56話 冥月
時は満ちた、メリアの命令から一ヶ月弱、魔界に続く崖に雪乃達は到着した。
ここから月が満ちるまでに魔王の城まで到達しなければならない。
はっきり言えば無謀、たった一万にも満たない人間がB級以上の魔物がうろちょろする魔界を通過できるはずもない。
だが、誰一人として絶望はしていない、するはずも無い、絶対の強者が、初代国王の娘で龍人のフェルナが、力は知られてないながらも圧倒的な力を持っていると噂のハスディアが、フェルナの古き友人で龍人のウィンディが、わずか半年でフェルナやウィンディに追いつこうとしている雪乃が、一ヶ月間ウィンディの修行を受け、人の枠を超えたカルミナがいるのだ、たとえ自分が死のうとも、必ず彼等は勝ってくれると、信じているのだ、全てが。
内約
約4000名 道中の魔物の為に自ら志願した兵士たち光の騎士団
団長 カネラ
副団長 ラルト
1000名 補給用に転移魔法や空間魔術を使える者達で構成された百白の騎士団
団長 シラナ
副団長 ニコラス
約3000名 特大広範囲魔法を使い魔王城を一網打尽にするための兵士黒の騎士団
団長 エルデラント
副団長 エリエナ
五翼 雪乃 カルミナ フェルナ ウィンディ ラファエラ
以上がメリアによって命じられた者達だ。
A級の魔物はA級の冒険者が5人は最低でも必要な魔物、しかし同じA級でも上位と下位がいる、下位はA級の冒険者が三人でも討伐できるが上位は一騎士団でようやく討伐出来るかどうかの魔物。
ちなみに熟練の兵士はB級上位の冒険者を軽くあしらえる程度には強い。
魔界に足を踏み入れた兵士たちは唖然とする、居ないのだ、生きた魔物が。
死屍累々、という言葉が似合う魔物の骸、左を見ても右を見ても、死骸しか見当たらない。
「…どういう事だ?」
兵士の一人がそう呟いた、それを皮切りに不信は広がっていく。
ザワザワと思考する兵士たちは前方に迫る者に気付かない。
異変は直ぐに伝わる、殿を務めていたカネラの頭が宙を舞い、交戦の幕も上がる。
一陣、セシルの手下、悪魔公爵メギナ率いる、悪天魔100体。
「怯むなッ!! 思い出せ! 訓練を! 我等は平和に命を捧げた者! 一人一殺! 死ぬなら殺してから死ね!」
副団長のラルトが剣を抜き、兵士を鼓舞し、抜いた剣で悪天魔を討ち取っていく、一振で悪天魔は切り分けられ、行動不能になっている。
強力、39年の積み重ねが、その重みが、前に押し出す。
「百合の騎士団は下がれ! 黒の騎士団は後方支援!」
─前へ、前へ、腕を、剣を、体を、振るえ、団長の無念を! 兄の仇を! 俺が晴らす!
無双、と言えるだろう、たった一人で戦い続けているのだ、兵士たちはメギナに全て屠られた、呆気なく、抵抗も許されずに。
別働隊であるフェルナ達ははるか後方、到着まで時間がかかる。
「なかなかやるな、人間の癖に」
メギナはラルトを見下している、いくら優れていようとも高々人間、負ける筈は無い、と。
しかしラルトの武器が一兵卒と同じならばそうなったろう、しかしラルトの武器は神殺し、剣の刃が内側に湾曲した魔剣、その名の通り神を殺した剣。
─引くな! 進め! 死ぬならばせめて討ち取る!
◇◇◇
「…褒めてやる、人間、最後に名を、聞かせてくれはしないか?」
地面に転がった美しい顔がラルトに問いかけた、少しづつ、塵となり風に吹かれていく。
「俺の名は、…ラルト・クリークス」
満身創痍のラルトはメギナの方を見ずにそう言った。
到着したフェルナが見たのは3000近い兵士たちの死体と、片腕を失いながらもメギナを討ち取った。
─団長… 俺、勝ちましたよ…
「よくやった、傷が深い、休んでいろ」
フェルナはラルトの手当をしながら、優しく言葉をかける。
「…あり、がとうございます」
ラルトはフェルナの腕の中で事切れた、眠るように穏やかな表情で。
(不味い、人数を失い過ぎた、…残っているのは、五千…)
「すまない! 遅れた」
息を切らしながら雪乃が走ってきた、ウィンディ達は狼狽えている兵士たちを落ち着かせるために残っている。
「ユキノ、我とお主で殿を務める、作戦は変更だ」
フェルナは苦虫を噛み潰したような表情でそう言った。
「…分かった」
雪乃は察した、辺りに漂う血潮の匂い、そして、視界全てに入ってくる肉片が、そうさせた。
「お話中すいません、死んで貰えますか?」
フェルナと雪乃の感知をくぐり抜け、一人の褐色肌の男が話しかけてきた。
敵だ、雪乃は直感でそう感じとった、そこからの行動は一秒もかかっていない。
スキル”召喚”でメリアに頼んで用意してもらった特殊金剛鋼製の杖『ヤマブキ』を取り出し、男の顎を撃ち抜いた。
頭が弾け飛んでもおかしくない威力、しかし、軽々と受け止められてしまう。
「随分と手荒いのですね」
黒く、見下す様な笑みで男はそう言った。
「随分と余裕だな」
男は忘れてなどいない、雪乃の反応速度と行動の速さに気を引かれても、なおも、フェルナがいることを。
「ええ、私だけでは無いので」
亜音速を超え奴がくる、フェルナと雪乃が戦った中で最も強い男、セシルだ。
「先行しすぎだ、ベルゼジア」
「フフ、すいませんね久方ぶりの龍相手ですので、血が騒ぐのですよ」
男は丁寧に、そして、歪んだ笑みを浮かべ剣を構える。
「…俺がセシルをやる」
「いや、我が行く、セシルには借りがある」
そう言いフェルナはセシルと睨み合う。
「傷は大丈夫ぅ?」
「お主こそ足はいいのか?」
「「…」」
まさに閃光、2人の剣さばきは音を超え、人の目には映らない程巧みな剣先、火花散る鍔迫り合い。
しかし、まだ序章、烈火のごとく燃えるフェルナの魔力、夜空に浮かぶ月のようなセシルの魔力、それらの魔力がぶつかり合い、山を蒸発させ、地面を溶かし、嗤う。
─ここまで心躍る相手はいただろうか、俺が生まれて一度たりとも苦戦は無かった、愉しい、もっと、もっともっともっと、愉しませろ、龍神の御子よ。
─奴は危険だ、奴ならば一人でもノルデアンを落とせる、止めなければ、我が、命を失おうとも。
肉を削り、血飛沫が飛ぶ、二人の意思は剣を通し互いに伝わる。
「くくく、さぁ、私の相手は貴方ですね、ユキノさん」
ベルゼジアは剣を正眼に構え雪乃の前に立つ。
雪乃は氷鱗纏を発動させ、対峙する、力の差は歴然、ならば出し抜くのみ、『ヤマブキ』にはいくつか雪乃の要望道理に仕掛けが搭載されている。
一つは『青の魔石』を通し魔力を300%の効率で刃を整形する、鋭さも十分にあり、貫ける。
(完全に油断した瞬間、それだけ、無いかもしれない瞬間だけが勝機)




