第三話 月の一族の戦姫
アース皇国。皇帝の執務室に、この国の第二皇子である雅己・アースは呼び出されていた。そこには第一皇子である兄の姿もあり、この執務室の主である現皇帝のグレイスは執務用の机の前に置かれた金の装飾の施された長椅子に足を組んで座って話している。
「このままアース広海は守りきれそうか?」
「太陽神の加護のある昼間に前進を試みていますが、結果的に月の一族の姫に圧された前線の維持を続けています」
「そうか…このまま街に入られるようなことがるなら別の手も考える必要があるか」
そう思案すると、グレイスは前線の話は終わりにして次の話を進めると言う風に今まで聞くことに専念していた第二皇子である雅己の方を見た。そして、今の話よりも真剣な顔で問う。
「ところで恭夜、月の一族の娘はどうしている?」
「継続して地下の牢に捕らえてあります。皇都軍の一般兵士の尋問ではなかなか口を割らなかったため、私自ら拷問をして情報を聞き出しているところです」
この国の皇帝に聞かれて答える恭夜の表情は、隠してはいるがあまり良いものではない。それを簡単に読み取るグレイスは座っていた長椅子に背をあずけながら組んでいた足を変えた。
「ルーナは雷などで口を割るような子じゃないだろう。痛みを与える聞き方では情報は聞き出せないだろうな」
「それは、俺のやり方では不十分だということですか!?父上!!」
まるで図星をつかれたように、つい声を荒げた恭夜は皇帝に対する態度ではなく父親に対するようにしてしまった。隣でただ話を黙って聞いていた雅己はいろいろな意味で驚く。
俺の尊敬する兄貴が取り乱すほど、あの“金髪のくそ生意気な女”は口を割らないらしい。あの完璧で雷での拷問に定評のある兄貴が苦戦しているだと?
「まあ、落ち着け恭夜。“やり方を変えよう”という皇帝命令だ」
それは誰も異論を唱えられない、この国の最高権力者である皇帝からの非公式の命令だ。恭夜も嫌そうではあるが渋々従うようである。
そして、続けられた現皇帝グレイス・一樹・アースの言葉は恭夜どころか雅己を1番動揺させるような命令だった。
◇◇◆◇◇
アース皇国の皇都の中心、城の北東にある自室で俺は頭を抱えていた。何で俺が金髪のくそ生意気な女からそんなやり方で情報を聞き出さなきゃいけないんだ!?
ーーー「雅己、“痛み”ではなく“心に入り込んで”情報を聞き出すんだ」
父上に言われた言葉を俺は何度も心の中で繰り返す。
ーーー「難しく考えることはない。そうだな、例えば“恋心”でなら簡単に心を許すかもしれないし、あるいは…お前が兄のように接すればあの子はお前を兄のように思うかもしれない」
本当に父上は何を考えているのだろうか。俺には父上の考えが理解できない。
敵に、あの金髪のくそ生意気な女に恋人のように接するのか!?兄みたいにだとか吐き気がするほど気持ちが悪い。何で俺がそんなことしないといけないんだ!!
「俺は兄貴みたいになりたいんだ!そんなことやってられるか!!」
それが俺のやり方だ。だから俺は部屋を出る。自分で開けたドアを魔法で締めて魔法を使って足早に地下の牢へと向かう。
城に仕えるメイドや執事達が道を開けていく。途中で教育係のメイド長に“廊下は魔法を使って走ってはいけません!”と怒鳴られたが無視して先を急ぐ。
「雅己様!?」
地下牢に続く廊下の前を警護している皇都軍の兵に驚かれたが、そんな些細なことは気にしなくていい。俺は魔法での移動をやめるとあの女の入れられている牢の前に来た。
中を見れば、あいつは宙に吊るされたまま気絶しているようだ。俺はこの牢を警護する兵達に鍵を開けろと命令する。
「早く開けろ。俺がこの金髪のくそ生意気な女を拷問する」
「雅己様?その、我々は…そのような命令は受けておりませんが…」
すぐに牢を開けない兵に怒りがわいてくる。第二皇子である俺の命令がきけないのか。だったら、俺が自分で開けるために牢に手を伸ばした。だが、この牢の扉は開かなかった。
どうやらこの牢は魔力の他に魔石のカギが必要なタイプだったらしい。それでも大抵のものは俺の皇族としての圧倒的な魔力量でどうとでもできたはずだが…。
「カギを寄越せ!」
「雅己様、牢の鍵は許可が無ければ渡せません。我々は、陛下の命令でこの牢を任されています」
父上の?兄貴の管轄じゃないのか?
だが今はそんなことを気にとめているひまは無い。俺が兄貴のようにこの金髪のくそ生意気な女を拷問して情報を聞き出すんだ。そうすれば、俺も兄貴も父上に認めてもらえる。希だって助けることがきっとできるはずだ。
「もういい…ここからでも俺の炎はあの金髪のくそ生意気な女を拷問できる」
俺の青い色の炎は牢の魔法を破壊して、途中で赤い色に戻して月の一族の金髪のくそ生意気な女に襲い掛かる。
土まみれで汚れたお前には威力をおとしてやらねーと全部燃やしつくしそうだからな。
「血塗れの竜!」
俺の火魔法だった頃の、血塗られた魔法は赤い。まるで返り血を浴びたようにどろどろしている。まあ、実際に浴びてから変質した魔法でもあるが…今はそんなことは関係ない。
さあ、起きて赤い炎の中で情報を喋ってもらうか。
「小範囲時間静止」
後ろから声が聞こえたかと思うと、俺の血塗れの竜は金髪のくそ生意気な女の手前で完全に静止した。タイムストップはかなり上級の高度な魔法だ。
俺はこの魔法を使える人を1人しか知らない。
「雅己、これはどういうことだ?」
声のする後ろを振り向けば、父上の姿があった。この人が本気で怒る時はとても静かだが空気は完全に支配されている。
俺は“何”を間違えた…?
「父上…?」
何も言えない俺に、父上はため息をついた。
ああ、この牢は父上が、皇帝の管轄だと兵達が言っていた。問題があればすぐ来るに決まってるか。
「俺は痛みではなく心に入り込めと言ったはずだが…それともお前にはそういう趣味でもあったか?」
ん?いったい父上は何を言っているんだ?
だが、父上の思惑通りに動かなかったのは俺だ。勝手をしたんだから罰があるだろう。
「俺は父上に認められるよう、恭夜兄上を手本にしました」
「それにしては趣向が違う気がするが…まあ今はいい。それで、目が覚めたなら話をしようか?ルーナクレシエンテ」
父上は金髪のくそ生意気な女の方を見て言う。いつの間にか俺の血塗れの竜は跡形もなく消されていた。




