68話 幻想曲第二番 〈Death if found〉
━━━魔界 深層 魔王城 宝物庫━━━
「……んぅ ……すぅ」
無邪気に李彩音は雪乃の膝を枕にして眠っている、警戒心はなく、まるで産まれたての子猫が親にくっついて眠るような微笑ましい光景。
無意識に雪乃の手は優しく李彩音の頭を撫でる。
─サラサラしてるなぁ、って違う違う、どうしよ、このままじゃあアイツ来た時に対応できない…
逃げる時に感じた悪寒からさっするに、リズムは恐怖を体現したかのような姿をしていたのだろう。
もしそうなら万に1つも勝ち目がない、そう思わせるほどのプレッシャーがあった、頭を撫でながらも思考をめぐらせていく。
─かくれんぼ、だな、ルールは、見つかったら死、か… …マジでやりたくねぇ。
雪乃はどちらかと言えば直感で動くタイプだ、無駄に考えて時間を浪費するよりは自分の知るルールと照らし合わせ最も近いものを選んだ。
─まぁ、反撃ありだけどな。
口角を小さく上げ、瞳を閉じた、舗装は済んだ、あとはその道を辿るだけだ、相手の動き、歩幅、呼吸、身長、思考、それらを総合し脳内で動かす。
─隠れてるだけじゃジリ貧だ、何とかして出し抜く材料が必要、攻撃手段も、だ、まず何が効く? 魔法は… 魔法耐性が榑石前後だと仮定した場合俺の扱える魔法じゃ限界がある… 物理… いや、相手の能力が未知数である以上むやみに近づくのは危険だ… どうする… 一人だと出来ることに限りがある…
(俺がいるだろうが)
─カルミナ! そうか、そうだ、いける、これならいける!
(あ?)
─カルミナ、体の一部だけお前に返す。
(は?)
◇◇◇
「どこいったノかなァ〜? 痛くしナいよォ?」
刀と地面が擦れ火花が散る、そして雪乃との距離を縮めていく。
「…そこォ! だァ? あレ? 居ない…」
投げられた刀は亜音速で宝物庫の重厚な扉を貫き砕いた、だが、人影はなく、中を覗いても誰もいなかった。
「…ンぅ?」
おかしい、雪乃と李彩音の魔力反応は間違いなくここにあった、いや、今もこの付近にある、それなのに見えない。
そこに間違いなくあるはずの物体が視覚には映らない、それは違和感だけではなく不気味な恐怖を感じさせるには十分だった、もちろん雪乃の目的もそれであり、一瞬でも李彩音と自分から意識を背けるためだ。
(どういう事? おかしい、間違いなくいるはず、なんで見えない? ッ!? 動いた、何処にいるかわからない以上こちらから手を出すのはまずい、それに、何らかのスキルだった場合攻撃が通らない可能性もある、…アァ面倒臭い)
リズムの思考など考えている暇ではない、雪乃は擬似的な光学迷彩に身を包んでいる、魔術な物ではなく、水が要する光が屈折する性質を利用した物だ、光が水に入ったとき少しだけ曲がって見える、だが、それだけでは足りない、鏡だ、光を反射する鏡が必要になる。
理論的に言えば氷でも鏡を作れるはずだ、一定の厚さで滑らかな表面を作れば問題は無い、そこに血を薄く塗り鏡を再現した。
血の成分であるヘモグロビンは酸素と結合している間は鮮やかな赤になる、逆に酸素と結合していなければ血は黒っぽくなる、だが、それでは足りない、乾燥させる、血は乾燥すればヘモグロビンが酸化し黒ずむ、スキル”水分操作”を使い、血液から水を抜き出す、それを薄く体の周りに浮遊した氷盤に塗りつける。
そうすることで簡易的な鏡が完成した、もちろんこれだけで光学迷彩は完成しない、鍵になるのは水とマナだ、メカニズムを簡単に説明するなら、雪乃を避けて光が通過する、という事。
リズムが来る直前まで角度を調整し、多少なら激しい動きをしても問題は無い。
─まずはアイツを助けねぇとな…
雪乃はリズムから逃げた道を辿って玉座への階段を登っていく。
秒数にして約5秒、階段を駆け上がり廊下を走る、前など見えていない、光が雪乃を避けるなら、こちらから見ることも叶わない、全てを感覚を集中させ、見えない視界を補う。
─集中しろ、壁に当たれば攻撃が効くことを知らしちまう、壁とは一定の距離を保て、マナの粒子一つ一つを小さな粒として感知しろ、壁にあたって跳ね返る、それまでの時間で何となく距離を掴め。
雪乃は魔法に関して、魔力の操作に関して、異様なまでの成長を見せている、まるで何者かがしくんだかのようにあっさりと。
雪乃の後方からとてつもない魔力爆発が起きた、崩れ掛けの城は半分抉られるような形で消し飛んでいる。
「ッ!?」
「よくもぬけぬけト逃げてくれたじゃなイ、手間かけさせてくれたお礼にこノ世のものトは思えない痛みをあゲる」
リズムは李彩音が持っていた短刀”アレグロ”を雪乃に向かって投げつける、短刀は雪乃の左肩を掠め、肉をえぐり、骨にヒビをいれた、にも関わらず、雪乃は怯まずにリズムに向かって走り出す、そして、リズムが持つ短刀触れた瞬間、雪乃の体は液体になり、リズムを通過した。
「ァ!?」
凍りつく、体にかかった水が凍り、動きを鈍らせる。
(魔法じゃない、クソっ! 魔封じが発動しねェ!)
水の正体は”過冷却水”液体が固体へと変わる温度を下回っても液体のままで、衝撃を与えると固体へと変化する性質を持つ。
─ふぅ、あっぶねぇぇぇ。
(おい! 今のどうやったんだよ!)
─入れ替わりさ、爆発の時から俺は壁にめり込んでたから気絶しそうな所に鞭打って擬似体作ったんだよ。
(いや、そうじゃねぇ! 水の方だ)
─ん? 俺も原理はよくわからん、だけど衝撃を与えずにゆっくりと冷却すれば凍る温度でも水のままになるのは知ってる。
(マジでわかんねぇ…)
─うるせぇ! 細かいこと気にすると禿げるぞ!
(理不尽!)
─…っ、と、マジで静かにな…
(…ぉぅ)
過冷却水による拘束もわずか数秒しか足止めをすることが出来なかった、いや、むしろ数秒も足止めできただけマシだろう。
「aAAAAAAAAmアァ! クソっクソっ!」
今リズムは”真祖”へといたろうとしている、ハスディアとは違い、能力が全面に出て、能力がリズムを支配し”真祖”へと。
アルゴとリズムは元々王下七罪の補欠的存在だった、アルゴは怠惰、リズムは憤怒、憤怒のサタンが脱落しその力がリズムへと移り渡った、いま、最悪の暴君が姿を見せようとしている。




