第四話 アース皇国の第三皇子
最初の尋問から2日。ルナリェナは片割れのいない、1人だけでは広すぎて、さみしい自分達の部屋に1人でいた。
今日で3度目、ルナリェナが1人で尋問をする予定になっている。思うように情報を聞き出せていないし、戦闘でルーナクレシエンテが抜けた穴は大きい。そのため今日の尋問は前線で戦いっぱなしの深都と蛍もいない。
「ルーナ、今どこにいるの…?」
どうしよう、こんなところでつまずいている自分にうまく尋問ができるだろうか、ちゃんとルーナクレシエンテの捕らわれていそうな場所を聞き出さなければ…”早く”と焦る自分を敵になんて見せられないのに。
ルナリェナはとても不安そうな顔で深いため息をついた。
「どうやって聞き出せばいいの…」
そんなことを思いながらも、少し体が重いような気がする。それもこれも疾風の氷皇のせいだ。もう何日も、いつもは休んでいた昼間の時間もこうして疾風の氷皇についての尋問のやり方について悩まされている。
「もう、こんな顔では行けないわね」
ルナリェナは気持ちを切り替えつつ、顔を洗ってから三日月の土蔵の地下の牢に行こうと決めた。
満月を出て三日月へと来たルナリェナは、屋敷を通り過ぎて土蔵へと向かう。昼間の時間は今まで外に出ることはほとんどなかったためか、忌々しい太陽の光が眩しいと感じる。
「…あの皇子もこりないわね」
土蔵の扉に触れたルナリェナは、疾風の氷皇が何らかの魔法を使ってこの土蔵にかけてある術に干渉したことを感じ取った。
こんな元気があるならば、今日の尋問をきつく…いや、拷問に変えてもいいかもしれない。
「まあ、拷問のやり方なんて知らないんだけれど」
何気に道具はここの地下にあったはずだと思いながら、扉を開けてルナリェナは土蔵の中に入る。物置の場所を通り抜けて、地下に下りるための隠し階段のある辺りの前に立つと床にいつも隠してある陣を見付けるために注視する。
見付けた陣の前にルナリェナはしゃがみ込むと、鍵を開けて術を作動するために霊力を流し込んだ。
「ここは霊力を持つ者しか出入りできないのよ、疾風の氷皇」
まだ逃げる算段をしているらしい疾風の氷皇の、そんな“願い”がきこえる。それは“叶えられない願い事”だとルナリェナは少し寂しそうに、刹那に笑う。
だが、そんな迷いは一瞬で隠す。これからルーナクレシエンテの居場所や皇都の情報を聞き出さなければならないのだから…自分がしっかりするの。
「お目覚めかしら、皇子様?」
階段を下りて牢の中の疾風の氷皇にルナリェナは嫌みを込めた挨拶をする。牢の奥、両手を拘束されて壁にもたれ掛かるようにして座る疾風の氷皇の表情は嫌そうに歪んでいる。
彼が起きてから逃げられるような体じゃないだろうと足の拘束は外されているが、油断はできない。深都と蛍との約束で彼を牢から出さずに尋問をすることになっているため、ルナリェナは鉄格子の少し前で歩みを止めた。
「あなた方に話すことは無いと何度も言ったはずですが」
「ええ、何度も聞きました。でも今日は話したくなるかも知れないでしょう?」
そう言いながらルナリェナは捕縛術で疾風の氷皇の両腕だけを捕縛して体を宙吊りにし、口元にだけ笑みを浮かべた。
少し苦痛を感じるところで体を固定しているため長引くほどに傷の治っていない体が悲鳴をあげるだろう。
「くっ…何をしようと無駄だ。月の一族の姫」
「だから、しゃべりたくなるようにしているじゃない」
ルナリェナは苦痛に歪む疾風の氷皇の顔を見上げながら近くにあった椅子に腰掛けた。これは1種の我慢比べのようなものだ。音を上げたほうが負けなのだから…私は負けないわ。私は最後まで・・・・・
ーーーしぶといわ、この皇子。私の方が少し疲れてきたかしら…
いったい何時間、こうして睨み合っているだろう。ルナリェナはこのままでは無駄な時間を消費するだけだと思い、鉄格子に触れて霊力を流す。牢の鍵を開けて中に入るためだ。
深都達との約束を破ってしまうことになるが、しかたない。これも情報を得るためであり、今の自分にできることは数少ない。
「もう、遠回しには聞かないわ。直接あなたの記憶を覗くことにしたから…」
ルナリェナはそう言いながら開いた牢の中に入り、宙吊りにしていた疾風の氷皇を自分の足元に跪かせるように移動させた。
「っ、おい、何をするつもりだ…!?」
「今言ったじゃない。あなたの記憶を直接視るの」
疾風の氷皇の抵抗を気にせずにルナリェナは彼の額の上に触れるか触れないかの距離まで自分の右手を移動する。そして、その間に記憶を覗くための陣を描いて霊力を流し込む。
最初から、記憶を視るすれば良かったのよ。“尋問”なんてまわりくどいことなんて、どうして深都は考えたのかしら。
「記憶操作術 分離、術式・記憶…視…」
霊力を込めたことで陣が光り始めた。だが、術が発動しない。ルナリェナは不思議に思いながらもそれを隠してもっと、もっとと霊力を流し込む。
今までに自分が扱えなかった術はない。だって私達は大きな力を持つように産みの親である華救夜に…
ーーー「それは、未熟な者には扱えぬ術じゃ。」
術が発動できないルナリェナに華救夜の声が聞こえたような気がしたかと思うと、何かが一気に、大量にルナリェナの中に流れ込んでくる。強い強い強い強すぎる…何だか解らない渦にのみ込まれるような、頭の中だけじゃなく身体中、感覚も境界も何もかもが痛く駆け巡る。
“気持ち”、“想い”、“苛立ち”、“敵意”、“恐怖”、“戸惑い”・・・・・
「っ何なん、だ!?頭が痛い…」
「私、に…できない術なんて…」
“ない”とルナリェナが最後まで言葉にできないまま、瞳が不自然に見開かれ、その途端に涙がたまって頬を流れ落ちる。それは、徐々に紅く染まっていった。
「ぼ、くは…このアース皇国の第三皇子として民を守り、笑顔にできる強い、騎士に…なり、たい・・・・・」
ルナリェナが前に倒れ込みながら、自分の中に流れ込んできた不特定多数の感情や記憶の渦の中から取り出した1つの“願い”を言葉にした。
これも、いつかきいた誰かの…否、この目の前にいる疾風の氷皇の、彼の願い事。




