第四話 アース皇国の第二皇子
何だか周りが騒がしいわ。傷に響いてとてもうるさいのよ。
誰かが怒鳴っている?言い争っているの?両目のまぶたが腫れて重くて目を開けて様子が見れないわ。
でも、この怒鳴り声は深紅の炎皇ね。本当に耳障りなこえだこと。
「雅己、これはどういうことだ?」
とてつもない魔力量の、圧倒的な存在感…この人がこの国のトップである皇帝かしら?
でもどうして、何処か知っているような気がするのかしら。きっと、気のせいよね。それともいつかの戦場ですれ違ったりしたのかしら…皇帝自ら戦場を駆けるなんておかしなことだと思うけれど。
「…それで、目が覚めたなら話をしようか?ルーナクレシエンテ」
え?何故、起きていたことに気づかれていた?それにどうして私の名前をこの国の皇帝なんかが知っているのよ!?
それに何で、この人に名前を呼ばれるのが“嬉しい”なんて思う私がいるの!?この男は敵なのに…。
「父上?この敵の女を知っているのですか?」
「雅己、今回のことは俺の説明不足もあるだろうからな。ここからだ」
いったい何を話しているのかしら、あまりよく聞こえないし分からないわ。
すると、何故か牢の扉が開く音がして吊るされていた鎖が緩んで下に落ちる感覚が…私は硬い地面に落とされる痛みを待った。
「これだけ傷だらけになっても口を割らないなんて…本当に大きくなったなルーナ」
後の方の言葉は耳元で囁かれた…え?地面に叩きつけれる痛みは来ない。それにどうして、私はこの国の皇帝に抱っこされているの!?まるで子供を扱うように。
いつの間にか体の痛みは弱くなっていた。この男に傷を癒されたのだと理解するのに私は反応が遅れた。大嫌いな、敵の魔法のはずなのに、嫌な感じがしなかったのはどうしてなのよ?
「黒じゃなくてライトブルーの目だな。金の髪だったから最初はリェナの方だと思ってたんだ」
傷が癒えたせいで私の重たかったまぶたは開けられるようになっていた。こんなにも親しそうに話しかけてくるのに、目の前の男の髪も瞳の色も顔も知らない。会ったこともないはずなのに、この状況に違和感を感じない私がいるわ。
「父上!!俺の質問に答えてください!そいつは敵の女だ!!」
何故かしら?深紅の炎皇が昔の蛍の姿と重なるわ。彼が懐いていた深都よりも上の兄が私をかまうのが気に食わなかった時の蛍の姿に。
本当に、おかしなことだらけね。
「雅己のその顔、綺里斗に父上をとるなと泣いていた頃と同じだな」
「は!?父上!?」
今のこの状況、私が思ったことと似たようなことを皇帝は思ったらしいけれど…私はいつまで敵の皇帝に抱っこされていればいいのかしら?
傷は癒えたようだけど、動くにはまだ体力が回復していないし声もうまく出せない…自力で動くのはまだ無理そうだわ。ここでは霊力も使えないもの。
「ほら、ルーナだ。ちゃんと面倒見ろよ、お兄ちゃん!」
え?何で私をこの男に渡そうとしているのよ!?イヤよ、嫌に決まってるじゃない!!
私は声にならない奇声と必死に暴れ皇帝の首にしがみつく…って、これじゃあまるで“お兄ちゃんよりもパパがいい!”っていう子供と同じ行動じゃないかしら!?
本当にこの状況は何なのよ!?私が寝ている間に変な魔法でもかけられたの!?
「ルーナは俺がいいか。嬉しいな」
「…父上、その女を離してください。そいつは敵です、希をやった女の片割れだ!」
無理やりに私を皇帝から引き離そうとする深紅の炎皇の青色の瞳には私や月の一族に対する憎悪が渦巻いている。
それは当たり前でおかしくはない。私と同じ、敵を憎む目…私と同じ感情を宿す瞳。
ーーー「オレはもっと兄貴みたいに強くなって皆を守れるようになる!」
不意に頭の中に浮かんだ、昔聞いた願いの声。まだ幼い子供の声なのに、何故かしら?この目の前の男の“想い”と重なるような気がするのは…。
もう!だから私は皇帝がいいのに、無理やり腕を引っ張らないで!
「おい、危ないだろ?ルーナが怖がってるぞ」
何故か私達の必死の攻防に笑顔で言う皇帝は空気が読めていないわ。というか、何故こんな状況になっているのよ!?
「ルーナ、こいつは俺の子で雅己っていうんだ。仲良くしてくれると俺は嬉しい」
そう言う皇帝の顔は敵意など無く笑っている。それでも、この男の心の中は計り知れない。月の一族としてのカンは、信じたい人なのに信じてはいけないような…この人を知らない人なのに知っていると直感している。
誰か私にこの状況を説明して欲しいと思うわ。
「う、いーやー!!」
何度目かも分からない私の拒否の言葉に、ただただ皇帝は楽しそうに笑みを浮かべ、深紅の炎皇はなんとも言えない表情をしていた。




