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第八話 アース皇国の第三皇子2

ルナリェナの意識は曖昧だった。自分が起きているのか寝ているのかさえよく分からない。でも何故だかとても懐かしい声がする気がした。

そして思い出したくない頃の記憶が目の前に広がっている。


「「一樹お兄ちゃーん!」」


ルーナクレシエンテとルナリェナが棺の中で眠る一樹に泣きついていた。いつものように呼んでも返事は返ってこない。いつものように触れてもその手や顔は温かくなくとても冷たい。

いつも“きこえる”、一樹お兄ちゃんの願い(こえ)はきこえない。これではまるで、四角い石の下にいるらしい兄姉(きょうだい)達と一緒なのではないだろうか。


「どうして名前呼んでくれないの?」


「どうして冷たいの?」


まだ幼い子供のルーナクレシエンテとルナリェナには一樹が“死んだ”ということが分からなかった。理解なんてしたくなかった。

いつまでも泣きわめき一樹から離れないルーナクレシエンテとルナリェナを姉達は無理矢理引き剥がして深都と蛍に預けて埋葬の続きをする。


「埋めるぞ」


「深都、そいつらおとなしくさせとけよ。危ねーから」


兄達は一樹の眠る棺の蓋を閉めて前もって掘っておいた穴に下ろし、霊力を使って土を被せていく。最終的には墓石がのせられて墓が完成する。

どうして土の中に一樹お兄ちゃんを埋めるの?…何で、やめてほしいの。


「ルーナ、リェナ、ダメだよ。一樹兄はもう…俺が代わりに2人の頭を撫でるから、もう泣かないで」


「ダメだって何回も兄貴達が言ってるだろ?」


深都と蛍が飛び出していこうとしたルーナクレシエンテとルナリェナを止める。掴んだ腕を深都も蛍も放してはくれない。

頬を伝い落ちる涙を、一樹お兄ちゃんはもう拭ってはくれない…代わりに深都が私達の涙を拭ってくれた。


ーーー「もっと魔法をうまく使えないと誰も守れない。守られるだけの子供でなんていたくないんだ…!」


またあの声がする。ルナリェナだけが、その願いに耳を傾けて動きが止まっていた。どうやらルーナクレシエンテには聞こえていないらしい。やめてと泣いて叫ぶルーナクレシエンテだけが深都と蛍に霊力を放出していた。

目の前の光景が、少しおかしく思えて、そして何故だかとても切なくて…まるで、彼の願いと似ている思いが自分の心の中に在るような気がした。


「“1度惹かれあった願いは引き返せない”…彼の願いは、私の願い事なのね」


ルーナクレシエンテがまだ深都と蛍を困らせているなか、ルナリェナだけが月の一族として1つ大人になったようだった。






あれから地球星の季節が2度巡ったある日。

ルナリェナは1人でルーナクレシエンテとの部屋を出る。半月に移動すると華救夜の宿る大樹の前まで静かに足を進めた。


ーーー「僕はこのアース皇国の第三皇子として民を守り、笑顔にできる強い騎士になりたい」


その願いを聞き、ルナリェナは彼の願いを叶えるために大樹に触れた。華救夜の神力が巡る中に自分の霊力を流し込んで惹かれた願いを叶えたいと華救夜に伝える。


「ルナリェナも、真に月の一族として成長したのう。わたしはとても嬉しく思うのじゃ」


華救夜が目の前に姿を現し、愛しい娘であるルナリェナを大事に引き寄せると頬を撫でた。

母親である華救夜に撫でられるのはとても嬉しい。ルナリェナはそれを表すように笑った。


「一樹お兄ちゃんが言っていたの。1度惹かれあった願いは叶えてしまうものだって…」


「それは、そうなるじゃろうな…わたしの願いを叶える能力(ちから)の方が強いからのう。愚弟の太陽神(ソル・ディオス)には“呪い”だと言われたくらいなのじゃから」


華救夜がそう話す表情は、今のルナリェナでは計り知れない。いつの間にか準備は整った様子で華救夜の宿る大樹が今までに見たこともないほどに光り輝いている。ルナリェナの霊力が混ざったからか、水色の光りも見える。


「彼の願いの声は聞こえても、姿は分からないものなのね」


「きっといつか出逢うのじゃ。わたしの叶えたい願いが恋の願いであるかぎりのう」


ーーーきっと、いつか…



そう、いつかきっと出逢う。



ルナリェナは先程まで自分が“尋問(なに)“をしていたか思い出して曖昧な世界から起きようと体を動かした。だが、何だか体が重くてうまく動かせない。

どうしよう…疾風の氷皇()にこんな姿を見せるなんて、逃げられでもしたらなんて、ありえないわ!!


「どうやら、起きたようじゃのう。わたしはお主達がどんな恋路(みち)をゆくのか楽しみなのじゃ」


華救夜の、母親の優しい手がルナリェナの頭を撫でる。そして、敵であるはずの疾風の氷皇の声もとても近くで聞こえる気がする。

何故、何かあたたかいモノに包まれているような気さえする…いったい何が起こっているの?どうして、敵である彼と母親である華救夜が話をしているの?

まだ体の自由がきかない状態のルナリェナには意味が分からなかった。


「もし、おれの願いが叶ったというなら、おれの願いを叶えたのは月夜の神である華救夜、あなたが叶えたのだと思っていました」


「わたしは神力(ちから)を貸しただけよのう。お主の願いを叶えてなどいないのじゃ…わたしの子が叶える願いは皆そうじゃ」


ルナリェナは状況を確認するためにやっとの思いで、開かない重たいまぶたを必死に上げた。

本当に疾風の氷皇(この男)は、いったい何を言っているのだろうか。


「おれの“願い”を叶えたのは純黒の姫君(あなた)なのですね」


「…っ!?」


ルナリェナが目を開けたすぐ先には、戦いのけがで傷があるのに恐ろしいくらいに整った顔…長いまつげ、黒色の瞳。綺麗な黒髪の中にあるアイスブルーのメッシュに、何故か惹き寄せられた気がした。

それでいて何故だか優しく微笑むような、先程まで見ていた表情(すがた)とまったく違う疾風の氷皇()が理解できない。


「おれでは、あなたの涙を拭う男として役不足ですか?純黒の姫君」


そう言いながら、疾風の氷皇はルナリェナの頬を伝う涙を今度こそ親指で拭った。ずっとルナリェナを包んでいた腕に力を入れ、今よりも近くへと抱き寄せる。


「ちょっ…!?」


ルナリェナの“ちょっと、はなして!”という思いは言葉にならず、何故だか敵の皇子に抱き締められている理由も訳が分からず、いつの間にか疾風の氷皇の魔法でルナリェナの禁術を使った傷はある程度癒されていて…今度は優しく頭を撫でられている。


「おれのことは“希”と名前で呼んでください。純黒の姫君」


何もかもされるがままに、ルナリェナの体は固まったままだった。何故だろう…意味も理解できていないのに体だけが、顔だけが熱い。


「あなたはとても可愛らしい方ですね」


この、目の前の疾風の氷皇…否、希という男はルナリェナの理解できない“願い(感情)”で笑っていた。

ここでルナリェナと希の章である(上)は終わりになります。次はルーナクレシエンテと雅己の章である(下)になるので時間軸が戻り場所が変わります。

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