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4. それぞれの準備

「あれ。僕はどうしていたのだろう?」


 キツネのコン太は、そうつぶやいて、ぼんやりと辺りを見回す。


 ここは、どんぐり池のほとり。地面から突き出た異様な直立膝根ちょくりつしっこんが林立している湿地帯の飛び石のような天然石の上。


「……疲れて眠ってしまったのかな」


 再び、ぽつりと呟く。


 どんぐり池の水面みなもには、未だに薄くもやが掛かる。その中心でこんこんと湧き水を湧きだたせている。梅花藻ばいかもの可憐な白い花がゆらゆらと揺蕩たゆたう。


 池の周りに生える沼杉は、深く眠るように、その羽毛のように柔らかくて細かな葉を静かに枝垂しだれさせているのみ。


 その幻想的な風景が、今も広がる。


 そう。まるで何事もなかったかのように。


 手元にあったどんぐりはない。それは池に放り込んだ。


 その後は……ええと。


 - ‘黄金色こがねいろのどんぐり’ -


 ‘黄金色のどんぐり’か。そういえば、そんなこをを言われた夢を見た。


 このどんぐり池の水面のように、薄っすらと靄が掛かったような、おぼろげな記憶。夢のお告げなのかな。まあ、願いが叶うって言ってもこんなものだろうね。


 そうは言っても、この‘黄金色のどんぐり’の他に手がかりが思いつかない。


 キツネのコン太は一所懸命、その“夢のお告げ”を思い出そうと努力する。


 何だったか。“逆さ虹さん”を連れて来るのに‘黄金色のどんぐり’が要るとか聞いたような気がする。それを日が短い日に、あの木の下に置くことだったかな。


「え。あれ。日が短い日って、今日じゃないか!」


 自ら発した大声にびっくりする。でもそんなことに構っている時間なんてない。あわてて、くるりと来た道を戻りどんぐり池を後にするキツネのコン太。


 コン太がそうこうとしている頃。


 気が早いもので、リスのコノとヘビのニョロは、すでに会場の準備をしていた。その会場に選んだ場所というのは逆さ虹が見える木の真下。


 そう。コン太が水の妖精から‘黄金色のどんぐり’を置くようにと聞いたその木のもとだった。


 パーティ、パーティだ。やったね! 気兼ねなく、たくさん食べることができる楽しい時間になるよ。ささ。準備、準備っと。


 そうだね。食べて歌い、踊って楽しもうよ。そうしたら、逆さ虹さんも、ここが楽しくなって、ずっとここにいてくれるよね!


 とんとんとん。木の株をまな板代わりにしてリズミカルに包丁を叩く、上機嫌なリスのコノ。作っている料理は、キノコと野菜のクリームシチューのようだ。その準備ために、いろいろな野菜を丁度良い大きさに切り分けている。


 - 良いな。寒い夜には、こういった暖かいものが嬉しい -


 しゅるる。しゅるる。ヘビのニョロは器用に森の木々に丈夫なひもを取り付け、きらきらと光る不思議な葉っぱを飾り付けた。


 - これは“逆さ虹の森”特産の色光葉しきこうようという。夜になると、蛍光発光よりも強い、様々な光を発して、幻想的な場を演出するものだ -


「ねえ。コノ。何か難しいことを、僕の耳元でぶつぶつとつぶやいていたりする? 何かいたずらを仕掛けたの?」


「いたずらって、ご覧の通り料理で忙しくてする暇ないよ。ニョロこそ、食べ物に目がいっているじゃない? 楽しいことをいっぱい想像しすぎているからね!」


 リスのコノとヘビのニョロは、お互いにじっと目を見合わせた。


 しばしの沈黙が訪れる。


 そしてアハハハと、はじけるように明るく笑い合った。


 そんな感じの、にぎやかで愉快な長短コンビ。


 そうして、場面が変わる。


 この森の古木に大きなうろがある。


 そこで黒い横縞の模様があるふさふさの尻尾を振り、てこてこと左右を往復して歩いているのがいる。


「プレゼント、プレゼントっと。もらうのは嬉しい。だけどあげるのは選んだり探したりするのが大変。あ。そうだ。どんくり池があるじゃないか」


 その池には、いつも綺麗で、とてもおいしい水がこんこんと湧き出ている。清流でしか咲かない珍しくて美しい水中花の梅花藻もあの湧き水の温度のおかげなのか、いつも綺麗に咲いている。


「あのおいしい水と、珍しい梅花藻をプレゼントしたらどうだろう」


 アライグマのランダ。暴れん坊でやることが乱暴だけど、その気持ちは優しい。その思いが、いつも空回りをして、仲間のみんなに迷惑をかけることが多いだけ。


 今だってそうだ。プレゼントを何にしようかと真剣に考えている。


「だけど、どんぐり池はそれなりの深さがある。俺っちの小さい身体で梅花藻を採るには危険を伴うな。下手をしたらおぼれてしまう」


 それで、アライグマのランダは仲間のクマのペンタを誘うことにした。


 身体の大きいペンタなら、池の浅いところを狙えば楽に採れると思ったから。


「うんうん。これはいいぞ。それに、上手うまくいけば、あの池で獲れるという、珍しい食用の魚も手に入るかもしれない。数によるけど、たくさん獲れたらパーティのメイン料理に使えるだろうし、少なければ、それこそプレゼントにすることができるよな」


 獲ってもいない魚で、他の仲間に褒められることを想像して、にやにやと笑う、アライグマのランダ。


 ランダは善は急げとばかりに洞から飛び出す。そして、プレゼントを探しに行こうとクマのペンタを誘い出した。ペンタはプレゼントを探しに行くのに賛成だったのでランダに付いていく。偶然居合わせたコマドリのチッチも一緒だ。


「まずは、どんぐり池に行こう」


 俺っちがリーダだと言わんばかりのランダ。


「え。そこに行ってお願いをするの?」


 意外な場所だったので疑問をはさむチッチ。


「いや。そうじゃない。あの池には清流に花咲く梅花藻が冬の今でも咲いているだろう? 珍しい魚もいる。プレゼントに最適じゃないか。取りに行こうぜ」


 ガキ大将よろしく、有無を言わせない勢いで、元気よく言うランダ。


「だめ。ランダ。あの池には水の妖精さんがいるのよ。池の中のものをむやみに取ったら怒られるわよ」


「なあに。大丈夫だって。妖精さんが出てきても、俺っちが説き伏せてやる」


 自信満々に胸を叩くランダ。


「だめだめ。そんなことをしたら、それこそ恐ろしい呪いがかかるわ」


 呪いという言葉に、ぶるりと震えるペンタ。


「そんなことあるかよ。どんぐり池の妖精さんって噂だけだろ」


 そう言いながら、どんぐり池がある森の奥へとずんずんと進むランダ。


 コマドリのチッチとクマのペンタは、お互いに目を合わせて、これはどうしょうもないねとアライグマのランダの後を追う。


 また場面が変わる。


 カサカサカサ。タッタッタッタ。カサカサカサ。


 キツネのコン太は走る。急ぐ。あの丘へ行かなくちゃとあせる。

 ‘黄金色こがねいろのどんぐり’を取りに行かないと。それも、今日の夕方までに。


 枯れたススキのような長い下草を踏む。そして、その下草が足元や胴体をでて来る。それでも、走る足音と共に森の木々が流れるようにうしろがっていく。ここは来た道だ。迷うことはない。


 だけど間に合うだろうか? 夕方といえばこの日が沈むまで。今日は日が一番短くなる日。そう。この日が沈むまでが、とても早いということ。


 仲間を誘うか。それとも僕だけで行くか。


 夢の中で、どんぐり池の妖精さんは仲間と共に行くことを勧めていた。だけど、これをどう仲間に説明したらいい? それに時間が惜しい。第一“逆さ虹さん”を連れて来るのは僕なんだ。だから僕が何とかしなくちゃいけない。


 うん。僕だけで‘黄金のどんぐり’を取りに、あの丘へ行ったほうがいい。


 森の中を走っているコン太が、行きに通った根っこ広場に差し掛かった時。来た道の方で、がやがやと複数の声がする。それも、聞きれた仲間の声。


「あら。コン太さん。急いて走って来てどうしたの?」


 美しい声で呼び掛けるコマドリのチッチ。


 君のためだよ。僕がこうしているのは。


 チッチを見つめる、焦り顔のコン太は、そう思うだけで口にはしなかった。


「うあ。向こうでお化けが出て逃げて来たんだろ。怖いよ」


 ブルブルと大きな体を震わせるクマのペンタ。とても想像力の豊かな怖がりだ。でも、安心して。向こうにお化けはいないよ。


「んなもん、いるかよ。いたら俺っちが、とっちめてやる」


 アライグマのランダ。威勢の良い暴れん坊。実際にランダは強い。この森一番の強者つわものだったりする。その小さな体躯のどこから、その力が湧くのやら。


 僕のチッチへの答えは……どうしよう。やっぱり仲間のみんなに迷惑を掛けたくはない。


「うん。朝の散歩がてらに運動をしていただけだよ。何でもない」


 コン太が不意に、チッチへの視線を外して言った途端、ぼうと淡く青白い光が、コン太の足元を一瞬包んでは消えた。


 同時につたの枝ような細い木の根がシュルリとい出て来た。


 仲間を振り切り前へと進もうとするコン太のその足に、その細い木の根が静かにクルリと巻き付く。


 彼は、つんのめってつまずき、バサリと倒れる。


 木の根で物理的に足止めを食うコン太。


あと3話ほど続きます。よろしくお願いします。

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