第八話 アース皇国への潜入
次の日。私はいつも着ている着物を脱ぎ、アース皇国へ潜入するために疾風の氷皇の皇国の平民が着ているような服を着る。
いつも戦っていた皇都軍が着ていた服とも違うデザインで、どうやら戦闘用ではない服らしい。
「少し動きにくいわね」
いつもよりヒラヒラとする足を隠す布は、戦うには少し動きにくいようにも感じるわ。弓を使う自分ですらこう思うのだから、前衛で戦うルーナの方がきっと嫌に思うはずだと思う。
「リェナ姉ー」
部屋の外で紀里弥が呼んでいるわ。もう着替え終わったのかしらと、姿見を見ながら今の自分の格好を確認していると紀里弥が部屋に入ってきていた。
「入っていいなんて言ってないわよ」
「もう着替え終わってるじゃん」
「そういう問題じゃないわよ!」
姉として、女の子の部屋に勝手に入ってはダメだと教えなくては…なんて思っていると、廊下の方からの視線に気がついた。
疾風の氷皇の服も、今の私と同じでいつもの皇都騎士団の制服とは違うようで…それにしても、困ったわ。私の心の中には、彼を“ 格好良い”と思う私がいることが…。
「とても似合っていますよ、純黒の姫君」
ーーー何なのよ、その表情は…!?
いつもの整いすぎている綺麗な顔なのに、少し顔が赤いような気もして、初めて見るような表情のような気がして…結局はよく分からない感情なのよ!!
こんな心も聞き取れず理解できないなんて…私は月の一族のとして、本当に自分が情けないと思うわ。
「おかしくないのなら、それでいいわ…」
何だかいつもの私らしくない。紀里弥が“ルーナ姉みたいだ”と思ったのが伝わってくる。
そんなにツンツンしていたかしら…?ルーナじゃなくて、私はルナリェナ・エスペランサ・レソレサルなのに。
「さあ、一緒に行きましょう。純黒の姫君」
そう言って、差し出された疾風の氷皇の手を…私は少し見てから視線を彼の顔に向けた。これは、どういう意図があって差し出された手なのか、彼を見上げて思案する。
「そのような熱烈な瞳で見詰めないで下さい…おれの心臓がもちませんから」
ーーーはい?
この男は何を言っているのかしら?
熱烈な目っていったいどんな目なのよ?
私はそんな目なんてしていないわ!
「リェナ姉…オレ達はこれでも月夜の神で恋愛ごとに目がなさすぎる華救夜に産み落とされてるんだけど?」
“それ、本気で思ってるの?”と、紀里弥が心で問うてくる…何よ、何なのよ。
私の可愛い弟が、あれだけ嫌っていたはずの疾風の氷皇とアイコンタクトで何かを語り合っているわ。
月の一族の能力で聞き取れているはずなのに、私には彼らの思いがまったくと言っていいほどに理解できないなんて。
「もう!何なのよ!?お姉ちゃんをバカにしないで紀里弥!」
これじゃあ、いつも着ない綺麗な服を着たのに最悪よ!
その後、不機嫌な私の機嫌をとろうとした疾風の氷皇と紀里弥に話しかけられつつ、地球星に行くために華救夜の宿る神樹のある半月に向かったの。
地上に下りると、あらかじめ準備されていたらしい“ 魔道車”と言う乗り物に乗って移動する。この車の運転は地球星で情報収集をしている、私達と同じ時期に産み落とされた数日だけ兄である雨満がしてくれているわ。私達3人は後ろの席に乗り込んでいる。
そして、紀里弥は何処から出したのかアース皇国の“ふわふわ”とした四角い感じの見た目のお菓子を出してきたりしたけれど、無視したの。
初めて見る、美味しそうな甘い匂いのするお菓子…とてもとても気になったけれど、私はそんなに単純じゃないわ!それに怒っているのよ。
「シフォンケーキでも駄目ですか…と言うより、君は何度もアース皇国に出入りしているようですね」
「お前に話すわけないだろ。まあ、オレは戦闘より情報収集の方が向いてると思ってるけど」
何故かしら?どうしても紀里弥と疾風の氷皇が仲良くしているのが気に入らないと思うの…私を除け者にして、どうして2人は仲良くなっているのかしら?
はあ…ダメだわ。疾風の氷皇は敵なのよ…好きになんて、格好良いなんて思って良い相手じゃないの。
「リェナ姉、いつまでそうやってるつもり?もう皇都の検問所に着くよ?」
呆れたような紀里弥のその言葉と、運転席の雨満が指差す方に目を向ける。私は大きな大きな門に、都を囲む大きすぎる壁に驚くしかなかったわ。
ルナリェナと希の章である(上)は終わりになります。次はルーナクレシエンテと雅己の章である(下)になるので時間軸が戻り場所が変わります。




