61話 雪の残響
都会のビル群、雪が降る、冷たく凍える風が落ち葉を飛ばす、しかし、人は居ない、人と呼べる生命は、人と呼べる形をしたものは、何一つない。
(さすがに、人のいた形跡を全て消す事は出来ないようね、神の力が及ぶのはあくまで神が作ったもの、人が作った物にはおよばない、か)
一つ一つ死した、いや、焼却した人々の魂を眺める、その中に一つ目を引く、名前があった”十六夜 煌月”年老いた老人の名前だった、ただ、どこかその魂にあの青年の面影を感じた。
(まさか、ね、…でも、…もしかしたら、彼の、親族かもしれない)
その思いで、一人の老人を天界に招き入れた。
「ここは…?」
ただひたすらに無が続く、そんな場所に呼び出された老人が混乱するのは無理もないだろう。
「貴方にお聞きしたいことがあります、この殿方を知っていますか?」
そう言い李彩音は雪乃の写真を老人に渡す。
「…儂の孫じゃ、お前さん何者だ?」
李彩音は後悔に苛まれた、だが、これはある意味チャンスだと、そうも思った。
「私は、彼に救われた一人の女です」
「…ふむ」
老人は怪しみながらも思考に耽る。
「なぁ、雪乃は、儂は、死んだのか?」
「ええ」
「そうか、で? お前さんは死んだ老人を捕まえて何をしたい?」
老人は鋭い瞳で李彩音を睨みつける、李彩音は視線をものともせず、淡々と言葉を紡ぐ。
「失礼だとは思いますが、お願いがあります」
「…それは、転生、とかゆうやつか?」
「よくご存知で、ええ、これでも私は神の力を持っています、あなた一人転生させることは難しくありません」
「…胡散臭い、だが、断る理由もない、受けても良い」
「ふふ、ありがとうございます、私からのお願いは、地上の建造物を全て、破壊して欲しいのです」
「何を、言っている?」
「私は、この穢れた世界をゼロにし、彼を蘇らせるに相応しい世界へと作り替えたいのです」
「…狂っておる、どうしてそこまで儂の孫に執着する」
「やだなぁ、さっきも言ったじゃないですか、彼に救われた、って」
「…何を言っても、無駄か」
「ええ、無駄です、これは私が決めたこと、貴方に介入する余地などありません」
「分かった、この老いぼれの命、好きにせい」
老人は諦めるように吐き捨てるようにそう言った。
「では、貴方には新たな体と名前を与えます、私が最初に生み出す龍、原初の龍、全知全能の神ゼウスの力を持つ、原龍”ゼキナス”として、私の指示に従ってください」
「ぜきなす? そりゃぁよぅわからん名前じゃのう、まあ良いか、で、指示、と言うのはあれか、建造物の破壊ってやつか?」
「そうです、それと、何も無い世界に必要な物を逐一教えて欲しいのです」
返事を聞かずに李彩音は煌月を地上へ送る。
━━━地上━━━
新たな生命体として生まれ変わった煌月、その姿は、美しい銀の鱗に黒い髭、人という星が無くなった夜空に浮かぶ唯一の星。
ソノ輝キ朽チル事無ク星照ラス
煌月の魂に刻まれた言葉、たとえ煌月の意識が死んだとして、その体が活動をやめることはないだろう、意思など関係無しに、太陽は星を照らす、最早煌月は天体のように、人は触れることの出来ない絶対へと、人から龍へと、姿は変われど生き方は変えられない、いくら人とは呼べない体になろうと煌月は技に生きる、それが”人間”十六夜 煌月としての生き方だから。
相手は持ち主のいない大きな物、ならば手心を加える必要なし、煌月の武人としての血が騒ぐ、いかに年老いようと武に生き武に死んだ男の生き方は変えられない、変える必要も無い。
そして、数十年が経過した後、煌月は当たり前の事に気が付いた、人手が足りない、と。
(どう伝えればいいんじゃ?)
そう、何も聞いていない、何も聞かされていない、だが、心配はいらなかった、李彩音の方から接触してきたのだ。
「どうも、お久しぶりです、煌月さん」
「おう、嬢ちゃん、どうしてこのタイミングで?」
「上にいても暇なんですよ、見るものも無いので、それで基本的に貴方が変な動きをしないか監視してました」
「そかそか、じゃあ、わかっとると思うが、人手が足りん」
「そうですよね、私も完全に気にしてませんでした、そこで、あなたと同じ龍を7体、それと貴方の弟子として一人を作ってきましたので、自由に使ってください」
七匹の龍、そして白い羽を二枚持った小学生程の歳をした少年、これらの出会いは、後世いつまでも、名を残す神と天使となる。
一神 ゼキナス
を中心とした七柱の属性神となる真祖の龍。
火龍 ブレンネン
水龍 ヴァッサ
風龍 ヴィント
土龍 フェルズ
木龍 ブリューテ
光龍 シュトラル
闇龍 ナハト
火の龍は火から生まれる生物を、水の龍は水から生まれる生物を、風の龍は風から生まれる生物を、土の龍は土から生まれる生物を、木の龍は木から生まれる生物を、光の龍は光から生まれる生物を、闇の龍は闇から生まれる生物を、使役出来る。
そして、セシル・サー・ルシファーは第一天使として、熾天使の座に着く。
数百、どれだけ軽く見積もっても500年は経っただろう、世界全土の建造物という建造物が全て無と化し、草木の生え変わりも済み、地球にようやく魔成が充満した頃、李彩音の計画が第1段階の終わりを告げた。
(ようやく、基盤、かぁ、長いなぁ)
李彩音の退屈も日を追う事に増していき、遊び感覚で新たな種族を10種類以上作り出した。
だが、どの種族も脆弱、にもかかわらず、種族間での争いが絶えず、全て絶滅してしまった、そこで李彩音は絶対者を作り、それに対抗するために結束をさせる、という強大な一のためにその他は協力せざるおえない状況を作りだした、それが魔王というシステム。
李彩音は虚空に漂う魂の中から最も愛らしく、最も無情な魂を探し出し、呼び寄せた。
「なんの用かしら?」
赤黒い髪を吹くはずのない風に揺らし、どこか遠くを見つめたような漆黒の瞳に無機質な声、それなのに、動作全てが、美しい、嫋やかな指が、艶やかな頬が、言葉など不要な程に語り尽くす。
「貴方に第二の生を与えます、その代わり、名前、身体、どちらも捨ててください」
「いいわ、貴方のような同類の願いだもの、聞いてあげる」
全てを見透かしたような笑みを浮かべて女性は言う。
「…反論も何もしないのですね」
「はぁ、だいたい一度死んだはずなのに呼び出されるわ、何も無いわ、目の前に1つの希望にしか縋りよるものが無い女がいるわ、私はあんたの言いなりじゃない、とでも言って欲しかった? これで満足? 生憎私はね目の前にあるものだけを信じて生きてるの、それしか道が無いならそこを歩くだけ、別にあんたが私と似てるからじゃないから」
この世初めての魔王。
善神アムシャ・スプンタの一柱、良き統治フシャスラ・ワルヤの名を借り、フシャス、と名付けられた、身体の見た目はそのままに、魔王に相応しい力を得た。




