第一話 いったい何のお誘いですか!?
リェナと希の章です
敵であるはずの疾風の氷皇、そして自分が彼の願いに惹かれ叶えたらしい男から自分のことは“希”と呼ぶように言われ、何だか訳が分からないまま頭を撫でられ…あんなにも近くに抱き寄せられていた昨日の状況を思い出しながら、ルナリェナは自分達の部屋でルーナクレシエンテの紅色のタオルケットを頭からかぶった状態で頭を抱えていた。
「何であの男の顔が頭からはなれないのよッ…!!」
本当に意味が理解できない。それどころかあの男の過去の願い事が頭の中に響き渡る。
お願いだから誰か、ルーナに助けて欲しい!!
「おはようございます、純黒の姫君。よろしければおれに、とても自然の綺麗な庭を案内してはくれませんか?」
引き戸を挟んだ廊下で、疾風の氷皇の声がする。何とも爽やかな、優しい男性のような…まるで物語に出でくるような王子様みたいではないでしょうか!?
「は、い?」
今の声は何なのよ!?動揺しすぎて変な声が出てしまったのよ。と言うか、疾風の氷皇は今の声を了承の返事と受け取ったらしい。
だって、妙に彼の心は嬉しそうに?きこえるもの。
「ありがとうございます。姫君」
そう言われ、どうせ昼間は私が彼を監視しないといけないのだから…そう自分に言い聞かせて部屋から出ようと立ち上がったが、ふと思い出した。
私はまだ着替えていなかった、と。自分達より年下の弟妹にはこの姿を見せても平気なの。でも深都や蛍、年上の兄姉に見せたらお小言かお説教が飛んでくるのだから。
そもそも、敵であり監視対象である疾風の氷皇に女子力皆無姿は見せられない。
「どうかしましたか?」
「少し待っていてください。それと、牢で拘束されていないからといって逃げようだなんて思わないでくださいね」
「分かっていますよ。それよりもおれは、純黒の姫君とデートができるほうが嬉しいので逃げたりしません」
っ!?ででででで、デート!?
それはいったい何だったかしら…?なんて、動揺している場合じゃないのよ!?しっかりしてよね私。
「ふん、ちゃんとそこにいてくだだいね?」
何事も無かったかのように私は着替え始めた。
昨日はあの後、華救夜の“母親という名の圧”で私と疾風の氷皇を一緒にさせると言い出して…大変だった。
彼を牢から出し、物理的にも霊力的にも拘束せずにルナリェナと疾風の氷皇を四六時中?一緒にいさせるだなんて何を考えているのかしら。
もちろん誰もが反対したけれど華救夜は聞かずにいたから結局は昼戦から帰ってきた深都が仲裁案を出した。夜中は深都が監視し、昼間は私が監視することで決まった。
「お待たせしました。行きましょうか」
考え事をしつつも着替えを終えた私は最後に姿見を見てから部屋を出た。
疾風の氷皇が監視をデートと言い放ったのだから、いつもはあまり着ることのない白いワンピースを着てみたの。大きな青いリボンが腰のところにあってかわいいでしょう?
あまりよく分からないけれど、“色仕掛け”という情報の引き出し方を随分と前に、今は亡き姉達に聞いたことがあるのよ。
「言っておくけど、三日月からは出ないわ」
「月の一族は3つの月に住んでいるのですよね。父上に聞いたことがあります」
父上?現皇帝のことかしら。
一樹お兄ちゃん達の世代の頃の第一皇子ね。一樹お兄ちゃんを葬った相手…絶対に許さない。
他にも何か聞き出せないかしら。いいえ、聞き出すのよ。色仕掛けで!
「昨夜は深都という者に監視されて彼の部屋で寝たのですが、随分と視線が痛くて困りました」
深都が疾風の氷皇を監視する間、蛍は子供の頃に使っていた…現在も複数の弟達のいる紀里弥が管理する部屋に移ったのだから。
「監視されているのだからあたりまえでしょう。疾風のひ…」
「希、と呼んでください。純黒の姫君」
私の言葉を遮ったかと思うと、疾風の氷皇の指が私の唇にちょんと触れていた。
え?それに顔が近い…深都とも蛍とも違う、知らない表情を写した彼の顔はとても…。
「……………」
何故だろう、数秒、一瞬、時間が止まっていたような気がしたの。何だろう、よく分からないけれど、とても心臓に悪い気がするのよ。
すごくドキドキしている…戦場で皇都騎士団と命の駆け引きをしているわけでも、絶対に外してはいけない的に弓を射ているわけでもないのに。
「どうかしましたか?顔が真っ赤ですよ」
純黒の姫君、と…疾風の氷皇が昨日みたいに私の知らない感情で、とてもとても綺麗すぎて格好いい顔で笑っている。
これは完全にからかわれているわ。
「気のせいだわ。それに……」
疾風の氷皇から離れようと、言葉を続けようとしたところで私の体はガクリと後ろへ傾いた。外へ出ようとして縁側をあるいていた。だから彼の逃げ道を塞ぐために、私は外側を歩いていたから…今の、疾風の氷皇から距離をとるために後ろへ下がったのがいけなかったのよ。
「おっと、危ないですよ。…さすがに今のはおれが悪かったですね」
え?と思う頃には、もう遅くて…私は彼の腕の中で、とっさに掴んだのは騎士として鍛えぬかれた彼の腕…とても綺麗な筋肉だわ。
敵であるはずの疾風の氷皇。そうだと理解しているはずなのに、私の体も思考もいつもみたいに働かないのはどうしてかしら!?
「…っ、はなして!」
私はもうどうしていいか分からなくて、彼のとても綺麗な顔を霊力を振り絞った手のひらでひっぱたいた。
すると彼の腕は私から離れて彼の後ろの戸を何枚も豪快に突き破って吹っ飛んで倒れた。
思っていたよりも霊力を込めすぎたかしら?
「何やってんだよ!?リェナ姉!」
疾風の氷皇が倒れた部屋は弟達の部屋。ちょうど蛍が追い出された先であり紀里弥が管理する部屋だった。
片付けが大変だわ。それに情報を聞き出す疾風の氷皇は今ので気絶しているから色仕掛けの続きはできないわね。
「ちょーとだけやり過ぎたみたいだわ。でも大丈夫よ、次はちゃんと敵の情報を聞き出すから!」
ビシッと自信満々にそう紀里弥に言えば、何故だか重要作戦前の深都みたいに頭を抱えているらしい。解せないわね。失礼よ。
確か昨日も深都が帰ってくる前は自分が疾風の氷皇の尋問をすると言っていたわ。紀里弥は深都みたいに頭が良いものね。
だとしてもこれは私の仕事なのよ。
「リェナ姉が心配だよ!これじゃあ情報を聞き出す前にリェナ姉から取られるよ!!」
「そんなわけないでしょ?失礼ねぇ、紀里弥」
「そんなわけあるわ!」
どうしてそんなに紀里弥は怒っているのかしら?
ああ、きっといくつも部屋をめちゃめちゃにしてしまったせいね。片付けを手伝ってあげましょう。それできっと紀里弥も機嫌を直してくれるわ。
「さて、皆でお片付けしましょう」
私はそう笑顔でいうと片付けを始めた。後ろから紀里弥がいろいろ言っているみたいだけど、私は気にしないわ。だって私が年上だもの。




