第八話 アース皇国の第二皇子2
アース皇国の皇帝であるグレイスにより、この国の第二皇子である雅己・アースと皇帝グレイスの妹のルーナとの婚約発表が無事に終わった。
その翌日、ルーナクレシェンテは婚約者となった真紅の炎皇と“城のお庭でお茶会”なるものをさせられていた。
「どうして、私がこんな…」
ここでの服装は馴染みの無いドレスや今までしたことの無いメイクばかりで…“綺麗”になれるのは内心ではほんの少しだけ嬉しいのだが、このアース皇国の身分ある女性の着る“ドレス”と言うものは正直なところ動きにくいし、いつも着ている服よりも…どうしてこんなにウエストをギュウギュウに締め付けなければならないのか疑問である。
「そんなことは俺が聞きたい…」
2人共テーブルに向き合いながら、目の前に置かれた可愛いケーキや紅茶にも手をつけずに睨み合いながら時間が過ぎていた。きっともう温かかったはずの紅茶は冷めきっているだろう。
それくらいの時間を彼らはここで過ごしている。
「周りは父上直属の暗殺部隊の構成員だらけで、逃げることも不可能ときたか…」
深紅の炎皇は先ほどからずっとぶつぶつと言っている。
ルーナクレシエンテは彼の声に聞き耳を立てるが、元々の声量とテーブルで向かい合っている距離のせいか途切れ途切れにしか聞こえないため内容を理解することが出来ない。それに何より、皇城で霊力を行使して聴力強化なども出来ないことがとても悔しい。
「…しいわ・・・」
ルーナクレシエンテは今の自分にどうしようもできない現実を、そんな弱気な感情を隠して、気付かないようにしていたはずなのに…小さく声となって出ていたことに気付いていない。
気が付けば妙な視線を感じるたルーナクレシエンテはいつの間にか下がっていた視線を上げて、睨みつけるように目の前の深紅の炎皇を見つめ返した。
「何かしら、深紅の炎皇」
「いや、なんでもない…」
何でもないと言う割には、自分をまだ見てくる深紅の炎皇の視線は気になる。ここには自分と彼しかいないのだから、仕方ないといえば仕方ないのかもしれないが…深紅の炎皇に何かしら話しかけられてもいたのだろうか?
ルーナクレシエンテはどうしたものかと思いながらも、完全に冷めてしまった紅茶を口に運んだ。
「っ、冷たいわね…」
思った以上に冷めきってしまっていた紅茶に驚きつつ、ルーナクレシエンテは残ったティーカップの中の紅茶を少し見詰めては元の位置にカップを戻そうと腕を伸ばした。たぶん、残りの紅茶も冷たくなっているのよね、とルーナクレシエンテは少しだけ遠くに置かれたティーポットの方にも目を向けていた。
すると、何を思ったのか深紅の炎皇はいきなり立ち上がったかと思うとルーナクレシエンテが見ていたティーポットを手に取り、まだギリギリ手を離しきっていなかったルーナクレシエンテの飲みかけのティーカップに手をかざしたかと思うと深紅の炎皇の魔法で小さな火が現れた。
「いちいちメイドを呼ぶのも面倒だ」
ーーーは…?この男はいったい、何をしているのかしら?
突然の深紅の炎皇の行動に警戒し、その意味をまったく理解できないルーナクレシエンテは言葉を失った。紅茶を温めるために出された小さな火は容赦なく紅茶を温める…ティーカップをまだ離していなかったルーナクレシエンテの手にも、その熱が静かにじわじわと伝わってきていた。
深紅の炎皇の行動を思案していたルーナクレシエンテは、離すのが遅れた手を“熱いッ!”とやっと感じて勢いよく離した。
「熱ッ…!」
ルーナクレシエンテの手から弾かれたように勢いよく放されたティーカップは倒れ、残りの紅茶はテーブルの上に溢れて白いテーブルクロスに染みを作る。
それを見た深紅の炎皇の少し焦る表情にルーナクレシエンテは更に眉をひそめては、ヒリヒリと痛む指先達に視線を移した。
「お前なあ…この国の第二皇子であるこの俺が、わざわざ茶を温め直してやったのに何なんだよ!?」
そんなことを言われても自分は頼んでいない。それに怒鳴るなんておかしいし、ちゃんと確認しないで私に火傷をさせたのはこの目の前の男なのに…霊力が使えないから、こんな小さな火傷ですら今の私には癒やせないことがとても悔しい。
ルーナクレシエンテは勢いよく立ち上がり、キッと自分よりも背の高い深紅の炎皇を睨み付けた。
「うるさいわね!…もう、こんな婚約者ごっこやっていられないわ!!」
そう言うとルーナクレシエンテは火傷で痛い指で容赦なくドレスの裾を握り締めると足早に後ろを振り返り走り出す。
履き慣れないこの靴…どうしてこんなにも走りにくいどころか、歩きにくいのだろう。着替えの時にメイド達が“ぴんひーる”?と言っていただろうか、足を綺麗に魅せるとか…細すぎてバランスもとりにくいし、何故こうも重心が前にいくような造りをしているのか。
「もう、走りにくいわね!」
ルーナクレシエンテ本人は必死に走っているつもりだが、思うように前には進んでいない。そんな状況で避けられない難所がルーナクレシエンテの目の前にはあった。たった2段しかない階段だ。
それでもルーナクレシエンテは、もう深紅の炎皇とは一緒にいたくないという思いの方が勝っていたため、その勢いのまま少し今いる場所よりも下へと足を進めた。
「おい、そんなにふらついた足で部屋まで戻る気でいるのかよ?」
後ろから聞こえる深紅の炎皇の、ルーナクレシエンテをバカにする言葉。自分の失態を棚に上げた笑い声がよく聞こえる。
そんな深紅の炎皇にイラつきながらも、ルーナクレシエンテはスカートを両手で少し持ち上げて足元を確認しながら右足を1段下の地面に踏み出した。
「できるわ、よ…っ!」
そう強気に言葉を返そうとしたルーナクレシエンテだが、ちゃんと着地できた右足に安心したところで左足を動かした。
ところが、右足の足首がパキッと音をたててバランスを崩した…気がした。バランスを取り直そうにもどこに重心があるのか、どこに移せばちゃんとバランスがとれるのかルーナクレシエンテには分からなかった。
ーーーどうしてこんなところにまで霊力を封じられた影響がでているのよ!?
かるくパニックになりながら、ルーナクレシエンテの視界はくるりぐらりと回り…すぐ目の前にはこのまま重力に逆らえずに直撃するととても痛そうな地面が見える。
ルーナクレシエンテは諦めて、その衝撃を、できると言ってできなくて豪快に転けて深紅の炎皇に笑われるのを想像するしかなかった。
「無様に転けるな、金髪のくそ生意気女」
ルーナクレシエンテが“え…?”と思った時には、地面にぶつかる衝撃は無く、何故だか上に引っ張られる感覚があったと思ったら…すぐ目の前には、深紅の炎皇の、まるで絵本からでてきたみたいな、王子様みたいな彼の顔がある。
「っ、触らないでよ…!」
敵の男の顔を綺麗だなどと思っている場合ではない。慌ててルーナクレシエンテが近すぎる距離を離そうと力任せに深紅の炎皇の胸を叩くが、彼は全くびくともしない。
「お前がそんなんだと俺がまともにエスコートもできない男だと恥をかくからな」
そう嫌味な顔で言う深紅の炎皇はさらに近くなり、ふわりと一瞬だけ体が浮いたかと思うと…何故だかいつの間にか体が密着している。
何で、どうしてとルーナクレシエンテが思うよりも早く深紅の炎皇は耳元で命令するように囁いた。




