第五話 広海港の戦いのゆくえ
朝日が昇る。左翼では紅い閃光が空を駆け抜け、深紅の炎が燃え盛る。右翼でも不自然に怒り狂った風達が宙を舞い、荒々しく氷の宝石が浮かべば光輝く矢がそれを貫いては粉々に破壊する。
「このまま進んだら一般人も巻き込んでしまうし…」
ルナリェナは右翼の港を落としたところで次の攻撃進路に迷いがあったため進軍の速度を少し落としていた。このまま、まっすぐ前進すれば村や町がある。そのため、皇都軍以外の一般人も傷付けてしまうことになる。
敵でしかないはずなのに、ルナリェナは妙にそれだけは嫌だった…ふと、微かな魔力の気配を感じてその方向に視線を向けた。
「まだ生きてるのね、あの男は。」
風に巻き上げられる金色の髪を右手で押さえながら、ルナリェナは右斜め後ろの地面に転がる疾風の氷皇を見下ろした。傷が深く気絶しているらしい。彼より少し離れたところにも数人の皇都騎士団達が原型を留める事無く散らばっている。
あの攻撃で消し飛ばなかっただけでも、彼らを褒めるべきか…否、そんなことは必要ない。敵でしかないのだから。
「でも疾風の氷皇はもう動けないはずだし…」
もう守るもののために自分を盾にするようなことは太陽の加護があったとしても、今の皇子には無理だろう。ここで完全に息の根を止めるか、放っておいて息絶えさせるか、それとも捕虜として惨月に連れて帰るべきか…ルナリェナはここでも迷っていた。
〈リェナ!その生来の能力をしまえ!!ルーナが殺られる!!〉
慌てた、深都の怒鳴り声による通信術…ルナリェナはその声に弾かれるように自分の片割れであるルーナクレシエンテに意識を向けた。
すぐにルーナクレシエンテが追い詰められているのが理解できたルナリェナは急いで自分の能力を抑える。髪も瞳の色も、いつもの黒髪と茶色の瞳に戻る。
「私がずっと、能力を使い続けていたから…!」
隠した色が戻りきらないうちにルナリェナはルーナクレシエンテのいる左翼側へと飛んだ。このままでは大切な片割れが危険だ。
左翼。地上ではルーナクレシエンテと深紅の炎皇がお互い傷付きながら、傷付け合いながら、命を懸けて戦っていた。もう、空中戦ができるような霊力も魔力も残っていない。
そのはずなのに、深紅の炎皇の魔力は少しずつ上がり始め…炎の色がゆっくりと赤から青に変わりつつあった。
「もう…太陽が昇ってきてるぜ?金髪のくそ生意気な女ぁ!」
「うるさいっわよ!深紅の炎皇!!」
息の上がっている2人の剣がぶつかり合う。幾度となくぶつかり合っても、お互いの思いは変わらない。理解などできない。
ルーナクレシエンテは夜明けまでに深紅の炎皇を仕留めきれなかったことが悔やまれる。ここから先は自分ではなく深紅の炎皇が太陽神の加護を受けて戦う時間だ。
今までとは立場が逆になる。そして体力も霊力も削られたこの状況ではルーナクレシエンテの方が不利すぎる。
ーーー本来の能力を使えれば、少しは勝てる可能性がある?
「くっ…私は、負けないっ…!」
ルーナクレシエンテは深紅の炎皇の青を纏う大剣を受け、その力を受け流した…だが、それは受け流しきれずに攻撃をくらう。もう体力的にも限界だ。少ししたその瞬間、魔力と太陽神の神力が深紅の炎皇のところに集まっているのに気が付いた。
気付くのが遅かった。それに、防御するにも霊力が足りなさすぎる…ああ、これでは負けてしまう。
「くらえ!大魔法・火炎龍剣!!」
太陽神の神力を受け、深紅の炎皇は青い炎を纏った状態の大剣からさらに青い炎の龍を出現させてルーナクレシエンテを容赦なく攻撃した。
あつい、痛い、いたい、いたいっ…ルーナクレシエンテはそれだけを思いながら頭から地面に崩れ落ちて意識が途切れた。
「ルーナぁぁぁーーー!!」
少し遠くから、ルナリェナの悲痛な声が聞こえた。霊力で風を操り宙を駆けても、それでも間に合わない。もう自力で立っていることもできないボロボロの体のルーナクレシエンテが地面に叩き付けられている。
それを見たのと同じ瞬間、ルナリェナは自分に向けられた殺気と魔力を感じ取った。
「てめえもくらえ!!月の一族の姫!」
ルーナクレシエンテを攻撃しても有り余った青い炎の龍の大魔法を深紅の炎皇はルナリェナへと向けた。ルーナクレシエンテを攻撃した後で威力は弱まっているが、それでも太陽神の加護を受けた大魔法はものすごく強い。
ルナリェナは慌てて自分の前に結界を張ろうとしたが、後ろにいる仲間達を…ルーナクレシエンテの率いる部隊を守りきる自信は無かった。
「くっ、それならッ…!」
考えることは1つ。自分の持つ術の中で、1番の攻撃力を持つ術を発動してできるだけ相殺するしかない…あら?何処かでこの状況を見たかしら。
ルナリェナは気持ちを切り換えて集中し、術式を組み上げた。今の自分に残る有りったけの霊力を術式にこめる。太陽の光なんて鬱陶しいだけだ。
ーーー牡丹一華の怒り風!!
ルナリェナは術式を発動させた。怒り狂う風と
青い龍の炎がぶつかり合う…このままでは片割れだけでなく自分も負けてしまうかもしれない。負けることは絶対に私達には許されないのに…。
そんな不安がルナリェナの頭をよぎった、その瞬間…ルナリェナの前に1つの影が割り込んだ。
「リェナもなんて殺らせねーよ、深紅の炎皇!」
ルナリェナの目の前にいたのは蛍だ。彼の完璧にコントロールされた結界術が自分と後ろのルナリェナを守るように展開されている。いつの間にかルナリェナの後ろにいたルーナクレシエンテの部隊はいなくなっていて、昼間の戦いの部隊である蛍の率いる部隊が中型五芒星浮遊陣を6騎展開していた。
「け、い…?」
「お前らが交代の時間に戻って来ないなんて初めてなんじゃねーのか?」
蛍はルナリェナを安心させるように笑いながら、器用に深紅の炎皇の炎魔法の攻撃を後ろの部下達に指示を出して弾き飛ばしていた。
蛍の部隊はルーナクレシエンテやルナリェナの部隊とは違い、仲間の霊力を束ねて攻撃や防御を行うため華救夜の加護が無い昼間でも皇都騎士団や皇子達と戦える。
〈蛍、疾風の氷皇の回収は終わった。ルーナは?〉
「悪い、まだだ」
蛍が難しそうな顔をして通信術で聞こえた深都の声に返す。
そんな会話にルナリェナはもう一度姿を元の色に戻して戦おうとして、いつの間にか隣にいた深都に止められた。
疲れからか、どうやら感知系の能力がおかしくなっているらしい。まったく気付かなかった。
「駄目だよ、リェナ。ルーナのことは俺達に任せて、もう休んで」
そう言いながら深都は片手剣を召喚すると、片手剣を軽く深紅の炎皇の後ろに控える敵陣に向かって振り抜き、牽制のように集中放出術・幻影の牙を放った。いつの間にか蛍もナイフを召喚して深紅の炎皇と戦っていた。
本当に、強い霊力だけで押し切る戦い方をする双子とは大違いな兄弟、完全に霊力をコントロールし洗練されて発動される深都と蛍の術式はとても強く綺麗だったりする。
「ごめん…もう疲れて……」
動けない、というのは声にならずにルナリェナは気絶するように寝てしまった。




