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59話 龍華一閃

 

 セシルの心臓部に穴が穿たれた、穴の内側から焼け爛れ行き場を失った血は口から外へと溢れ出る。


「ゴファ… ッ、我が呼び声に応じよ”原龍ゼキナ”」


 穴を穿たれながらもセシルは宝龍剣”原龍ゼキナ”を右手に構える。

 白、純白の不要な物など一切ない、斬ることにだけ特化した刀。


「茜 飛天!」


 自らの手を鞘に見立て抜刀術を放つ。


 音を超え、光に近い速度で剣先は振られる、狙いは首。

 フェルナは”柘榴之女王アルスノヴァ”で剣を弾こうとする、しかし、格の違いか、はたまた単純に技量の差か、アルスノヴァはバターのようになんの抵抗もなく切り裂かれた、それだけでなく、刃は止まることを知らずフェルナの喉を切り裂いた


 刃の勢いをそのままに右足を軸に回転し勢いをつけてフェルナ左肩から袈裟懸けに切り込む。


 フェルナを襲う焼けるような喉の痛み、肩から溢れてくる生暖かい血、それらが、フェルナの意識を戻した。


(…ッ、我は何をしていた? クッ、喉が熱い、呼吸もままならん、裂かれたか…?)


 意識はセシルに向けたまま、少し周りを見渡す。

 そして、愚行を恥じる、意識が無かったとはいえ、生きているのは上位の者のみ、両の手で数え切れる程しかいない。


(あぁ、我は、またしても、二度(・・)もこのような愚行を犯してしまったのか…)


 身を襲う焦げるほどの嫌悪、押しつぶすほどの自責の念、いっそ罵詈を浴びせ、罵り、貶してくれれば楽だろう。

 フェルナは自らを責め続けるしか無い、そこに救いなどあるはずもなく、許し、などという優しさは微塵もない。



「くくくっ、どうした? 涙なんぞ浮かべ、よもや死した兵共を哀れんでいるのか? お前が殺そうと、結果は同じ、どちらにせよ俺が殺していよう、死期が早まっただけの事、何を涙する必要があるのだ!?」


 セシルはフェルナに対し優しく、不自然にならないように罵倒する、それはほんの少し、フェルナの心を軽くした。


「…そうか、そうか、礼は、言わん」

「俺は全力のお前と戦いたいだけだ」


 刹那、フェルナの体は虚ろと化し”緋妃スカー”でセシルの首を狙う。


「ッよ、と」


 刃をギリギリで弾き、間髪入れずに反撃へ移る、その洗礼された動きはどこか雪乃の使う武術のような、美しさを感じる。


「美しいな」

「あ? 何がだ?」


 太陽と月は反発し合いながらも言葉を交わす、互いが互いを認め始めているのだ。


「立ち振る舞い、足の運び、全ての動作が、だ」

「ふふ、そりゃあそうだ、原龍神”ゼキナス”が磨いた技だからな」


 自慢げにそう話す、セシルにとって”ゼキナス”は尊敬すべき父であり、敬愛を示す師である、その技を褒められれば嬉しくもなろう、それに、セシルが技を見せたのはほんの数人、それも一撃で絶命することが大半だった。


「業火閃炎 龍神百華」


 焔の華が咲き乱れあたり一帯を炎熱地獄へと作り替える。


「熱ッッ」

「約2000度、ひとたび吸えば気管から肺にかけての呼吸器官は焼き爛れる、そして、この熱の中であれば熱源感知は使用出来ぬだろう?」

「バレてた?」

「ああ、天使が地上に降りる時、穢れを見て堕ちないよう瞳を奪われる、それが魔眼の招待だ」

「正解、まあ、俺は独断で降りてきたから片目だけだけどね」


 何事も無かったかのようにセシルは構える、片目のみの視界を補うように右半身を下げた構えをとる。


「次で決める、覚悟しな」


 セシルの残存魔力は残り少なく、ダラダラと打ち合いを続けていれば勝てなくなるとふんだセシルは一撃で決めようと1番の大技を繰り出す準備をしている。


「クハハッ、望む所よ」


 フェルナも同様に一撃で決めるべく魔力を集中させ、焔の羽、黒の瞳、姿は変わり、見た目年齢が推定20歳程度に成長した。

 その体は見るものを魅了できるほど、豊満な胸、細くくびれた腰周り、程よく引き締まり長い手足、美を体現したような身体だ。


「…なるほど、合点がいった、かの火炎龍は美を司る神、とされていたが、フェルナ、お前は些か幼いと思っていたが… その姿は美しすぎる、禁じていたのか」

「あぁ、疲れるから」

「…クッ、クククッ、そうか、…さて」

「あぁ」


 お互い最大の魔力を込め、一撃を放つ。


「原龍咆哮 無」

麗焔之龍炎うるわしきほむらのりゅうえん


 セシルはゼキナスに最初に教わり、最も信頼している技で、フェルナは右手の手刀で薙ぎ払いで。


 空にかかる分厚い雲は二つに分けられ、地面は割れる。

 閃光、そう表すのが正しいだろう、二つの衝突は確実に、星に異変をあたえた。




 ◇◇◇




 ウィンディは目の前の光景に唖然としていた、無傷のはずの兵士が次々と倒れていくのだ、それも魂を抜かれて。


 それだけではない、息が詰まりそうな程の高温、おそらく酸素濃度も低く、人間では適応できないような環境だ。


 一つ、見覚えのある体があった、深緑色をした髪の持ち主だった。


「カルミナッ!」


 ウィンディは駆け寄り、生死を確かめる。


(生きてる)


 ひとまずはカルミナが生きていることに安堵する、されど気は抜けない、ここは敵地、いつ敵が奇襲を仕掛けてくるやも分からぬ。


 突如膨大な魔力の爆発が起きた、ウィンディはその方向に向かって走った。


 目に映るのは、赤い髪を持った美しい者、上半身と下半身が離れたセシル、抉れ原型の無い地形。


 美人は髪を靡かせウィンディにゆっくりと歩み寄る。


 当然の事ながらウィンディはグレイプニルを構え警戒する。


 フェルナのせき止めていた悲しみが、塞いでいた苦しみが、ウィンディを目にしたことによって溢れて止まない、


「すまぬ… すまぬ… 我は… 我は…」


 うわ言のようにフェルナは呟く。


「ッ、おまえ、フェルナか?」

「…あぁ」


 小さく、消え入りそうな声で涙を流す。


「守れなかった… ユキノを」


 唇を噛み、震えるほど自分の無力を嘆く。


「…ユキノは未熟だったのか? お前が守らなければならないほど? あたしの目には強かないい男にしか見えない、覚えてるか? あんたがユキノとカルミナを連れて森に来た時のことを、あの時、ユキノは殺気を放つあたしを前にして、お前の前に出ていた事を」

「…忘れるわけ、無かろう… あれは、我も嬉しかった、人を捨て数千年、女として扱われたのは久方ぶりだったからな」


 懐かしむ様にフェルナは一つ一つ口に出していく。


 それを尻目に蠢く物体がある。

 二つに分けられてもなお、天使は死なぬ、上半身のみでセシルは這いずりながらもフェルナに近づいていく、ゆっくりと、しかし確実に。


「ッ、ハァ、龍神の御子よ、俺の体を使え、そこで倒れている半竜人ハーフドラゴニュードの依代として」

「なにゆえ? お主は我に恨みこそあっても借りなど無いはずだ」


 フェルナの言葉に間違いなど無いだろう、二度の死闘、二度目に至っては死に至ってもおかしくないほどのダメージを受あたえたにもかかわらず、それなのに、セシルは自分の身を的に与えようとしている。


「…なに、グレリア様にそう命じられた、ただそれだけだ」

「お主は、それでいいのか?」

「あぁ、もとより、俺は半身を探し求めた身、半身はユキノではなく、そこの半竜人ハーフドラゴニュードだっただけの事、それにな、俺はお前が嫌いじゃ無いからな」


 そう笑うとセシルは、最後の力を使い身体を繋げた、そして、


「人は愚行を犯す、だが、それで止まるのは三流だ、フェルナ、お前は超一流だ、挫折を、愚行を、許す柔らかさも必要だ」


 そう告げ、セシルの魂は崩れ始めた、パラパラと、雪のように白く、美しく、儚く消えて行った。

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