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63話 雨

 

「ッ… ごめん、なさい」


 李彩音は玉座に佇んだままうなされていた、自分のために既に数え切れないほどの魂を犠牲にしていたから、今更心が痛む事などありはしないと思っていた、だけれど、違った、


 ──あぁ、私の心は麻痺してたのね…


 積み重ねられた永い時が、一万年にも及ぶ分厚い氷が、李彩音の心を凍らせていた、その氷がようやく、三人の死によって溶かされた。


 ──でも、私は止まらない、止まってはならない、だって、私が選んだ道だから。


 李彩音は誓う、自らの歩んだ道のりを後悔したとしても止まってはならない、それが奪った者としての義務であると、半ば呪いのように李彩音は自分自身を縛り付けた。

 呪いという鎖で縛り、義務という重りを付け、自らが作ったヴォーシュテリア()に沈めてしまう、自分の描いた世界で作者が溺れる、これを滑稽と言わずしてなんと言うのか。


 ──ほんと、滑稽ね…


 冷たい海にゆっくりと、しかし確実に深く、思考と感情の狭間で揺れ落ちる。



 ◇◇◇



「…なぜ、なぜ反撃をしなかった」


 にこやかに、アデシスモはフェルナ達を見つめ眠るように事切れた、その瞳はどこか満足そうで、まるで子の成長を見守る親のような色をしていた。


「……フェルナ、気にすんな、それ相応の理由がある、さ、李彩音の所に行こう」


 雪乃はフェルナの肩を叩き李彩音の待つ城へ歩みを進める。


「…減っちまったな」


 気の緩みからか、寂しげにカルミナが呟いた、大勢いた仲間はほとんど死んだ、強いと思っていた雪乃も1度死んだ、だが何よりもラファエラが死んだ事にカルミナは驚いていた。

 会ってまもないが分かる事はある、悠々自適で天真爛漫、自由を形にした様な女性だった、気高く、しかし時として孤独な影を見せる不思議な人だった、負ける、などとは微塵も思っていない強かな意思の持ち主。

 でも、簡単に、細い糸を切るように死んでしまう、そんな世界にただ一人ついていけない自分が悔しくて、唇が切れるほど噛み締めた。


「カルミナ、あんたは間違ってない、だが、あんたは自分の意思で来たんだろう? 親の仇を取るために、妹の平和のために、自分の意思でここまで来た、だったら今更怖気付くのは間違いだぜ、あんたが選んだ道だ、絶対に違えるな」


 ウィンディの華奢な指がカルミナの頭を撫でる。


「…ありがと」

「気にするな、あんたは私の弟だからな」

「…ふふ、気が早い、まだ弟じゃないぜ」

「あぁ、”まだ”な、期待してるよ、可愛い可愛い弟ちゃん」

「よろしくな、未来の姉さん」


 重い空気を紛らわせるために、いつ死んでもおかしくない空間で悔いのないように、お互いの心の奥底を軽口として吐き出す。


「ユキノ、これで最後になるかもしれないから伝えておく、お主との旅、悪くなかったぞ」

「そうか、俺は帰ってから言うわ、どうも遺言みたいなのは好きじゃない」

「ふふ、お主らしいな」


 軽い足取りのフェルナが足を止めた、冷たく冷酷な瞳でこちらを見る影がある、装飾の凝った黄金色の服、白の手袋、褐色の髪を小さく揺らし、露出の少ない王族のような服を着た男が立っていた。


「盟友の死は我が詩声を失うよりも苦しい! しかし! 散ることは生の輪廻に不可欠なり! 故に散り様こそ美しい! 彼らの魂に捧げよ! 鎮魂歌を!」


 マモンにとって李彩音は全てであった、自分を偽り人に溶け込もうとした己を救った神、その為に全てを捧げられるのだ、たとえ戦う力が無くとも、たとえ一介の詩人が一太刀浴びせようと龍人の鱗は傷一つつかないだろと、そんな事など意に返さずに最期に主への歌を捧げる。


「何をなすべきか、いかになすべきか、をのみ考えていたら、何もしないうちにどれだけ多くの歳月がたってしまうことだろう」


 マモンの言葉は雪乃達に向けられたものでは無い、自分の過ごしてきた時間、一万数千の時を独りで過ごしてきた李彩音への最後の恩返し、李彩音に会った時教えられた詩、文豪ゲーテの言葉である。

 何をやるべきか、何をしないべきか、考えているだけでは物事は進まない、分からなくてもいいから進みなさい。

 と、少し寂しそうにそう言った李彩音の顔がマモンの脳内を駆け巡る。


(所詮私は捨て駒… 構いません、私は私であるうちにことを成す)


「さぁ! 始めよう! 終わりの始まりを!」


 マモンは腰に付けた分厚く古びた本を右手に叫ぶ、計画の最後を始める為の礎、それはウィンディの力を封じる事、李彩音と最も相性の悪い魔力、そして扱える魔法も李彩音の苦手とする接近主体、どうしてもウィンディを拘束しなければ計画は進まない。


序章緑炎之傀儡ゲルプグルートガイスト!」


 緑色の炎が巨大なデッサン人形のような形を作りウィンディに襲いかかる。


「フェルナ! 先行ってろ!」

「分かった、必ずこい」


 1メートルにもなる手でウィンディの体を掴み、地面に叩きつける、地面は砕け、数十メートルにも及ぶ巨大なクレーターが生成された。

 周りの木はウィンディが叩きつけられた方向に全て折れてる。


(痛っってぇ! 背骨やっちまったな、て言うか軽減してこれとかヤバいな)


 ウィンディは叩きつけられる直前に”叢樹ノ縛リ”を木々の隙間に張り巡らせ、クッションを作り出していた、しかし、いかに柔らかかろうと音速を超える速度で叩きつけられればクッションですら硬い地面と化す。


「…ッ、ラァ!」


 背負っていたグレイプニルを引き抜き指を切り落とす、しかし巨人の指は直ぐに再生されてしまう。


「チッ、めんどくせぇ!」


 大振りに激しくグレイプニルを振り、緑炎の巨人を切り刻む、実態のない炎を切ったところで損傷はあるはずない、そう思い込んだマモンの慢心、そして隠されたグレイプニルの能力によって緑炎の巨人は消え去る。


「なっ!?」


(アイツらにばっか無茶させてられるかってんだ)


 隠された能力とはグレイプニルの名に由来する、北欧神話におけるフェンリルを捕縛するための鎖、意味は『貪り食うもの』、ウィンディの持つ宝龍剣の鎖には相手の魔力を喰らい尽くす能力があり、魔力の集合体である緑炎の巨人は全てグレイプニルに喰われた。


(あんま喰いすぎるなよ)


 明らかにグレイプニルの大きさが変化した、2メートルもないはずだった刃が、分厚く、長く、約5メートル程の巨大な大剣へと姿を変える。


「おッらァ」


 こう巨大だと振り回すだけでも威力が違う、掠っただけでも木々はなぎ倒れ、直撃すれば弾け飛ぶ程の威力、魔神とはいえ戦闘経験も少なく裏方の仕事が多かったマモンに恐怖を抱かせるには十分だった。


「二章緑炎りゅ、ッ!?」


 ウィンディの剣先が音速を超えマモンの腕を落とした、その剣先は留まることを知らず胴体を切り裂く。


「…ッ、ゴハッ、…ゴフッ」


 マモンの足元には血溜まりができ、上質な服も赤く染まり、ウィンディの顔にはマモンの血が跳ね飛んだ。


「コッ…ヒュー、…龍血封縛陣ッ…!」


 ウィンディの頬に付いた血が光り、ウィンディの体に巻きついていく、赤黒い棘はウィンディの体を蝕み、力を奪う。


「あ、がァ!」


(痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い…)


 ウィンディは痛みに耐えれずに膝から崩れ落ちる。


「ふぅ… やっと… ご恩を返せましたね… リアネ様… 私は先に旅立ちます… 御容赦を……」


 龍血封縛陣は敵の内包する魔力と自分の血量によって必要な魔力が変わる、今回の場合血は数滴、対してウィンディの内包する魔力はフェルナの三分の一程度、だがマモンの命を削り取るには十分だった。


 満足げに眠っているかのように満たされた表情でマモンは眠った、もう目覚めることの無い眠りへと。

マモンの瞼に雨粒が落ちる、冷たい雨がマモンの体を冷やす、天すらも泣いているかのように。

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