76話 終幕は貴方と共に
李彩音が怪我に手を当てると傷が治っていく、雪乃だけではない、ハスディアの喉を、ウィンディの火傷を、フェルナの脚を、優しく撫でるように触れていく。
「…これで、大丈夫よ」
三人を治し、唯一起きているハスディアの頬を撫でる。
「…なんのつもりだ」
「貴方達は正しい事をした、でも、私のわがままでこうなってしまったから」
「…謝っているつもりか?」
「貴方と雪乃さんは勝負をして雪乃さんが勝った、私が謝るのは違うわ」
「そうだ、お前は自分の意思を貫いただけだ、その障害である俺が負けた、ただそれだけだ」
─カルミナ、いるよな…
(もちろん、しっかり見てたぜ)
─…………それは忘れて…
(嫌だ、お前俺の体で散々好き勝手してくれたからな、そのお礼だ)
─お前、ほんっとにいい性格なったよな。
(くく、元からだよ、お前といると素が出るんだ)
─…本当に済まなかった、お前の体で無茶しすぎた。
(今更だな、それに、俺は体とか要らないし)
─そう言って貰えると助かる。
(…………んな事より、この後、どうすんだ?)
─李彩音は人目に触れちゃいけない、いや、人に存在を知らせては駄目だ。
(なんでだ? リアネがいることによって抑止力にもなるんじゃないか?)
─それをメリットとしても、他にデメリットが多すぎる、李彩音=星、だったら、李彩音がいる国はこの星全土を掌握していると同義になる、その場合李彩音を巡った争いが起きることは確実だろう。
(つまり、あらゆる争いの火種になり得るってわけか)
─そういうこった。
「雪乃さん、少し、いいですか?」
「ん? なんだ?」
「…私は、ここで過ごします、ですから雪乃さんには」
「悪いが俺は帰る気なんて無いぞ」
「そうもいかない」
雪乃と李彩音の会話を聞いていたハスディアが李彩音の後ろから声をかける。
「ユキノ、お前は一体なんのためにここまで来た? まさかとは思うが女に会うためにここまで来たとは言わないよな?」
「魔王の討伐、または無力化、だ」
「あぁ、討伐には失敗したが無力化、いや、無力化も失敗している、なぁ、魔王様よぉ、俺が今、ここで雪乃に敵対する意志を見せたらお前さんはどうする?」
「この世から消し去るわ」
「だそうだ、この魔王様は今は敵対しないって訳なんだが、魔王であることに変わりはない、討伐できないのならそれなりの処置をしなければならない、あと俺はメリアにめちゃくちゃ謝らないといけない」
「なんで?」
「…あいつの命令に背いてお前らをこっちにやったじゃん、その上近くの山消し去ったから、後処理に追われてるだろうから」
「質問した俺も悪い訳だが、それより、俺が帰らないといけないってのはどういう事だ」
「逆に聞くが、お前はあそこに何を置いてきたか分かっているのか?」
「………そ、それは」
「友に教師、お前を想うやつだって居る、クイーネも少なからずお前の事を家族だと思っている、あの家にはお前の家族同然の奴らがいるんだぞ?」
「…な、なら」
「魔王を連れて帰るってか? お前のそういう所は嫌いじゃねぇが、この場合はただの甘えだ」
「ッ……」
「…………………ユキノ、お前本当に帰らないつもりか?」
「……李彩音を一人には、出来ない」
「分かった、お前、死ぬ準備はしとけよ」
「!?」
ハスディアの言葉に反応した李彩音が短刀を構え雪乃を庇うようにハスディアの前に立つ。
「おっと、誤解だ、死ぬ準備ってのは死んだ事にするって事だ、悪ぃな」
「……どういう事?」
「あんまりこの手は使いたくないんだが、俺らが雪乃は死んだとメリアに伝える訳だ、そうすればお前は帰える必要は無い、だが、二度と、二度と友にも、俺らにも会えないと思え、いや、思え、では無いな、二度と顔を見せるな」
穏やかであったハスディアの言葉がだんだんと嵐の海のように荒れていく。
そして、静寂が訪れる、数秒か数分か、はたまた数時間だったのか、やがてハスディアは落ち着きを取り戻し、
「……最後になるが、伝言はあるか?」
「………今まで迷惑をかけた、って、伝えてくれ」
「それだけか?」
「あぁ、そうだ」
「本当にいいんだな…? 後悔するなよ?」
「…俺はもう後悔したくないから李彩音と生きる」
「………魔王と人が、ましてや勇者が、同じ永遠を生きることは出来ないんだ、俺らはお前の生死を確認するすべを持たない、お前が病気になって弱っていても俺らは駆けつけることが出来ない」
そう言ってハスディアは李彩音方を向き、
「カルミナは返してもらうぞ」
と言った、その言葉に答えたのは李彩音ではなく、意外にもカルミナだった。
「話は聞いてる、俺は精神体としても活動できるから問題は無いはずだ」
「安定はしてないようだがな」
そう、カルミナが精神体として活動できるのはせいぜいが一ヶ月程度、それ以上となると精神の崩壊と隣り合わせになる。
「私が体を作るわ」
李彩音は残りの魔力を使い、土から人を作っていく、脳や神経節、血管並びに臓器などはカルミナの魔力を使いそれに類似した植物を代用する。
形が完成し、李彩音は雪乃の体からカルミナを引き抜く。
「……とても、痛いと思いますが、我慢してください」
ブチブチと引きちぎられるような痛みと音が二人の脳内に響き渡る。
音と痛みが収まった頃、カルミナの魂は新たな依り代へと移っていた。
「ハァ… ハァ… 痛ってぇ…」
「お互い、な…」
とてつもない激痛の中叫ばずにいたのを見る限り、男としてのプライドがあったのだろう。
「これで、終わりだ、魔王様よお、雪乃が死んだからと言って自暴自棄になるなよ」
「…ええ、そこからが私の償いですから」
「……なら、いい」
ハスディアは横になっているフェルナとウィンディを横に抱え崩壊した城の外へ歩きだす、それを追うようにカルミナは早足でついて行く。
「……ハスディア! カルミナ! 短い間だったが絶対にお前らの事忘れないからな!!」
雪乃の言葉に反応しようとしたカルミナだったが、ハスディアに短く制止させられる、おそらく、今答えればズルズルと別れが辛くなる、と言った所だろうか。
「……少し寂しいな…」
いくら自分で選んだ道とはいえ、いくら自分が望んだ結末とはいえ、心が沈む。
「…雪乃さん、私、憧れてた事があるんです!」
「…なに?」
「二人で一緒の家に住んで、二人でゆっくりとした時間を過ごす事です!」
「そっか、じゃあ、飽きる程体験出来るな」
「……雪乃さん、今からでも遅くは無いですよ?」
「……ごめん、大丈夫」
見抜かれていた、気付かれていた、心の沈みに、そして気を使われた。
「…もう、心配いらないから、心配なんてかけないから…」
雪乃は笑った、そして、心からそう思っている。
きっとこの二人はお互いの傷を舐め合うように、細々と余生を消化するのだ。




