバーナード・ペトルの娘、ディアンサ・ペトルだ。
「無様に転けるな、金髪のくそ生意気女」
俺は瞬時に第二皇子の対応を取るべく、金髪のくそ生意気な女の腕を掴んで引き上げる。人目があるところで無様な姿なんて見せられるわけがない。皇子としての顔をはりつけて、俺はどんな女も喜ぶだろうという感じでこの生意気な女を横抱きにした。
「っ、触らないでよ…!」
何だか思っていた反応とまったく違うが、今は気にしている場合じゃない。問題は俺達の事情を知らない人間が近付いてきていることだ。
どうにかして“婚約者”であることを見せないといけない。
「お前がそんなんだと俺がまともにエスコートもできない男だと恥をかくからな」
抵抗する生意気な女を俺の持ちやすい位置に変えるついでに、状況を理解していないらしいこの女の耳に顔を近付けて囁いた。
「黙っていろ」
急に大人しくなった生意気な女を妙に面白いと思いながらも、その間に希の婚約者候補が近付いてきていた。
「何の用だ」
俺は今忙しい。それに、父上の暗殺部隊の構成員はどうしたんだ!?あの逃道の無い配置はどうしたというんだ?
「ごきげんよう、雅己様!ディアンサ・ペトルですわ」
希の婚約者候補なんだから、俺じゃなく希に媚を売ればいいものを…わざわざ俺のところになんて来なくてもいいだろう。
「早く用件を言え。ペトル嬢」
「あら、いやですわ。雅己様。私のことはディアと呼んでくださいと何度も申し上げておりますのに…」
いくら可愛く見せようとしても、こいつは俺の好みじゃないんだよ…希のタイプでもないから選ばないとも思うが。
それよりも、早くこの場から離れたい。
「希の婚約者候補の令嬢と必要以上に関わる気はない」
「意地悪ですわ~雅己様!」
これ以上、近付いてこようとするな。
まだこの生意気な女の方が数倍マシだ。
「俺には用事がある」
適当な言い訳が見付けられない。俺はもう部屋に戻ろうとこのくそ生意気な女を下ろさずに足を進めた。
「許さないわよ」
後ろの方で何か聞こえるが、興味はない。それよりもこの生意気な女を監視するのが俺のやることだ。
◇◇◆◇◇
皇族専用の宮殿に続く廊下に足を進めると、今まで大人しくしていた生意気な女が喋り始めた。
「彼女は追って来ないみたいね」
「ここから先は皇族専用の区域だからな」
また“おろせ”と抵抗を始めた。どうせ歩けないくせによく言う…本当に落としてやろうかなんて考えながら、部屋へと向かう足は止めない。
「暴れるな、落とすぞ」
「ふん、エスコート?できない男だと思われればいいわ!」
ーーー油断した…
いきなり、俺の腕の中から華麗に逃げ出された。本当にくそ生意気な女だ。
だが、結局はよろけて転けそうになっている。
「だから…俺に恥をかかせるのもいいが、お前だって恥をかくんだからな」
ーーーだから、俺が運んでやっているんだろ
転ける前に、このくそ生意気な女の腕を掴んで俺はまた抱き上げる。
また、この女の俺を見る目は生意気すぎる。だが、何故か、このくそ生意気な女を面白いと思う。
「部屋に戻るぞ。金髪のくそ生意気女」
「戻っても何も変わらないじゃない」
俺の部屋はもうすぐだ。
今はいない…希の部屋の前を通り過ぎて隣の俺の部屋に入る。
何故か俺の部屋に居座るこの女の部屋は、父上の命令で部屋を用意されずにいる。父上には、“早く孫の顔を見せろ”と言われた。
ーーー本当に意味が理解できない。
他の貴族の前だから、そう言ったのかもしれないが…それにしても、変わり映えのしないこの状況に逆戻りだ。
このくそ生意気な女は部屋に入った途端に俺の腕から素早く下りて奥の扉を開けて行ってしまう。
奥の寝室のベッドスペースはこのくそ生意気な女に取られ、俺はここ数日客間を兼ねるこの部屋のソファーで寝ている訳だが…何度も言っているが、ここは俺の部屋だ!
「そう言えば、そろそろアスターが咲く時期か…」
何故だか、唐突にそんなことを思い出した。
俺の母であり、現皇帝の側妃の1人である、カーネ家の後ろ楯を持つ女性…彼女の好きな花がこの皇族専用の区域の庭には植えられている。




