第七話 オレにはもうムリ!家出したい…
オレの目の前で繰り広げられているのは、いったい何なんだ!?
戦争状態の敵国同士の王子と姫が、恋に落ちるなんてどこかで聞いたような夢物語…それがオレの目の前にある。
どうして、リェナ姉は、こんな変態皇子を好きなんだよ!?
オレは深都に良いところを見せたかっただけなのに…蛍にバカにされたくなんてないのに、どうしてこうなったんだ!?
「ほう、なかなかおもしろいことになっているようじゃな」
スッと突然に姿を現したオレ達の母親こと月夜の神である華救夜は、楽しそうに目の前で繰り広げられている“敵同士の恋”を食い入るように見ていた。
普通、自分の娘の恋愛になんて口出し…いや、今のこの状況は“覗き見”というのだろうか?それにしてもかなり堂々としすぎだろ!いや、それよりも弟達のいる部屋でリェナ姉は…!!
ーーーああ、もう…!こんなことをする母親なんてオレは嫌だ!
「つれないことを言うのう、紀里弥」
「絶対にオレは恋愛なんてしない。恋もしない。誰かを好きになったりなんて、絶対にしないからな!!」
「ふふふ、わたしの神力の方が強いから、無理じゃのう」
オレもう、こんな家嫌だ!
そう思って華救夜を恨むように見ても、オレ達の母親にダメージはないらしい。それどころか、リェナ姉達より上の姉達の部屋にある絵物語に描かれている“壁ドン”とか言うのをされているリェナ姉をこの母親は色とりどりの巻物を空中に広げて家族写真用の巻き物に記録を残していた。
確か、この術式は瞬間を切り取って記憶の巻物に残す…神族だけが扱える時間操作術式の1種だったはずだ。
ああ、もうマジで家出したい。
「深都、今大丈夫?いつ帰って来れる?もうオレ、どうしていいか分からない…」
オレはこの状況に諦めて、深都に連絡を取る。通信術で大人しく兄に助けを求めた。
この際、良い評価なんて期待するだけ無駄だと悟る。それよりもこの目の前の状況をどうにかして欲しいと本気で思う自分がいる。
オレにはもう、手に負えないところまできている。もう少し早く助けを求めた方が良かったんだろうか…それでも、言葉にしなくても、オレの困惑と状況は伝わるのが月の一族の便利なところでもある。
〈またか…母さんにも困ったものだな。今すぐには無理だけど、早めに終わらせて戻るよ〉
「頼むから早く帰ってきて!」
オレはもう、この目の前の異様な光景に泣きたい。うう、くそ…もう泣いてもいいはずだ。
鼻の奥がつんとする。オレは涙目を隠すように頭を抱えていた。
何で姉のこんな姿を見せられなければならないのか。それを楽しそうに家族写真に残す母親…こんな家族は絶対に月の一族だけだろう。本当にマジで家出してやるからな!
◇◇◆◇◇
数時間後…事態は何故か急変していた。
「…と言うわけで紀里弥、この変態皇子とリェナを連れてアース皇国に潜入してほしい」
「オレも一緒でいいだろ~兄貴ー」
蛍も一緒に行きたいと、いつものように深都に言っているが、いつもと同じで却下されている。
いや、だから何でこうなった!?
深都と蛍が帰ってきてから、この兄達もオレと同じように頭を抱えていたはずなのに…どうして“潜入”なんて作戦が思い付くんだよ!?
「オレが“家出したい”なんて思ってたからか…?」
まさか本当にアレで深都の作戦に影響を与えたとか?
嘘だろ…と思っていると、目の前には深都がいた。ああ、いつも以上に笑ってる。
「ねえ、あえて聞くけど本気?」
「お前は俺の考えが分からないほど察しは悪くないだろう。それに、変態皇子にも同じベースだって話したんだろう?」
ーーーなら、同じような思考回路してるはずだろ?
何だろう…いつも以上にはっきりと、深都から伝わってくる“感情”はオレの心の中みたいで…いつかの自分を見ているって深都が云ってる。
「オレはまだそこまでの時間なんて生きてないんだけど?」
「紀里弥も深都ならできるはずだろ。紀里弥」
ーーーその頃の俺なら、一樹に命令されて似たようなことはしていた。
深都のそんな声が聞こえて、オレは妙に納得させられてしまった。
紀里弥と深都はベースが同じ。それはオレ達、“月の一族”という名で華救夜ひとりに造られた命ではなく、アース皇国の地球人と同じやり方で生まれた華救夜の子供がいるということ。
この話しは、いったい誰に聞いたんだったか…いや、月の一族の能力が制御できなかった頃に深都達より上の兄弟の誰かから聞こえたのか。
まあ、今はそんなことはどうでもいいか…これは月の一族の作戦指令である深都からオレに出された命令。決定事項だ。
「分かったよ、了解」
オレは深都の命令を従う事にした。
視界の端に映り込む華救夜の出した巻き物がまだ浮いている。深都や蛍の後ろでは、まだ華救夜が家族写真に収めるべく時間を切り取っていた。しかも、リェナ姉達を畳の上に座らせて変態皇子に“もっとくっつくのじゃ!”と要求しているらしい…変態皇子の膝の上に座らされて顔を真っ赤にしているリェナ姉を、オレは正直見たくないと思っている。でも、これからリェナ姉達とアース皇国に潜入するとなると毎日こんなのを見せられるのだろうか?
この先が不安だ。今この状況を深都に助けを求めたオレが、本当に潜入作戦なんてできるのか…いっそのこと、蛍が付いて来てくれればいいのにとオレは一緒に行きたがっていた蛍に助けを求める視線を無意識に送っていた。
「まあ、オレは行けねーから自分でどうにかしろ~」
蛍にも面倒だと見捨てられた…くそ、見てろよこのやろう!




