6. あの丘へ
‘黄金色のどんぐり’が生っているといわれる、丘の近くまで辿り着く。チッチが言う通り、これといった問題もない。
ペンタの走りは本当に速い。これなら予定よりもかなり早く着くよ。
コン太は心の中で驚いている。
最後のごつごつとした岩場で登り坂。それも、大きな岩が重なり合い、狭くて薄暗いトンネルのようになっている。
そうはいっても、ここで問題になるのは、これだけだ。
このままペンタの背中にいると、天井の岩で擦れてしまう可能性が高い。
それで、コン太とランダはペンタの背中から降りる。そして、慎重に歩いて行く。
チッチは、身体がとても小さい。それに暗いのが苦手。それでコン太の頭の上に留まっている。コン太なら、チッチが乗っても頭上の岩にぶつからない。
しばらく歩くと、ぼそりとペンタが呟く。
「ここって、暑いね」
それにコン太が応じる。
「ペンタ君は頑張って走ったからね。あれ。僕も暑いような気がする。登り坂を歩いているからかな」
最初は、さほどでもないと思っていたコン太も、次第に堪らなく暑くなる。仕舞いには、舌を出して、ハアハアと喘ぐようになる。
「おう。俺っちも、めっちゃ暑い」
ランダも同様にして暑がっている。
頭の上に乗っているだけのチッチ。
「私も異様に蒸し熱く感じるわ。まるで夏みたい」
彼女も暑がっていた。
暑さでハアハアと息を切らせながら、岩が重なった薄暗いトンネルを歩く。
ようやく辺りが明るくなって来た。
視界が開けて、すぐそこに丘が見えた。どうやら着いたようだ。
空から見たこの岩場は、そう長い距離ではなかったのにと、不思議に思っているチッチ。気を取り直して丘の周辺を見回す。
「今は、曇っているのね。だけど、こんなに高くて目立つ木があるなんて。確認をした時には、なかったと思うわ」
「え。チッチさん。この高くて大きな木を見なかったの?」
彼の頭上にいるチッチの言葉にコン太が応じる。
見れば、この丘のてっぺんに一本の背が高くて大きな木が聳え立っていた。
「そうよ。良く晴れて見通しが良かったのに不思議だわ。その時はブナの種類の木がたくさん生えた、よくある普通の丘だったのよ。ブナの種類の木が数多く生えていたことと、話に聞いていた丘の位置で、ここが‘黄金色のどんぐり’が生るあの丘だと確信したのよ」
コン太たちは、この大きな木の近くまで寄る。
コン太は、まじまじと、この木を見上げる。
この木はとても高い。首が痛くなるまで見上げても、この木のてっぺんまで見ることができない。
視線を水平に戻す。
目の前に、この木の葉が垂れていた。
この縦に細長い卵型。そして中央に沿って羽毛のように左右に分かれた葉脈は、どんぐりが生る小楢の木の葉とかに似てはいる。
だけどこれは、全く異なる葉っぱ。
まずは、皮のように分厚い。そしてその葉脈の先に棘がない。それに枕ほどの長さがあるとても大きな葉だ。
この葉が2枚ほど連なり、一抱えほどもある太い主幹から直接、突き出ていた。この木にはこのような葉がいくつも付いていて青々と茂っている。
改めて周辺に目を向ける。
この木の周辺には、比較的背の低い木や草が生えいる。だけど、その中にブナの種類の木はなさそう。というか、住んでいる森の周辺では見かけたことがないものばかり。それらの葉は、今が最盛期だとばかりに、瑞々しい生命力に溢れて青々としている。
コン太は困惑する。どうにも、どんぐりが生っているような場所には見えない。
「うーん。夢の中で聞いた‘黄金色のどんぐり’は本当にここにあるのかな」
何かに気が付いた、アライグマのランダが、指差して言う。
「お。あれじゃないか。変な生り方をしていて、むっちゃでっかいけどよ」
クマのペンタもそれに気が付いて同意する。
「あー。そうだね。黄金色をしたどんぐりのような形をしたものがあるね」
辺りを飛んでいたコマドリのチッチも伝える。
「変だけど、それらしい実が生る木は他には見つけられなかったわ」
コン太は、ランダとペンタの近くに寄る。
「わ。何これ」
黄金色をした大きな実が、この木の一抱えほどもある太い主幹の真ん中に直接、どでんと生っている。
この実は、恐ろしく目立つ。だけど、この木は余りにも太いので、先程コン太が見ていた位置からは死角になっていた。
その実の大きさは、夏に食べるレギュラーサイズの西瓜と同じくらい。それが、どんぐりの形をしていて、黄金色をしていた。
よく見ると、どんぐりと同じような堅そうな実。だけど、ブナ科の植物特有の殻斗、よく言う、帽子がない。
第一、太い主幹に直接生るって、どうなの。
コン太は思索をしても、混乱をするばかり。
「あの。コン太君。ぼうとしているけど、大丈夫?」
クマのペンタが心配をして声をかける。
「あ。うん。この実が本当に、‘黄金色のどんぐり’でいいのかどうかを考えていたところなんだよ」
コン太が困った顔をして、ペンタに答える。
そこへランダが入り込んで言う。
「んなもん。この実に決まっているじゃないか。なんならオイラが採ろうか?」
それに、チッチが強く反対する。
「ダメよ。これはコン太さんが採るべきだわ」
ペンタもチッチの意見に追従する。
「あー。そうかも。僕もそう思うよ」
ランダは、やれやれという仕草をして、コン太に言う。
「じゃあ。コン太君。君が、この実を採らなきゃあ、始まらない。他はないんだ。この実を採って持って帰ろうぜ」
ランダも、今回の一件で、かなり丸くなったようだ。
コン太は、まだ少し躊躇している。
だけどランダの言葉の通り、コン太がこの実を取らないと、後が始まらない。
コン太は意を決して、実の一つをそっと持ち上げる。どっしりとしていて重い。これは中身がぎっしりと詰まっているからだろう。
両手で実を持ち少し長い柄の部分をくるっと軽く捩じってみる。すると、その大きな実が短い柄と小さくて丸い蔕と共にポトリと離れた。それと同時に、どしりとした実の重さが、コン太の手の中へと移動する。
コン太は、未知なものを採る不安で緊張していた顔を弛緩させた。
そして後ろに振り向き、にっこりと笑って両手で持った大きな実を見せる。
「うん。この通り、‘黄金色のどんぐり’が無事に採れたよ」
それに応じて、ランダがこの木の上の方を見て言う。
「おう。まだ、生っているぞ。あれも採れよ」
ランダが指差す先を見る。すると大きな黄金色をしたどんぐりのようなものが、この木の太い主幹に直接ぽつりぽつりと2個ほど生っていた。
コン太は、すまさそうな顔をして言う。
「残念だけど、僕は木登りができない。高いところのは採れないよ。この実は大きいから、ひとつだけでもいいと思う。だから、上の方に生っている実を採るのは、僕じゃなくてもいいだろう?」
ちょっと前のコン太だったら、ランダが言った通りに、上の方に生る実も採ろうとして、必死にこの木を登ろうとしたかもしれない。
「あー。僕もダメ。僕は木登りはできる。だけど、この木は何だか貴重な木のような気がする。僕の体重で、この木が傷ついたりするのは避けたいよ」
今回のペンタの発言は、怖がっているのではなく、ちゃんとした理由だ。
「ん。そうか。じゃあ、残りは俺っちが採るぞ。これは全く知らない珍しい実だからな。コン太君のとは別に、“逆さ虹さん”へのプレゼントとしたい。いいよな?」
ランダは他の皆の賛成を得る。
彼は危なげもなく、この木をスルスルと登っていく。しばらくして、同じような実を2つ持って降りて来た。大きな網に入れて背中に背負っている。
コン太はそれを目敏く見つける。
「あれ。準備がいいね。ランダ君」
「あ。いや。これは投網だ。プレゼント用に魚でも獲ろうと思ってな。もう一つあるぞ」
ランダは、最初に自分が考えたことの照れ隠しもあって、そそくさともう一つの網を取り出した。
さらに、コン太が手に持っている実をひょいと取り上げ、ランダらしからぬ丁寧な手つきで、その網の中にその実を入れる。
そして、コン太にその網に入れた実をぐいと押し渡す。
目を白黒させる、コン太。
「え。あ。ん。ありがとう」
それを見たコマドリのチッチが、にこやかに笑って言う。
「さあ。‘黄金色のどんぐり’が採れたから、そろそろ戻りましょうよ」
そうだねと、みんな同意する。
来た道を戻る。岩場の薄暗いトンネルを抜けると、寒い。冬の寒さだ。
それでも、その冷たさが心地よい。歩たので適度に体温が上がっている。
クマのペンタが、ぐいと伸びをして言う。
「あー。やっと狭くて危なっかしいトンネルを抜けたね。じゃあ、また僕の背中に乗ってよ」
コン太たちは、ペンタのその言葉に甘えた。
クマのペンタの走りは軽快だ。
道の途中にある、例の泥水でできた“水たまり”も、難なく通過する。
そして、見慣れたあの木のてっぺんにある“逆さ虹”が見えた。
“逆さ虹の森”だ。
コン太たちは無事に戻って来れたと、ほっと息をつき、安堵をする。
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