第六話 拭いたい涙、拭えない涙
今日も、おれは特殊な状態な捕虜として“キリヤ”という月の一族の姫の弟(?)らしき少年に見張られていた。
この月の一族という一族の血縁関係はいったいどうなっているのだろうか…ここ数日で、おれは“純黒の姫君”と彼らの血縁関係が気になるようになってしまったらしい。
「何を考えているんだ、変態皇子」
「…その呼び方はさすがにやめていただけませんか、キリヤ君」
おれはどうして彼に“変態”なんて言われないといけないんだ。
おれのどこが、そんな風に見えるのか、彼にそう呼ばれている理由が本当に理解できない。ただの嫌がらせか何かなのだろうか。
「お前なんかがオレの名前を気安く呼ぶな」
純黒の姫君の兄である“ミト”と弟の“キリヤ”はやはり兄弟と言うべきか、おれへの当たりの強さといい、よく似た性格をしているように思う。
「ふん、似ているのは当たり前だろ…華救夜がベースを同じで産み落としたんだから」
ここ数日で、慣れた。まるで心の中を読まれている様な会話…月の一族特有の固有魔法のようなものらしい。
ーーー月の一族には心の中を見透かされている
ですか…言われた時は意味が分からなかったが、今ではミトの忠告の意味が少し理解できた気がする。それでも、そんなことは認めたくないし、とても理不尽だとも思うが。
「キリヤ君、君にはいったいおれの心がどう見えているのでしょうね」
つい、聞いてみたくなってしまった。その瞬間、彼の顔はとても嫌だというような表情に変わっていた。本当に、あの時のような兄であるミトにそっくりな表情をしている。
そう思っていると、この部屋に近付いてくる気配があった。ここ数日で憶えた純黒の姫君の気配だ。
「キリヤ~監視を代わるわよ」
男ばかりのこの部屋、キリヤ君に監視されるのも内心うんざりしていたおれに救いの声がする。
そんな、妙に浮き立つ心に気付かないふりをしておれも弟君達と同様に現れた彼女に視線を向けた。
「なっ…バカ姉!!何なんだよその格好は!?」
ーーーきれい、だ…
ただ、1番最初に頭に浮かんだのはその一言だけだった…そしてその後におれの頭を支配したのは、おれの男としての本能。
ああ、これはまずい…そう思うのと同時に、キリヤ君の大声で少し正気に戻されたようだった。
「いい加減にしろよリェナ姉!そんなんだからミト達に任せられないって言われるんだ!」
そうですね、あんな格好で男の前に現れる姉がいたらおれでも同じような反応をするでしょう…なんて、冷静になるために皇子の時のしゃべり方で心の中で話してみたが、あまり効果は無いらしい。
ーーーこの弟は邪魔だな、せっかく可愛い格好をした純黒の姫君が見えにくい。
まあ、今のこんな邪な思いを抱いているおれに見せないようにしている彼の行動は正しいわけですが…
「そんなことはいいから、この私に任せなさい!キリヤ」
「どこからそんな自信が出てくるんだよ!!」
この姉弟のやり取りは妙におれを冷静にさせてくれたらしい。情報を奪う相手である純黒の姫君に本気になるなんて、本当にありえない。
おれは今の自分を笑い飛ばした後、おれは純黒の姫君の方へと近付いて皇子としての笑みを浮かべる。
「あなた達は本当に見ていて飽きませんね」
これはチャンスだ。今こそ純黒の姫君の心をおれの物にして敵軍の情報を聞き出そう。
ついでに、せっかくだから存分に拝見させてもらおう。何故だか、子供が背伸びしたような色仕掛けにこだわっているらしいこの初な姫君は、からかう方が面白そうだ。
「お前は見るな!お前みたいな変態に見せるものじゃない」
「随分な言われようですね。キリヤ」
更に距離をつめれば、キリヤはおれの方を向いて純黒の姫君を守っている。ここへ来てからこんなことを繰り返しているような気さえする。
とても可笑しな話だ。
「勝手にオレの名前を呼ぶな!」
また、“あなたの弟は健気ですね”と純黒の姫君に話し掛けようとその瞬間…目に飛び込んできたのは、おれを潤んだ目で見上げてくる月の一族の姫。
今までは肩なんて出すような着方なんてしていなかったじゃないか!!本当に、この初すぎる姫の格好、直視できるものじゃない。
ーーー色気なんて昨日まで無かっただろう!?
おれは純黒の姫君に声を掛けることができずに、目をそらすことしかできなかった。
ああ、もう、こんな醜態でいいわけがないだろう!
「あ、れ…私、今…何を?」
純黒の姫君が何か言っている…おれは再び皇子の笑顔を張り付けて純黒の姫君の方を見た。おれの目に飛び込んできたのは…彼女の、泣き顔。
「え!?ちょっ、と…どうしたんですか!?」
我ながら、動揺しすぎだ。これで皇子なんて笑わせる。
ああ、どうしてこのお姫様は、こんなにも無防備なんだよ!
「私はもう、叶えてしまったわ…アース皇国の第三皇子、希・アースの皇子としての強くなり、民を守れるようになりたいという、私と同じ願い事を…」
更に涙を流す彼女に、おれはますますどうしていいか分からずに…いつの間にか視界に入った、純黒の姫君に触れようとしていたらしいおれの手に気付いて動きを止めた。
情報を聞き出すには今が最大のチャンスだろう?それなのに、どうしておれは動けずにいる?次の手を打てずにただただ立っていることしかできないんだ?
「純黒の、姫君?」
ああ、だからどうか、やめてくれ。そんな瞳でおれを見上げて…泣くのをやめてくれ!
ーーーおれの手で、拭っていい涙じゃない。
何故かそう感じてしまった。君を初めて見たあの牢屋で、君と初めて敵同士の言葉を交わしたあの牢屋で…君の涙を拭ったおれが、今のおれを否定している。
「リェナ姉!?」
おれは、アース皇国、第三皇子…希・アース。敵の姫君に“恋”なんて、“恋愛感情”なんて、“自分の女にしたい”なんて、思っていいわけがない。
それなのに、どうしておれは…いつだ、いつなんだ!?彼女から情報を引き出すために皇子のおれに惚れさせればいいと思った。そうすればここから逃げられて、月の一族の情報はおれの手柄になると…おれはどうして彼女に、月の一族の姫に惚れているんだ…?
ーーー「お前達は幼き頃から惹き合うている」
月夜の神である華救夜の声がおれの脳裏に浮かんだ。
何が幼い頃からだ!?出会ったのはつい最近で!戦場が初対面なんだぞ!!敵同士なのに、どこに好きになる要素があるって言うんだ!?
ーーー「神族なんて、ろくなもんじゃねーよ」
幼い頃に城の廊下で、父上と話していた地球星を守護する神族、太陽神の言葉を…おれは更に思い出していた。
ーーー「お前といい、お前の子といい…姉貴に祝福されてるなぁ」
あの時には意味が分からなかった。
でも、今なら少し理解できたような気がする。こういうことか、と…月夜の神である華救夜は、“恋の願い”を叶えたいと言っていた。そして、かの神は勝手に叶えていた…おれは、月の一族の姫との恋に落ちている。
「くそ、ふざけるな…!」
おれは、気が付かない内にこのお姫様を壁際に追いやり、感情を抑えきれずに壁を叩き付け、月の一族の姫を睨み付けるようにして吐き捨てていた。
「ひっ…ごめ、ごめんなさい…」
悲鳴のような、怯えた、純黒の姫君の小さな声…おれは本当に何をしているのだろうか。月の一族の情報が欲しいから皇子のおれに惚れさせる…そのはずなのに、あなたを泣かせたくない。あなたを怖がらさせたくない。あなたに怖がられたくなんて、嫌われたくなんてない。
「すみません…お願いですから、純黒の姫君。ちゃんと服を着てください。目のやり場に困りますし、そのような格好をおれなんかに見せないで下さい」
今のおれには、そう言うのが精一杯で…自分の着ていた皇都騎士団の陸番隊隊長のジャケットを彼女に羽織らせることしかできなかった。




