57話 沈月
火花散る、ベルゼジアと雪乃の差は歴然、出し抜く好きすらも見えやしない。
「ふふふ、少し、話をしましょうか」
ベルゼジアは口を開いた、しかし雪乃はそちらに意識を向けることが出来ない。
(ちく、しょう、対応するのがッ、やっと、なのにッ、意識向けられるかッ!)
雪乃の心境など気にも留めずベルゼジア話し出す。
「神を見た事は、シュテルンと言う女神を、見た事ありますか?」
ベルゼジアは剣速を少し緩め、雪乃にも余裕を持って対応出来る速度まで落とす。
「ぁあ、っと」
「ならば再会、出来ますよ」
ベルゼジアは雪乃の耳に囁くように、雪乃にのみ聞こえるように喋った。
─カルミナッ! お前逃げれるか!?
(…一応出来る)
─逃げろ!
カルミナはスキル”神格化”を発動させ、肉体から離れる、刹那雪乃の背中に剣が生える。
「ユキ、ノッ!」
「す、まない、体、返せないな…」
剣が抜かれ、地面に崩れ落ちながらも霞んだ笑顔でカルミナに謝る。
地面には赤い華が咲き乱れた。
「ッ!?」
身体ではなく、魂に走る激痛、原因はベルゼジア、スキル”暴食”で、雪乃の魂に食らいついている。
(痛い!痛い!痛い痛いイッッタイ!)
身を焦がす灼熱の痛み、常人には耐え難く、握りしめた拳からは出ないはずの血が滴り落ちた。
「てッ、めえェ!」
黄金の輝きを放つ聖剣を右手に持ちベルゼジアに斬り掛かる。
カルミナは心のどこかで雪乃に劣等感を抱いていた、転生前から武術を修めカルミナの鍛えた体を使いこなす、それだけでなく勇者特有の膨大な魔力を持っている。
(まるで、道化だな、俺は、勝手に俺の復讐に巻き込んで、勝手にライバル視して)
雪乃が勝てないのなら俺に勝てるはずも無い、と、生を諦めたカルミナは剣を振るう、せめて一太刀を。
(ユキノ、お前は、死んで良い奴じゃ無いだろう)
剣を振るうカルミナの瞳からはボロボロと大粒の涙が零れ落ちる。
カルミナを襲う悲しみ、悔しさ、感情が絡まり合う。
(いつもそうだ、俺は肝心な時に、干渉ができない、俺は無力だから、そのままで居たくなくて、あぁ、こんな志半ばで死ぬのは、やだなぁ)
魂の半分が失われ、満たされることの無い孔が空いたいま、喜怒哀楽を感じる事さえも薄れ、痛みも、苦しさも、辛さも、感じれない、それなのに、それなのに、悲しみだけがカルミナを突き動かす。
体力はとうに底をついた、だが、指先はまだ動く、足も前に進む。
力を失ったはずの剣先は鋭さを増し、踏み込みも深くなり、人知を超えた力をカルミナは手に入れた。
代償として大きな虚脱感がカルミナを襲う。
カルミナの体捌きは最早人間とは呼べない程洗礼され、残像を残しベルゼジアに斬り掛かる。
「オッ、ラァ!」
いきなり、目の前に黄金食の刃がカルミナに向けて振られる、紙一重で躱したカルミナは間髪入れずに反撃に移る。
「くくく、言ったでしょう、一人ではない、と」
人であったはずの顔は、英雄らしからぬ、悪役のような歪な笑みを浮かべた。
「そういやぁ、言ってたな」
(不味い、俺とフェルナしか戦えるのは居ない、せめて、ハスディアがいれば)
「安心せい、我は手を出さぬ、これでもやることがあるのでな」
そう言いサタンは漆黒の蝙蝠のような羽を出し、五体の側近を連れて飛び立った。
「はぁはぁ、…カルミナか? ユキノは?」
フェルナは既に満身創痍、セシルの本気にギリギリで噛み付いている。
フェルナは隙を見てセシルの動きを封じ、こちらに向かって歩いてきた。
「…フェルナ」
カルミナの目に浮かぶ涙が全てを物語っていた、雪乃は死んだ、と。
「うそ、だよな、彼奴は勇者だぞ… そう簡単に死ぬ訳が無かろう?」
フェルナの口角は引き攣り、受け止めたくない現実を、優秀な頭脳が理解させる、倒れた体から広がる赤い花からフェルナは目を逸らせない。
「…」
フェルナの瞳から光が消えた、紅の美しい瞳は赤黒い色彩を失った色へと変わり、自ら封じていた枷が外れる。
フェルナは火炎龍の御子でありながら”闇の神”ナハトに魅入られ力をさずけられた、その魔力は強大でフェルナは無意識下で封じていた、一度発動すれば止めることが出来ない危険な物だ。
”柘榴色之女王の解放 及び緋ノ女王の発動”
それは残虐の引き金か、はたまた、それは雪乃に捧ぐ鎮魂曲か、おそらく、フェルナにも分からないのだろう。
『…殺す、引き裂いて、ぐちゃぐちゃにしてやる』
フェルナと何かの声が重なり、暗い音色を奏でている。
瞳からは赤い涙が零れていた。
『謝ったって許さない、喉が潰れるまで叫べ、指が折れるほど握りしめろ、歯にヒビが入るまで噛み締めろ』
そう言うとフェルナは14対28枚の赤と黒の羽根を広げ音速を超えた剣さばきでベルゼジアを翻弄する。
「ははっ、まるで悪役の様ですよ、龍神の御子よ」
「あぁ、予想通りだな、グレリア様の、な」
焔の檻から全身を黄金の鎧を纏ったセシルが出てきた、背中には純白の一対の羽根のみが生えている。
「さ、手筈は分かっているな、邪龍退治だ」
「全く、あまり軽口を叩かないで頂きたい、こちらとしては手一杯なのですがね」
『夜想焔之曲』
辺り一面に黒い炎《音》が鳴り響く、木々は死滅し、地面は赤く溶け硝子が生成される。
「ひえっ、えげつない技ですね」
無傷、とはいかず、片脚の肉が高温によって焦げているがベルゼジアにとっては、取るに足らないただのかすり傷だ。
「全くだ」
当然のように燃え盛る炎の中心から歩いて出てきた無傷のセシル。
『死焔追想曲』
亜音速の黒い焔の刃がベルゼジアを縦に分かつ、続けて三枚四枚と連続した刃が襲いかかる、ベルゼジアが肉の塊になるまで。
グチャグチャと生々しい湿った音を立て肉は人の形を成していく。
「あと少しだな」
「本当にこっちの身になって下さいよ」
『焔屍人之行進曲』
燃え盛る焔から千を超える炭化した骸骨や肉の代わりに高温の炎を纏った屍人が蠢きだし2人を、いや、生者を襲う。
「30秒」
「承知」
セシルの言葉に阿吽の呼吸でベルゼジアが答える。
「喰らえ 喰らえ 餌だ ”暴食妃”」
短い詠唱、それに呼応するかのように魔剣は形を変えベルゼジアの腕に巻きついた、薄く、薄く、体全てに巻き付き龍の鱗のような形を成す。




