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70話 幻想曲第四番〈snow night〉

※今回はグロテスクな表現があります。

 

 五分、それがアルゴが命をかけて稼いだ時間、雪乃は玉座へと到着した、そこには、二人、腰まで伸びた黒髪にステンドグラスのように美しい羽を持った豊満な胸の女性、真紅の髪に全てを見通せるかのような美しい淡い赤色の瞳を持った少女。


「フェルナ、無事だったか…」


 ため息をひとつ、安堵と共に吐き出した。


「おいおい、俺には反応無しかよ、悲しいなぁ」

「久しぶり、ハスディア」

「たかだか数日だがな」


 けたけたとハスディアは笑う。


「そんな事はどうでもよい、ユキノ、お主はいつから魔王側へ鞍替えした?」


 フェルナの雰囲気が変わる、ヒリヒリと焼けるような、燃え盛る炎が目の前に現れたのかと錯覚するほどのプレッシャーを仲間であるはずの雪乃へとかける。

 平坦で冷たい声、殺意の込められた声が雪乃へと到達する、以前のような柔らかい声は聞けないのだろう。


「鞍替えをしたつもりは無い」

「では、質問を変えよう、なぜ、魔王を背負っている?」

「助けたいから」

「それで? 助けるために勇者の使命を取りやめると?」

「そうじゃない、俺は勇者じゃないから」

「無関係だと? この世界の存在ではないから、この世界の人々が死んでも構わないと? そう言いたいのか?」

「違う! 俺はどっちも捨てるつもりは無い!」

「お主は、そうやって偽善に勤しむのだな」

「は? それは違うだろ!」


 白熱する舌戦に嫌気がさしたハスディアが二人の間にはいる。


「お前らいい加減にしろ」


 宥めるように優しい口調でハスディアは2人を制す。


「雪乃の判断は間違っちゃいねぇ、グレリアが死ねばこの星は滅びる、それでいて、フェルナ、アンタの判断も間違っちゃいねぇ、ただな、お前ら、戦う相手間違えちゃいねぇか?」


 なんと言った? 戦う相手? 魔王グレリアだろう? 全ての元凶で、今の情勢をかき回しているのはそいつだ、どこがおかしいのだ? 星が滅びる? そんなことあるはずがないだろう?

 と、言った所だろうか、フェルナの思考は、良くも悪くもフェルナは龍人なのだ、信仰する絶対神はゼキナスで、それ以上に魔王がこの星を背負っているなどという戯言を信じる訳にはいかない。


「ヤバい奴がいる」

「あぁ、だろうな」


 ハスディアは知っている、真祖として目覚めたリズムの事も、この世界の事も、そして、雪乃の心も。


「改めて頼む、力を貸してくれ」


 膝を地面につけて頭を下げる、今の雪乃に恥も外聞も気にしている余裕などない、あるのは守りたいと思う心だけだ。


「………………はぁ、分かった、それと、…さっきは済まなかった」


 長い沈黙を破ったのはフェルナだった、いや、沈黙を破る必要があるのがフェルナだけだった、の、ほうが正しいのだろう、長い歴史ある龍人の知識と目の前にいる少し頼りない青年、どちらかを天秤にかけて選ばれたのは雪乃だった、彼女にとって弟のような雪乃をそう簡単に切り捨てる訳には行かない。


 もう、時間はない、アルゴが文字通り命懸けで稼いだ五分、それは二人を四人にした。


(結局どうすんだ?)

 ─真正面からぶつかるしかなくね?

(なんで疑問形なんだよ)

 ─まぁ、勝てるだろ

(楽観的だな…)


 カルミナはどうして雪乃がここまであっさりと勝てると言ったのかが理解できない、さっきまでどう逃げるかを考え、あわよくば一撃、そう思っていたのに、いくらフェルナとハスディアがいても、それは覆らない、と、だが、その見立ては間違いだと気付くのにはあと少し時間が必要だろう。

 もっとも、それは、アルゴと戦った時のリズムだった場合で、二人が本当に助けてくれるのならば、だが。




 憎い憎イ憎い憎い憎い

 彼女を殴たあノ男が憎い

 彼女を見捨てたアの女ガ憎い

 彼女ガいなクても回ル世界が憎い

 憎イ憎い憎い憎イ憎い憎い憎い憎イ


 憎悪 嫌悪 怒り


 嫌い嫌イ嫌い

 私ヲ生み出しタあの女が嫌イ

 祝福サれテいるアの女が嫌い

 誰かニ必要トされてイるあの男ガ嫌い


 グルグルと頭の中を回るうざったい感情が、リズムの自我をゆがめていく、黒く、深く、冷たく、もう決して光を浴びることの無いように、自分で自分を沈めていく。

 そして、水底へと、到達した。



 嫌いなアイツを殺しましょう♪ グルグルグチャグチャ形を残さず♪ 要らない玩具は捨てましょう♪ 燃やして燃やして灰も残らないように♪ 冷たい冷たい海の底♪ 沈めて沈めてサヨウナラ♪



 狂った歯車が、さらに狂い、止まる、不安定ではなく、悪い方向へと安定した、安定してしまった、不完全でなく、完全な狂い、紛れもなく、災厄をもたらす悪魔。


 それが、扉を開けゆっくりと入って来た、腰まで伸びた純白の髪に深淵のように黒いドレスアーマー、例えるなら、ブラックダイヤモンド、真っ黒で、艶やかで、狂おしいほどに美しい。



 ブチッ


 無理やり繊維状の湿ったナニカを引きちぎったような、生々しい音が後ろから聞こえた。


「あ? ……ッ!?」


 音の方向へ雪乃が振り向く、糸の切れたあやつり人形のように崩れ落ちる、フェルナの姿が、しかし、おかしい、腕が一本足りない。


「は???」


 また同じ音がした、こんどは自分の左手から。


「ァアァァァァァァァ!?」


 そして、口に生暖かい液体と指のようなモノが詰め込まれた。

 痛みが遅れてやってくる、見るまでもない、雪乃の人差し指がもぎ取られ、自分の口へと詰め込まれたのだ。


「うぐ、ォエェ」


 口の中に広がる鉄の匂い、むせ返るほどの痛みと吐き気、胃の中の内容物を全て吐き出してもまだ足りない。



「夢で良かったでしょ? ただ、現実よ、ここに居るのはあなた一人、ふふふふふ、仲間が倒れたように見えたのも、全て幻覚、私が見せた夢よ」


 ─夢? ユメ? 夢夢ユメ夢ユメユメユメユメユメユメユメユメユメ?

 助かったんじゃ? 助けに来てくれたんじゃないの?


 痛みで上手く思考がまとまらない、同じ考えが無限にループする。

 どうして、が、なんで、が、何度も思考に紛れ込む。


 リズムは雪乃を精神から壊すために、あえて二人の形を作り、希望を持たせた、そして、壊し、崩し、原型の留めないように丁寧に、絶望を与えていく。

 黒い泥が椅子のような形になり、雪乃を拘束した。


「次はァ、小指? 薬指? 中指? それとも、手首?」


 甘い声で、ひとつずつ丁寧にどんなに混乱していても分かるように、優しく、歪んだ笑みを浮かべ問いかける。


「まぁ、次は決めてるんだけどね♪」


 まるで、デートで次に行くところを決めてリードするような小悪魔的な仕草で、雪乃の足に槍を突き刺した。


「ッ!? イッ!? アァァァ!!!」


 グチャグチャと深々と刺さった槍をかき回し、筋肉は引き裂かれ、神経もズタズタにするように、掻き回す。

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