第五話 色仕掛けにこだわる理由
疾風の氷皇の監視と、情報を聞き出すために色仕掛けをしているのに…どうして私のところにアース皇国の情報は何1つ集まってこないのかしら!?
「牡丹一華の小風!」
今は数日ぶりの戦場。そして、自分の領域である夜の戦い。
私は上手くできない自分の悔しい感情を、皇都騎士団にぶつけていた。目の前にはこの隊…惨番隊を率いる隊長である憎き相手がいる。
ーーーアース皇国の第二皇子、深紅の炎皇!
「ルーナを連れていった敵…!」
私は大弓を召喚して、風で吹き飛ばしきれなかった敵を射る。深紅の炎皇も同様に射ているが、彼は炎を纏った大剣で私の召喚した矢を全て凪払ってしまう。
「本当に忌々しいわ。深紅の炎皇」
ーーー他の兵は簡単に射ぬけるのに…
そう思うのと同時、私は深紅の炎皇を本気で射ぬくつもりで霊力を溜め始めた。私達、月の一族の母である華救夜の加護を得て抑えた能力で最大に召喚できる複数の矢を…。
ーーー集中放出術・満月の矢々
容赦なく、深紅の炎皇を目掛けて弓を引いた。
これだけの数…と思っていても、炎を纏う大剣で大半が数回剣を振っただけでなぎ払われてしまった。本当に、忌々しい皇子だと思う。
「おい!?くそっ!待てよ!」
そろそろ夜が明ける。だから私は深都達との交代の時間に会わせて深紅の炎皇に背を向ける。
私は深紅の炎皇を振り返りもせずに戦場から下がった。
地球星から帰り、私は母である華救夜の宿る神樹を通ってから半月の都に降り立つ。またあの男を監視して、情報を聞き出さなくては…やっぱり皇子だから綺麗な女性や可愛い女の子を見慣れているのかしら?それとも、私に色気が足りなくて“色仕掛け”がうまくいっていないのかしら?
私はそんなことを考えながら、三日月にある家に向かう。時々すれ違う姉妹達に手を振り、気を付けてと伝えながらルーナのことを思い出していた。
「ルーナなら、色仕掛けがちゃんとできるのかしら…?」
どうなのだろうと、私は首を傾げながら自分達の部屋に入った。
着替えるために押し入れを開けて、適当に服を手に取る…そこで私はふと気がついた。こんな色気の無い服を着ているから悪いのだと…色仕掛けとは、そういう意味なのだから、きっともっと肩や胸元を出してターゲットにくっついていくのが姉達の言っていたやり方なのだから。
「その時にもらった着物、どうしたかしら…?」
脱いだまま押し入れの奥を探した。色仕掛けを習った時にいつかリェナも着るだろうと、一緒にもらった服がある。
あれさえ着れば、絶対に大丈夫なはずなのだから…子供の頃はサイズが合わなかったけれど、今の自分なら着れるはずだ。
「…あったわ!」
大きめの満月がデザインされた大人びたかんじの着物…帯も一式出して、いつも着る時とは違いわざと着くずす。
これが大人の妖艶な美女の着こなしだとお姉様達から習ったわ!
「みてなさい、疾風の氷皇!」
姿見の前で自分の姿を確認しながら、私は更に襟に手を掛けて胸元が見えるように緩めた。
胸が小さいなんて思われないようにいつも以上に周りのお肉を集めては確認し、自分達の部屋を出た。
疾風の氷皇の気配は紀里弥達の部屋から感じる…廊下ですれ違う兄弟達から妙な視線や呆れたような気持ちなどを送られてきているけれど、私は気にしないわ。
「紀里弥~監視を代わるわよ」
「なっ…バカ姉!!何なんだよその格好は!?」
戸を開けて部屋の中に入ろうとしたその瞬間、紀里弥に怒鳴られたわ…何よ、この格好に文句があるみたいな顔をして疾風の氷皇との間に立った紀里弥は私を部屋に入れないようにしているらしい。
「いい加減にしろよリェナ姉!そんなんだから深都達に任せられないって言われるんだ!」
“後で怒られるのはオレなんだぞ!”という、紀里弥の心の中の声も聞こえてきた。
どうして紀里弥が怒られるのかしら?と言うより、また深都達から何か命令を受けているわね。お姉ちゃんにはお見通しよ!
「そんなことはいいから、このお姉ちゃんに任せなさい!紀里弥」
「どこからそんな自信が出てくるんだよ!!」
そのまま私と紀里弥は攻防を繰り返していると、紀里弥の後ろから笑い声が聞こえてきた。笑っているのは疾風の氷皇だ。
今の私達は彼のことを忘れていたようにも思う…捕虜である彼が逃げるにはきっと、チャンスだったかもしれないのに。
「あなた達は本当に見ていて飽きませんね」
何故かしら、彼に笑われているのがどうしてか恥ずかしいと思う自分がいるのは…あら?でも彼はこんな風に笑う人なのね。
自分の心の中での疾風の氷皇に対しての感情が、よく分からない。
「お前は見るな!お前みたいな変態に見せるものじゃない」
「随分な言われようですね。紀里弥」
「勝手にオレの名前を呼ぶな!」
私の方を向いていたはずの紀里弥は疾風の氷皇の方へとくるりと向いてしまった。それでも疾風の氷皇へ私の姿を見せまいとしている紀里弥にはすごいと思うわ。
ーーーこの初すぎる姫の格好、直視できるものじゃない…
ふと聞こえた、疾風の氷皇の心の声…それはいったい、どういう意味なのかしら?
やっぱり私には“色仕掛け”なんてできていないと思われているのかしら!?そんなこと、自分が1番分かっているわ!
ーーー(あなたに気に入られたくて、可愛いって褒めて欲しくて…)
年上の姉達に比べれば胸は小さいし色気を纏うスタイルなんてしていないことなんて、分かっている…分かっていてルーナの情報を敵の内情を得るために、色仕掛けなんて…今までしたこともないようなことをしているのよ!!
「あ、れ…私、今…何を?」
どうしてなの?…気付いてしまった。まるで正反対の私の心の中に在る声に。何故だろう、勝手に溢れてくる。
この“恋心?”は敵の皇子に対して在ってはならないものなのに。いくら月夜の神である華救夜に月の一族として生み落とされて、惹かれあった願い事を叶えたからと言って、惹かれあっているなんて…認められるわけないわ。
ーーー「きっといつか出逢うのじゃ。わたしの叶えたい願いが恋の願いであるかぎりのう」
“恋の願い”なんて私達は願っていない。
そのはずなのに、私と疾風の氷皇は“恋心”でずっと惹き合っているなんて…一樹お兄ちゃんが“神族は勝手だ”と言っていた意味が、今の私には痛いほど理解できるわ。
「私はもう、叶えてしまったわ…アース皇国の第三皇子、希・アースの皇子として強くなり、民を守れるようになりたいという、私と同じ願い事を…」
私は、自軍にとって不利な願い事を叶えてしまった。その事実は変えることなんてできなくて、華救夜の神力で叶えられる願い事の方が効力が強いのだから…私は、強制的に彼を好きになってしまっているんだわ。
そんなこと、許されるわけがないのに…気付きたくなんてなかった。気付いてはいけなかったのよ。
「純黒の、姫君?」
「リェナ姉!?」
2人の驚いたような、なんとも言えない顔が並んでいる。
これでは深都や蛍にちゃんと“できる”と証明できるわけがない…彼らの瞳の中に映る私は、とても不細工な顔で泣いているわ。




