67話 幻想曲〈CoCoon〉
徐々に白く染まる視界、薄れゆく意識と共に死に対する恐怖が溢れ出る。
「…ヤダっ……」
──怖い… 怖い、死にたくない! 死にたくな… い……
意識が消失し、雪乃の手首から李彩音の手が離れる、最後に見た光景は涙で歪んでいたが、今にも泣きだしそうな雪乃の顔が鮮明に見えた。
◇◆◇◆◇◆
太陽が真上に登り、強い光がハスディアを照らす。
ハスディアは亜音速で魔界へと飛んでいく、移動短縮系魔法は不安定で使い物にならない、そのためハスディアは飛んでいる。
(不味い、とんでもなくでかい魔力がこっちに来てやがる、気づかれたか?)
前方から赤い影がこちらに向かって飛んでくる、それも加速をしながら。
(ん? 魔力の波長がやけにフェルナに似てるな…)
飛んでくる魔力に違和感を感じる、敵意や殺意などの感情がまるでない、それどころか諦めたような感情が伝わってくる。
(とりあえず受け止めるかぁ)
「ッ!?」
違和感の正体、それは受け止める直前になってようやく分かった、似ているのではなく同一である、と。
亜音速で飛んできたフェルナを受け止める、下手に停止させれば骨が傷むかもしれないし、そもそも亜音速から急に止まれば身体にかかる負荷は計り知れない。
「おいッ! 何があった!?」
「…ん、む? ハスディア? 王都の護衛に回っているのではなかったか?」
噛み合わない、話がというよりも認識が、まるでフェルナの記憶が李彩音に投げ飛ばされてから止まっているかのようにずれていた。
「……何があった?」
ハスディアは声に出し整理する、可能性としてありえるのは二つほどある、一つは敵が対象時間停止系のスキルか魔法が使え、フェルナに対し使用した可能性、もう一つはあまり考えたくはないが、ハスディアの知識にないスキルを使用された可能性だ、どちらにせよ同じ矛盾点を抱えている、それは、何故ハスディアに触れた時にそれらが解除されたのか、だ、もしかしたらたまたまハスディアに触れたタイミングで解除されただけなのかもしれないが、あまりにも都合が良すぎる、それに、フェルナの外見が成長してたからと言ってほぼゼロ距離になるまで分からなかった、と言うのもおかしな点だ、また、それらのスキルがあるならばなぜ殺していない?
「ちょうどいい、行くぞ」
ハスディアに抱えられたフェルナが飛んできた方向に指を刺し、何事も無かったかのように振る舞う。
「分かった、だが、いつまで俺はお前を抱いていなくちゃいけないんだ?」
「いいだろう、別に」
まるで何かから目を背けるようにフェルナはハスディアの襟を掴み引き寄せる。
「急げ、我の足はもう使い物にならん」
「チッ、そうですかい」
今の今まで全くと言っていいほどフェルナの足は動いていなかった、それを気づかせないように振舞ってはいたが、それは虚勢ではなく、ただ上に立つものとしての責務だからだ、上の者は決して弱みを見せない、たとえ不治の病に侵されていようと民草にその事を分からせなかった誇り高き父のように。
「お主は友だ、だから伝えておきたい、もし、もしだ我が自我を失ったら、その手で我を殺して欲しい」
「…ん」
否定でも肯定でもない、ただ、音が口から漏れただけ、ハスディアはフェルナに対し危害を加えるつもりも可能性も持ちえない、フェルナがハスディアを友と思うようにハスディアにとってもフェルナは戦友であり親友である、共にすごした時間こそ少ないが、それは紛れもない事実だ。
だからこそ苦悩する、彼女の言葉は本気だから、本気でそう思っているからこそ、出てくる言葉なのだろう。
会話はその後何も無かった、一言も発さずに淡々と目的の魔界へと進んで行った。
━━━魔界 深層 魔王城━━━
(ははっ、まるで手に負えねぇ、頼んだぞ雪乃、お嬢を)
使い物にならなくなった両の手と片足から血を垂れ流しながらも逃がした雪乃に思いを馳せる。
(足止めもろくに出来ねぇ雑魚ですまねぇ)
だが、諦めて等いない、残った足で地面を押し上げ、魔力を使い義手を作り出す。
ゆっくりと、血の跡を残しつつも片割れを追う。
◆◆◆
(大丈夫、意識を失っただけ)
雪乃は李彩音の首から手を離し、鼓動の音を確認して安堵する。
そして、安堵するにはまだ早い、二人、この部屋にはあと二人、上位魔神がいる。
「ふ、ふふ、フフフフフフフフ、よくやったわね、褒めてあげる、彼女は邪魔だったから」
麗しい金色の髪が立ち上がり、深淵のような笑みを浮かべ落ちていた抜きみの直刀を拾う。
「リズム、やめろ」
飾りのない刀を首筋に当て、リズムの動きを制限する。
「あらあらあらァ、どうしたのかしらァ? 彼女のバックアップがないと何にもできないアルゴちゃんよォ?」
剣先を掴み、片眉を上げてリズムはアルゴを挑発し、拳を整ったアルゴの顔に向かって、ボールを投げるようなフォームで振りかぶって殴りつけた。
アルゴは李彩音によって魔力、スキル等の補正を受けている、いかに人よりも強かろうと、補正が無ければリズムの足元にも及ばない。
だが、李彩音は死んでいない、その事を知らないリズムは本性をさらけ出した、出してしまった、全て演技であると、語ってしまった。
「っ、くくくっ! あははっ!! あっめぇんだよ! アンタが元からこっち側じゃねぇのを知って、それを含めてお嬢は手元に置いた、それはな━━」
「黙りなさい」
補正がかかっていようと、力の差は歴然だった、リズムは手にした短刀”アレグロ”で両手を切り落とし、右足の蹴りでアルゴの膝を砕く。
「ッ!??」
アルゴとリズムの実力差は僅差のはずだった、単純にリズムは実力を隠していたのだ、李彩音にも見抜けぬほど精度で、何百年も李彩音達を騙し、側近という立場を守り続けたのだ、全ては世界を手中に収めるために。
「ふふ、同僚のよしみで命だけは助けて あ げ る まぁせいぜい足掻きなさいね♪」
「…そうだな、あたしも同僚のよしみで教えてやる、雪には気をつけな」
「随分あいまいだわぁ、あなたの存在意義と一緒」
クスクスと笑いを堪えながら、挑発し、踏みつける、折れた膝を、切り落とされた腕を、頭を。
そして、ショッピングに向かうかのような軽い足取りで雪乃を追う。




