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62話 零を知る者

 

 フシャスの統治、魔王一人で世界全土に敵対行動をとる、その意味、その答え、いかに李彩音が力を与えたとして、消耗はしていく。


「はぁ、簡単に引き受けるんじゃなかったわね」


 誰に言うでもなく、ただ不満が口に出た、それだけ、しかし、全知の力を持つ李彩音は聞こえていた。


「後悔しているの?」

「まあね、そう、聞いてよ、あいつらまだ言語も無しに襲ってくるのよ、武器もろくな物無いし、せっかく魔法もマナもあるのに使ってない、勿体無いの」

「天啓でも与えてみますか」

「それ! 全く、そういう考え方あるなら言ってよね」


 李彩音は天界に戻ると三柱の神を作り出した、


 星と叡智の神 シュテルン・レクスィコ

 月と魔法の神 マレア・アンファング

 太陽と戦の神 フェーブス・ラノア


 今で尚色褪せること無く光を与えている最高神、神代に生まれていたのならば、ゼウス同様名を残すことになったであろう者達、彼ら三人は天体を表すように、三竦みを作り出した。


 神々の三角形(ゴッズドライエック)


 と、人々は言った、シュテルンは亜人族に知識をさずけた、マレアは亜人族に魔法をさずけた、フェーブスは亜人族に武器をさずけた、人々は飽きること無く探求を続けた、自分達でも神に並ぶことの出来るように、自らの血を強めていく。


 奇しくもそれは雪乃が転生した日と同じ、7月1日。



「ふふふふふ、やっと、やっと、この日が来た、私が最も求めていた好敵手となる勇者が現れる日、こっそり李彩音に教えて貰ったから分かるのよねぇ」


 最初の勇者が生まれたのは、フシャスが誕生してから実に千年も経ってからだった、最初の勇者はなんの武器も持たずこの身一つで全てを終わらせに来た。


「いらっしゃい」


 勇者は歓迎するフシャスの首を絞める。


「ッ、…グ」


 首を絞める力を緩めることなく声を発した。


「なぜ、何故君のような美しい人が、我々を迫害する、我々が何をした?」


 フシャスは勇者の指を通常では曲がらない方向へ折り曲げ、拘束を解く。


「あら、私が貴方達に何をしたのかしら? 土地を奪った? それとも、あなたの同胞を殺したのかしら? 残念ながら私は何もしていないわ、ただこの椅子に座っていただけよ」

「嘘をつくな! 俺の父親は敵に殺された!」

「ふーん、で? その敵が私なの?」

「俺らはあんたと争っていると父が言っていた」

「あら、嘘つきね、でも、私を倒したいならそうしなさい? ま、倒せないでしょうけどね」


 フシャスは魔力のストッパーを外し、勇者を挑発する。


 一閃、勇者の頭はフシャスの手の中にあった。


「はぁ、これで勇者とか… これじゃあまだ弱いわ、知識もある、力も、魔法も使える、でも、ただ使えるだけ、使いこなしてはいない、まだまだ発展途上よ、李彩音」


 フシャスは空へ嘆いた、それを聞いた李彩音は世界に種族を追加した、”エルフ”と亜種の”ダークエルフ”それぞれに進化の余白を作り、亜人族として加えた。



 ◆◇◆◇◆◇



「…夢、か、久々に見たわね」


 ──争いの渦中にいながら、普段と変わらない退屈を感じている、全く、私はいつから何も感じなくなったのかしら?


 李彩音は知っていた、セシルが敗れ、その体を敵であるカルミナに受け渡したことも、雪乃が息を吹き返すことも、全て知っている。



 ◇◇◇



「……ッう」


 雪乃は目を覚ました、ゆっくりと瞳を開け降り注ぐ光に瞳孔を調整し、周りの危険がないことを確認する。


「ユキノ…! ユキノ! …よかった、生きてた、生きてたんだな…」


 ボロボロと涙を雪乃の顔にこぼしフェルナは雪乃に抱きついた。

 雪乃はあまりに自分の知るフェルナとかけ離れていたのと大人びた姿から子供のように泣きじゃくるフェルナに戸惑いを隠せずにいた。


「…? フェルナ、なのか?」

「…グス、そうだ、我だ」


 フェルナは涙を拭き笑顔を作り雪乃から離れそう言った、もう1人、泣いていた者がいた、フェルナ程ではないが目元を濡らしているが涙を見せようとしない。


「…カルミナ、心配かけたな」

「…次は無い、勝手に死ぬなんて許さないからな! 次こんな事があったら俺が地獄の底まで追っかけて殺してやる! だから、もう無茶するな…」

「あぁ、本当にすまなかった」


 雪乃の体はカルミナの体を借りる前、つまり転生する前の体に近づいていた、身長は変わらず、体重が20kgほど増えた、だがそれらは全て筋肉によるもの、重くなったはずの体は不思議と羽のような身軽さを持っていた。


「やぁね、ここは敵陣なのよ? もう少し警戒心って物を持った方がいいんじゃなくて?」


 ピリッ、とした危機感、まるで首にナイフを突き立てられているかのように冷や汗が止まらない。


 フェルナは驚いた、警戒よりも先に、声の主が見覚えのある女性をボロ雑巾のようにこちらに投げ捨てたからだ。


「…ッ、イッ、ふふ、ごめんなさい、足でまといになっちゃった… ほかの兵士じゃあ歯が立たないから、もう… 足でまといだと判断したから、私だけで戦った、それが、ダメだったわ、あと、これ… あげ、る…」


 事切れる前にラファエラはフェルナに武器を渡した、無残にもフェルナの魔力によって融解したアルスノヴァの代わりに2本の短刀、闇を断つのはまた闇、黒く、艶やかな黒、吸い込まれそうなほどに黒い刃 ”アルプ” ”トラウム” 影狩族に伝わる武器。


「…うむ、確かに受け取った」


 泣くでもなく、小さく頷き、ラファエラの冷たくなりつつある瞼を閉じた。


「…さようなら、我が友よ」

「別れは済んだ? じゃあ、行くわよ」

「律儀に待っていたのか」


 フェルナは武器を2本構えアデシスモに対峙する。

 握る拳に自然と力が入る、まるで長年使い込んだ道具のように、まるで身体の一部であるかのように、無駄な力が全て抜かれ必要最低限の力で最大限の力を引き出せた。


(さぁ、これでお役御免ね、案外楽しかったわよ、李彩音)


 フシャス(アデシスモ)の肩から脇腹に掛けて、なんの抵抗も見せずに、豆腐を鋭い包丁で切るかのように、するりと刃が通り抜けた。


 美しい体から溢れ出る生温い鮮血が白のドレスを赤く染め上げた。

 ゆっくりと、ゆっくりと、地面に赤い花を作り出していく。


(ッう、はは… 痛いとかそういう次元じゃないわね… 熱い… でも…指先… 冷たい… 寒い… 先に… 寝るわ…)



 ◆◆◆

 

「ッ…」


 ──…おやすみなさい、私の親友、ふふ、勝手に呼び出したのに親友って、勝手かしらね? でも、貴方がいてくれて助かったわ、ありがとう…


 李彩音はまた眠りにつく。

 薄れゆく意識の中で李彩音は今日死んだ三人の事を想う、二人は直接生み出した、一人は蘇らせ改造した、三人の命を背負い李彩音の瞳は涙を流した。

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