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第四話 純黒の姫君の兄

月の一族の姫を今までじゃれあっていた弟に連れて行かれ、目の前には昨夜のおれの監視役だった男が笑顔で近付いてくる。

性急に事を運びすぎただろうか…それともここは純黒の姫君を好きになったと言って乗りきるべきか。


「月の一族には心の中を見透かされていると肝に銘じた方がいい」


この男はいったい何を言っているんだ?

おれは心を悟られないように笑顔を浮かべて対応している。この男の言葉を、このまま聞き流していいのか…妙な感じがするような気さえしてくる。


「その邪な気持ちでルナリェナ()に近付くのをやめてもらおうか。不愉快だ」


「邪とは失礼ですね。おれは、純粋に純黒の姫君を好いていますよ」


おれがそう答えれば、さらに意味深な笑顔を彼は深めた。いったいその笑顔(表情)にはどんな意図が含まれているのか考えさせられる。


()()()()()()くせによく言うな」


「矛盾なんてしているわけがないでしょう。先程の弟いい、あなたも過保護が過ぎるのでは?」


「妹を守るのに理由なんていらないだろう?それとも地球人は兄弟を守るのに理由が必要なのか?」


ーーーそんな訳ないだろ…!


おれだって、守りたい兄弟だって家族だっている。皇族のつとめとして民を守る義務だってある。

雅己のことだって、おれが弱いからあいつは1人で何でも背負って自分の能力でどうにかしていく…いつからだろう、雅己の言う“大丈夫だから心配するな”が信用できなくなったのは…。


「ふん、まあいい。場所を変えよう」


そう言う、貼り付けられた笑顔のせいで心の読めない男はおれに歩くように言う。

本当にこの男は読めない。確か名前は…“ミト”と呼ばれていたような気がする。いや、ここではあえて煽ってみるか。


「ところで、いったいどこに行くのですか?お義兄さん」


おれが“義兄”と呼んだ瞬間、すごく嫌そうな顔と共に鋭い殺気が飛んで来た。

あいつの笑顔が瞬時に崩れてすごく嫌そうな顔を見れたのは面白かったが、煽りすぎたのは間違いない。


「お前は自殺願望でもあるのか?魔力を封じられたこの状況で、よく俺を煽ろうなんて思ったな」


図星、だ。まるで、おれの心の中を見透かされているようだ。

心裏戦に置いてこの男は、どうやらおれよりも上らしい…この男が相手では上手く情報を聞き出すことは難しいか。


「いずれは()()()()間柄に…と言いたいところですが、今はまだやめておきましょう」


この男の殺気は本気だ。魔力が全快で使える時なら()()など感じないだろうが…今は駄目だ。

魔力を封じられたこの状況で、この男を煽るのは得策じゃない。


「とりあえず、風呂に入れてやるから一緒に来い。無駄な行動はするな」


「ええ、自分が捕虜だということも忘れてはいませんよ」


とりあえず、おれは素直にこの男の指示に従うことにする。

従順に見せて月の一族から情報を得て、アース皇国に少しでも有利な戦況にしてみせる。

おれはこの男の後ろに続いて歩いた。






おれの夜の監視役…できれば夜中も月の一族の姫に監視される方がよっぽどいい。まあ贅沢が言えるような立場にないことは理解している。

月の一族の情報部らしい男、ミトについて歩いて来たところだ。廊下を進み、先ほどまでいた家とは少し離れた場所にある…離宮と言ったところだろうか。家や庭の造りもおれが生まれ育った城とはとても違うため慣れない。目の前の離宮に入ると、敵である月の一族から容赦無く敵視の視線を浴びた。


「ここで服を脱げ、疾風の氷皇」


そう言っておれを監視しながらも服を脱ぎ始めたミトは、視線だけで他の月の一族を黙らせている。

おれも彼に習い服を脱ぎ、月の一族の風呂と言うのを体験するようだ。城では基本的にメイドに世話を任せているため、風呂も例外じゃない。たまには雅己や兄と作戦内容などを話しながら一緒に入る時は自分で体を洗ったりするが…ここではやり方や使う物さえも違う可能性がある。


「敵の本拠地で風呂に入る日がくるなんて…」


これはいったいどういう状況なんだ…アース皇国では捕虜を風呂になんて入れない。あっても水浴びくらいだろう。まあ、今のおれの扱いは神族である華救夜の干渉があって普通ではない扱いの捕虜らしいが…そう思いながらも、おれは服を脱いでいった。


「皇子なんて、自分で着替えもできない奴ばかりだと思ってたよ」


おれ達が服を脱ぎ終わる頃には先程まであった敵に向ける視線は無くなっていた。この時間帯に利用する奴が少ないのか、それとも捕虜であるおれを風呂に入れるために他の奴に入るなと声をかけたのか…どちらにしても、静かに入れるならその方がいい。


「失礼ですね。おれは、自分のことは自分でできるように育てられましたからね」


側室の子供なんてそんなものだ。王妃の子供でもないかぎり、最初から最後まで全部使用人任せなんてありえない。

おれの母親は大した力を持たない貴族の出だったから、上位皇族の母親の血を持つ雅己とよく比べられた。おれが周りに認められるまで、とても苦労した記憶しかない。


「こっちだ。まず体を先に洗う」


「浴槽も湯をかける道具も木材ですか…城とは何もかも違いますね」


「城の湯船は石造りか…まあ、あの外観ならそうなるだろうな」


ん?おれは今、城の中の浴場が石造りなんて話をしただろうか…今、“木材ではない”とは言ったが、城の外観から想像したにしても今の会話は少しおかしい気がする。

まさか、本当にこの男に、心の中を見透かされているとでも言うのだろうか?


ーーー「月の一族には心の中を見透かされていると肝に銘じた方がいい」


先程の、この男の言葉が思い出される。いや、まさかな…神族でもあるまいし、そんなことがあってたまるものか。考えすぎか…。

そう思っていると、石鹸を泡立てて体を洗っているミトがまた笑っている。だから、その笑顔はいったい何なんだ!?


「体を洗い終えたら、木の香りのする浴槽に入れるのですか?それとも、まだ他に入る前の手順があるのですか?」


「質問ばかりだな。そんなに家の風呂が気になるのか?」


「ええ、城にはありませんので。国でも見たことがないものばかりですからね…興味があります」


この後、木材の湯船に浸かりながらも月の一族の風呂や建築技術などについて話をした。国にとってそれほど必要な情報ではないが、まずはこの男に信用…まではできるきはしないが、警戒を少しでもとかなくては月の一族の軍事情報など聞ける訳がないのだから。

やっぱり、純黒の姫君よりこの男はとても厄介だ。

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