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75話 終わる扉の手前にて

 

 ハスディアは大鎌を放り投げた、一瞬自暴自棄になったのかと雪乃は思ったが、違う、何となく違和感はあるが、その正体がわからない。


 そして、ブーメランのように雪乃の後方で向きを変え、投げた右手とは違う左手に収まった、キラリと首元が光った。


 ─糸ッ


 雪乃はしゃがみ、首のあった位置は糸が通り抜け、取り残された髪の先が切り落とされてしまう。


 しゃがんだ雪乃の顔をハスディアの膝が蹴り飛ばす、吹き飛ばされた雪乃は威力を殺すために回転して杖を構える。


 勝負のさなか、それも、一瞬たりとも気の抜けない場面でハスディアは雪乃を見てこう思った。


(成長している)


 と、どの角度、一瞬で回り込んで攻撃したとしても、それすらも最低限の動きで回避されてしまう、認識から回避への移行速度がまるで止まった時を動けるかのような、速度なのだ。


(なら、先の先を読むまで)


 逆手にとる、左上から右下へ大鎌を袈裟懸けに振り下ろし、動くであろう場所に蹴りを置く、ハスディアの予想どうりに雪乃は動き、蹴りが首に当たった。


 はずだった、ゴキッ、という音とともにハスディアの足に痛みが走る。


 折れた、確実に、痛みは一瞬で済んだ、だが、その一瞬で追撃を食らってしまう。


 一撃、のはずだ、ハスディアの視界にはひとつしか映っていなかった、なのに、痛みは四箇所から発生している。


 まず、こめかみ、そこに鈍い痛みが走り、反対側から顎を撃ち抜かれた、3撃めには鼻と唇の間、人中に杖の先がめり込み、杖の反対側が頭の頂点を叩き下ろした。


 ”煌月流 裏 剛の型 九天くてん鈞天きんてん 蒼天そうてん 昊天こうてん 炎天えんてん』”


 九天とは九つの技をひとつの動作に見えるほど素早く打ち込む技、雪乃でさえまだ六天までしか到達していないほどの難易度、的確に急所に打ち込む技術と全力でふり抜く決意、そして勢いを殺さずに次の技へつなげる精度、など、が必要になる。


 ───分かる、ハスディアの動きが、筋肉の動きが、どこに意識を向けているのかも、次にどう動くのかも。


 雪乃の背中には羽が生えていた、透明でほんの少し青みがかったクリスタルのような羽が六枚、それがなんのラグも無くまるで元から存在していたかのように自在に操れる。


 羽の一枚を振り上げる、地面は割れ、そこから凍りつきトゲがハスディアを追尾する、ハスディアはステンドグラスの様な羽を使い、切り刻む。


 ”煌月流 杖の構え 無明一段”


 杖先の測度が光を超えるほど速く打ち込む、そう教わった、人間では到達できない力、それを手に入れた、だが、光速を超えたところでアダマンダイトの杖は耐えられるのか、答えは否、アダマンダイト製の杖先にヒビが入ってしまった。


 最早二人には時間という概念は存在しない、砕けた地面の破片が宙を舞い、地面に到達するまでに何百もの攻防が行われる。

 闇の魔力は”時間”を示し、水の魔力は”停止”を示す、その二つがぶつかるのなら、”時間”は”停止”する、一歩踏み込む度に地面は砕け、攻撃をくらい吹き飛ばされ壁にぶつかれば壁は爆ぜる、目に映るだの、感覚でどうにかなる問題ではない、二人に共通して、同時に手に入れたスキル”時間超越”のおかげ、と言うべきか、のせいと言うべきか、この二人が戦っている間は世界の時間は止まっている。



 ───時間が止まって見える、時間停止とか言うのか… 馬鹿馬鹿しい。


 だが、そんなもの二人には関係の無い事だ。


 停止した時間の中では魔法は発動しない、停止した時間の中ではスキルも発動しない、使えるのは自分の体のみ。


 決着は意外にも、静かについた、ハスディアの大鎌が雪乃の胴体を切り裂き、雪乃の杖がハスディアの喉を貫いた。



 胸が焼けるように暑い、頭の中がそれだけで埋め尽くされる。


(ッ! 不味い 魔力中枢がッ!)


 人間で言う脊髄、そこには魔力を通し、増幅させる器官である魔力中枢があり、その損傷は著しく瞬間的魔力放出量を低下させるため、避けなければならない場所だ。

 倒れ込むハスディアを雪乃が覗き込む。


「……俺の、勝ちでいいか?」


 息もたえだえに雪乃はハスディアに問いかけた。

 胸部の出血は凍らせて止血してあるものの気管が傷付き、肺に血が入って咳き込んでいる。


「……お前の勝ちだ、俺はもう彼女に手を出さない」


 それだけ聞くと満足げに雪乃は李彩音の方向へ歩いていく。


「ゆぎのざぁ〜ん!!」


 ボロボロと大粒の涙を流し、李彩音は雪乃を押し倒して胸元に顔を埋めた。


「なんでぞんな無茶ずるんでずかぁ!」


 子供のように泣きじゃくる李彩音の頭に右手を置きゆっくりと撫で、左手で涙を優しく拭き取る。


「ぜっがぐ、諦められだのにぃ、あんなの見ぜられだらもっど好ぎになっぢゃうじゃないでずがぁ」



 ─俺は、どうやら、榑石が好きなんだ、あの時から、最初に見かけた時から、ようやく気が付いた。

 ─次の言葉は決まった、後は言葉にするだけだ。





「…好きだ、榑石」





 ──こんなに幸せでいいんだろうか… 私は好きな人に愛されている、こんな罪人を好いてくれる、愛してくれる、はいと答えたいでも、駄目だ、私は幸せになっちゃいけない、だって、だって… 私が彼を殺したんだもの、その彼が私を好きになるなんて… 最初はこうなりたかった、でも、でも、彼と会う度に後ろめたくなる、彼に醜い私を見せたくない、と思ってしまう。


 ──私の体は傷跡しかない、愛された事も、優しくされた事も、身体には残っていない、でも、唯一あの時の傷は愛おしい、ちぎれた首を無理やり繋いだ痕も、腕の接合痕も、太股の傷跡も、彼が救おうとしてくれた証拠だから、消すことなんて出来ない、でも、こんな傷だらけの体見せられない。


 ──でも、でも… 私は… 彼が大好きなの…! 狂おしい程大好きなの…!


 ──私は… 彼の隣にいていいのかな?


 ──私は… 幸せになっていいのかな?


 ──私は… 罪を償えるのかな?






「雪乃さん、私も好きです」






 いつの間にか涙は止まっていた、微笑む李彩音は雪乃を抱き締める。






 これにて、一件落着、とは行かない、まだまだ解決しなければならない問題が山ほど残っている。

 それでも、少し、この二人の時間を守ってあげよう、そうカルミナは雪乃の中で思っていた。


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