53話 ミッドナイト
━━━魔界深層 魔王グレリアの城━━━
「っハッハハハハハ!」
グレリアは魔界に生息する上位魔獣を殺して回っている。
「私は戦闘向きじゃないから、あなたに頼みたいのだけれど」
王下七罪色欲 アデシスモは隣でグレリアの狂宴を見ている大柄で羊の角がある男、王下七罪憤怒 サタン・アルメジアにグレリアの対処を頼み込む。
しかし、当の本人は乗り気ではなくあくまで他人任せに振る舞う。
「いくら我が強くともアレを相手取るのは無理だ、セシルとベルゼジアがいれば大丈夫だろうが」
「その二人は既に止めに入っているわよ」
「…しょうがないのぉ、我も向かうとするか」
三人、全員が特Sクラスの魔神、一人は天と共に生まれた大剣を自らの四肢のように扱う堕天使、一人は龍殺しをなした英雄の成れの果て、一人は異界を滅ぼした悪魔の一柱。
その三人が1人を相手に、決定打に欠ける。
「ハハハハハハッ! もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと!」
狂乱の性、生まれ落ちてからというもの、感情が昂り、自らの感情を抑えきれなくなると、グレリアは、いや李彩音は発狂する、昔、まだ人であった時は直ぐに落ち着いた、だが、魔神となってからというもの、周りの生物を全て根絶やしにしても終わらない。
特Sとは、人では抗うことの出来ない天災の如きもの、李彩音を含め魔王と呼ばれる存在は特殊SSクラスの厄災、人はおろか対抗出来る存在は完全覚醒した勇者、または龍神などの高位存在体のみと極めて危険で理不尽な存在である。
「ラチあかねぇ」
セシルは熾天の剣を迷わず主である李彩音に突き立てるが、刺さるどころか跳ね返される、無防備であるはずのうなじを狙ったのにも関わらず、だ。
「全くです、我が愛剣”龍神殺し”ですら歯が立たないとは…」
「なんと、お主のそれはそこまで高名なものだったか」
王下七罪ベルゼジア、旧名ジーク・グルド、龍を殺し人々の英雄となった男、死後数千年の時を経て、李彩音により甦らされた悲しき英雄。
「一体どんなスキルを持っておるのか、皆目見当もつかん」
「一つは”反射”、もう一つは”万物干渉”だ、エクストラがせいぜいのものだが、二つ合わさってしまえばそこいらのアルティメットスキルよりも強いだろう、さらにグレリア様はアルティメットスキルを二つ保持している」
「かぁ〜 本当化け物じゃのぅ」
「ええ、私のスキル、”暴食”を持ってしても剥がせないですからね」
いくら正気を失っていても魔王は魔王、常に張り巡らされたスキル”反射”によって攻撃は弾かれる。
エクストラ下位の”反射”は1度反射する度にそれ相応の魔力を消費する、しかし”万物干渉”により攻撃の威力を激減させてから反射しているため無いと言っても過言ではない。
「お前ら! 我輩を止めるなら本気でこい!」
それは三人のリミッターを外す言葉。
李彩音の中の李彩音《魔王》としての人格が表に出てくる、凶悪な暴力の具現化のような人格だ。
「ふぅ、しょうがない」
セシルの7対14枚のモノクロの羽、それが一つ一つ光の粒子となりセシルの体に取り込まれる。
「限定解除 聖邪同位 魔力増幅炉 50%」
セシルの青い瞳は闇の魔力によって黒く活性化される。
それだけでなく熾天の剣の形状が大剣から四肢の駒爪へと変わる。
「魔法付与スキル”暴食” ”竜殺し”並列付与」
ベルゼジアのスキル”暴食”は対象者の魔力を奪い、100%の効率で使える、そして”龍殺し”はその名の通り龍に大して特殊状態異常を起こす、それが”竜殺しの聖剣 バルムンク”に付与される、
対する魔王グレリアの種族は亜龍神種、状態異常は魔力の浮上、内部に隠された魔力を浮き出させ捕食させやすくするための物、つまり”暴食”とずば抜けて相性がいい。
「我が命に従い我に力を貸せ! ”霊戦斧 キャスティア”よ!」
サタンは黄金色をした両手斧を軽々と片手で振り回す、当たれば必殺、一撃の重さのみで見れば王下七罪最強の男。
純粋な腕力のみで反射を展開している李彩音を押し出す。
「うぉらぁぁぁぁぁぁ!」
サタンは叫ぶ、それを合図とし同時にベルゼジアが音速の四連撃を喰らわす。
「龍罰! 八方蓮威!」
寸分の狂いもなく正確に4回全て違う角度で切り込み。
一撃め、右から左へ水平へ”黒沙”
二撃め、左下から右上へ逆袈裟に”飢獄”
三撃め、上から下に一直線に”銀斧”
四撃め、右下から左上へ逆袈裟”剣樹”
と全て地形が変わる程の衝撃波を出していながらも、李彩音は無傷。
「うん、うんうん、辛いな、弱いのは」
グレリアの腕がベルゼジアの腹部を貫く。
体は異物を押し出そうとする、異物は李彩音の腕、李彩音の腕にかかる力を何倍にも増幅させ逆方向に、すると、爆ぜる、腹部から弾け飛ぶ。
「チイッ!」
サタンは斧を両手で持ち李彩音の首目掛けふり抜く。
李彩音の細い腕はサタンのキャスティアを持つ腕を引きちぎる。
まるでふやけた紙を裂くように軽く。
「…二属封龍陣」
最高位単体滅封魔法、それを敗れる者は片手で数えられる程しか居ない、そして李彩音はその数えられる者。
「…凍れ」
氷の棘がセシルとサタンを貫き、そこから徐々に凍りついていく。
「…妬ましいわ、自由に力を振るえるあの御方が」
親指の爪を噛む女性は、赤と緑色の瞳、傷んだ黒髪、お世辞にも綺麗とは言い難い身なりをしている、その名も王下七罪嫉妬 フレイ・レヴィア。
「嫉妬の形は燃やしましょう! 言の葉をくべて燃やしましょう! 美しくも醜い嫉妬の心を!」
ハッキリと大きな声で、まるで舞台に立っているかのような立ち振る舞いをする男、王下七罪強欲 マモン・レイシア、美形な顔立ちに黄金色の服、パッと見どこかの王族かと思うような姿をしている。
「…めんどくさぃ」
無気力にそう呟いたのは王下七罪怠惰 アスタル・ロテだ、艶やかな白髪を揺らし、両手を李彩音に向ける。
「無理やり合わせるよ、四重罪魔法 紅蓮彩呪封龍陣」
アスタルのスキル”怠惰ナル叡智”は同意のある者から魔力を受け取り120%の効率で使用出来る。
”暴食”とは違い受け取った魔力はそのままの属性で。
「ァァァァアアア!」
──痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い! 焼ける焼ける! 私の体が! 痛みを感じないはずの身体が!
李彩音の体は焼けても凍ってもいない、ただ、李彩音の周りは高温の炎によって囲まれ、外気を通して李彩音の体を蝕んている。
上下左右全て封じる魔法、狂う重力 荒れ狂う焔 無限に凍てつき 何も見ることの出来ない暗闇。
──ああ、眠い、眠ってしまおう、でも、起きたら私は我輩でなくなる……
糸の切れた操り人形のようにパタリと李彩音は倒れた。
それを見た六人は小さく頷いた。
「ベルゼジア…」
そう目元に小さな涙を浮かべ呟いたのはベルゼジアを兄のようにしたっていたアスタルだった。
地に落ちた肉片が蠢き、人の形を成していく。
「…ァ、ッ、テェ…」
ベルゼジアの種族は不死龍人、元々龍人の血を引く半龍人だったのだが、李彩音に付与された”不死”という呪いがベルゼジアの体を蝕んているのだ。
役割を果たすその時まで。




