58話 龍炎乱舞
(全く、程々に喰いなさい)
薄く広がった魔剣はベルゼジアの血肉を喰らい活性化していく。
『死想冥界之歌声』
死した雪乃に捧げる鎮魂曲、激しくも悲しみのこもった歌、美しい音色を奏で聴いたものの心と命を等しく奪う禁忌の歌。
敵味方の差別なく、平等に命を魔力に強制的に変換させ、フェルナの魔力は膨らみ続ける。
「いい歌、まるでこの世全てを呪っているかのような美しい音色ね」
歌に誘われてか、王下七罪色欲 アデシスモが純白のドレスを揺らしやってきた。
「ま、流石ね、ベルもセシルもこの歌を聴いて微動だしないなんて」
「城はどうしました?」
「半壊、下級の獣も七罪以下はほとんど死滅よ」
「…ふむ、御子の狙いは城でしたか」
否、フェルナに狙いなど無い、ただ目の前にある標的を破壊するのみ。
「あと10秒程ですね」
突如フェルナの剣”宝龍剣 アルスノヴァ”が禍々しく変化する、美しかったダマスカス模様の刃は捻れ、槍のような鋭さを、華美とまではいかぬまでも気高さが伺える柄は燃え盛る炎のような形状に変り、全てを黒く染めた。
『焔魔槍 新星爆発』
フェルナの手からアルスノヴァが光速で放たれた、地形を抉り、重力磁場を歪ませ、逃げることの出来ない天然の檻を作り上げた。
空気との摩擦でアルスノヴァの表面温度は5万度を軽く超え、太陽のように暗闇に轟く閃光となる。
「ははっ、絶望的ですね、後始末、頼みましたよ──」
ベルゼジアは嗤った、知っていたから、自分がもう再生しない事を、グレリアがベルゼジアにかけた呪いは二つ”目的を果たすまで死ねない事”そして”目的を達成し二回までは死を遠ざける事”だ、そして、体の所有権を受け渡すのだ、ある男に。
ベルゼジアの体は膝から上が無くなった、弾け飛んだのでは無く、切り刻まれたのでは無く、この世から文字通りに無くなった、のだ、少し、噛み砕いた言い方をするならば”肉体を構成する分子が分解され個体でも液体でも気体でもない無になった”と。
人としての生を終え魔神となって数千年、死を恐れたことなどなかった、ただ、死に行く者達を美しく思った、人は自分には無いものを欲し続ける、それが強欲という罪であり、手に入れればいずれ飽きる、それが人なのだ。
ジーグ・グルドは死に場所を探していた、再生させられてからというもの世界は色褪せた、どんなに美しいと評される絵画を見ても、幻想的と呼ばれる景色を見ても、人であった時の好物を食べても、感じない。
いくら不死でも腹は減る、どんなに手の込んだ料理を食べてもただ柔らかいだけの土にしか感じれない、だが、唯一味を感じれるのは、果物だった、それも柘榴だけ、それだけが味を感じさせた。
そんな生活が数千年、常人であれば耐えることすら出来まい、最後の日、雪乃達が魔界に来る前日にグレリアの手料理がベルゼジアに振る舞われた、味を感じないとはいえ主の手料理だ、不味い素振りなど見せられない、だが、その心配は杞憂となった、味を感じたのだ、お世辞にも美味いとは言えないが、暖かかった、数千年ぶりの味にベルゼジアは涙を流していた、それだけで良かった、死ぬには十分、暖かな食事を用意した人が元凶でも、満足だった。
「…よくやった、次は俺、か」
黄金の鎧に宙に浮く2つの輪、純白の駒爪、伝承とは違う本物の天使、ベルゼジアが稼いだ30秒はセシル本来の魔力を引き出すためだった。
「”古王龍神翔”」
セシルは龍の因子を持っているわけでも龍に対して何か特攻がある訳でもない、ただ、古く、原初の龍”ゼキナス”の愛弟子であった。
龍とは、この世で最も知性も高く、強靭な肉体に無属性の魔力を持つ唯一の生物である、龍の因子を持っていればどんな魔法も扱える無属性という魔力を引き出せる。
「喜べ、原龍神”ゼキナス”の生み出した世界最高峰の技を受けれるぞ」
ニヒルな笑みを浮かべ体から無駄な力を抜く。
セシルの体はコマ送りしたようにフェルナとの距離を詰め左正拳突きで腹部を撃つ、音が後からなるほど素早く、無駄な動きのない正確無比な一撃。
しかし、超高温の鎧を纏うフェルナには到達しなかった、
「…絶雷 瞬」
セシルの纏う魔力が光り、属性が変わる、無から光へと。
セシルは魔力を纏った拳で、駒爪で、フェルナへ攻撃する、一撃、二撃、と、素早く、正確に、寸分の狂いなく。
”ゼキナス”の生み出した技とは、全動作から無駄を省き、長所を更に伸ばした、いわゆる、空手、に近い物だ。
しかし、なおもフェルナにダメージを与えることが出来ない。
現在フェルナはエクストラスキル”緋色之女王”を中心にアルティメットスキル”柘榴之女王”の物理無効系スキル二つを掛け合わせた”完全物理無効”を有している。
セシルの技は全て魔力をまとっているとはいえ物理、ダメージを与えるには足りない。
「絶技 雷」
美しい半円を描く上段回し蹴り。
だけではない、足の甲からスキル”封龍”を発動させフェルナの鎧を解く。
『殺す、殺す、コロスコロスコロス!」
フェルナはこの短時間で二つのスキルを従えた、焔の魔人の様な姿から、元の美しい姿へと、そして、両の手は刀と短剣が握られている。
赤い刃に赤の宝玉、直刀の片刃、銘を”緋妃”フェルナによって”緋色之女王”が具現化した姿、火炎を操り、地を焼き切る新たな魔剣。
黄金色に柘榴色のダマスカス模様が入った短剣、元のアルスノヴァに”柘榴之女王”を付与し定着させた宝龍剣、闇を断ち切り、光を屈折げる。
「災害的弓撃ッ!」
炎の弓、緋妃の矢、狙いはセシルの心臓部、地を抉り既に荒廃している魔界を更に痛めつける。
セシルはニヤリを笑い矢に突っ込んでいく、勝算はある、魔王の名を受けた怠惰のアスタルが四属封龍陣を発動させる、そして、それにセシルが二属封龍陣を重ねがけして、六芒封龍陣が完成する。
フェルナの体は人の形を保てなくなっていく、腕には鱗が生え背中の翼には黒の斑点が生成され、辛うじて赤い髪がフェルナだと知らせている。




