第三話 月の一族の姫君
三日月にある屋敷。その屋敷の裏手には緑が生い茂る森があり、森の手前には土蔵がある。外からは見えない土蔵の中は、何の変哲もないただの物置だ。
だが、その地下には敵を捕まえておくための鉄格子の牢がある。もちろん強固な結界術やその他諸々の術がかけられていて守備は万全である、と月の一族は自負している。
「疾風の氷皇は、まだ目覚めていないのか…」
深都は牢の中に手足を拘束されて無造作に転がされている疾風の氷皇を見て少しため息をついた。
自分が管理する大部隊への指示出しも落ち着いた頃、回収して捕虜にした疾風の氷皇の様子を見に来たが彼はまだ目覚めていない様子だ。
深都は鉄格子の間から変わった点はないか念入りに確認しつつ、やはりまだ疾風の氷皇への尋問はできないという結論にたどり着く。
「…どうした?蛍」
ちょうどその時、前線で戦っている蛍から通信術で連絡が入る。深都は再度、目視で牢内を確認した後地上へ上がる階段へと足を進めた。
◇◇◆◇◇
『…の…こうはまだ……』
暗闇の中で、誰かの声がした気がした。
『どうした?けい』
そんな声の後、誰かの足音が遠退く…霊力の気配が上に移動する。それを感じるのと同時に、ここには敵の能力の源である霊力が満ち溢れていることを嫌というほど突き付けられた。
それに体中が痛くて、思うように動けない。ここは寒い気がする。
ーーーおれは、どうなった…?
月の一族の姫達の霊力に、たくさんの仲間が散って…長い永い月の一族との戦いに負けたことがきっかけで皇都騎士団の弌番隊隊長である兄の考え方が変わった。
太陽神の加護のある昼間戦うはずだったおれ達は、兄の命令で夜戦に出ることになった。
ーーーそれで、おれは月の一族の姫に負けた…?
そうだ、おれはあの月の一族の姫に…おれの部隊共々追い詰められて負けたんだ。
それで霊力の満ちている場所にいるということは、捕虜として捕まったということか…それにしても、本当に失態だ。兄や皇帝である父上に何て言えば…いや、弁明の機会なんてきっと無いだろう。
「っ、ぉれは…」
おれは自分の体がどれくらい動くのか確かめるために月の一族の姫にやられた傷で痛む、手と足を拘束されている体をできる限り動かしてみた。声が掠れている。どれくらいの時間、ここにいたのだろうか。
監守の存在は無い。だが、きっと何かの魔法…いや、月の一族の“術”がかけられているはずだ。
「…少し動いただけでは、作動しない?」
自分達の城の地下にある牢獄とは違うのかと少し驚きながらも、おれは逃げられる手立ては無いか辺りを見回して探していた。
「さっき月の一族の気配が近づいてきた方は…」
おれは必死に顔を先ほど誰かが移動してきた方にあった扉の方に向けた。
出入り口はそこにしか無いようだ。脱出に使えそうな窓なども無いらしい。ここは地下なのだろうか、それとも感覚を鈍らせたり誤認させたりするような術でも使われているのか…何にしても情報はこれくらいしかないか。
「ここを出れたとしても、その先は月の一族だらけでしかないよな…」
傷が治っていないせいか、太陽神の加護が無いせいか、少し動いただけでひどく疲れる。
おれはそのまま意識を手放した。
◇◇◆◇◇
何だかまた周りが騒がしい…月の一族の気配が複数ある。飛び抜けて強い霊力の気配が1つと良く似た霊力が2人、3人くらいだろうか?
上手く霊力の持ち主を感知できない。
「おきているのでしょう、地球人の皇子」
突然にはっきり聞こえた女性の声…“誰だ?”何て思うほど、おれはこの気配に鈍くはないつもりだ。人数が分からなくとも、この女性だけは分かる。おれに、おれの部隊を殺った奴だ。
「っ、あんたがッ…!!」
おれは勢い良く立ち上がり、自分の体内の魔力で氷の片手剣を作って目の前の月の一族の姫に斬りつけた。
いつもなら、冷気や凍結などの効力を付与するが、この魔力の満たない場所では無理だろう。だが、おれは確実に敵の喉元を狙う。
「何のつもりかしら?三日月でちゃんと魔法が使えるとでも思っているの?」
何て冷たい声色だろう…鋭く射殺すような敵の、あの時見たライトブルーではない色の、茶色の瞳が“地べたに這いつくばるおれ”を見下ろしていた。
おれの体は、全くと言っていいほど動いてはいない。氷水剣も作れてはいない。おれはただ、“そうしたつもり“だっただけだ。
「まあ、尋問するのに自由に動けるような状況にはしておかないよな」
おれを見下ろして笑う、もう1人の男…確か、月の一族のナイフ使いだったか。兄から聞いたことがあるし、遠目に見たことがある。
あと、もう1人いる。ここでおれを尋問するのは3人ということだろう。
「蛍、笑っている場合じゃない。この男の魔力量から言って完全に拘束していられる時間も長くはないんだ」
「分かっているわ。だから始めましょう?」
ーーー尋問の時間を・・・・・
そう言うおれを負かした敵の、月の一族の姫の顔をおれは…必死に睨み返すことしかできなかった。




