51話 真実
強さを求めた、来る日も来る日も戦いに明け暮れ、万全な状態など、1秒たりとも無く、それでも、強くなる為に、戦った、人と人と、時には獣とも、杖を持ち、時として素手でも、他流試合も、道場破りもした。
「コホッ、 …限界が近いな」
年老いて声が枯れ、それでも、戦うことを辞めない。
十六夜 雪乃、齢80、武の境地へとようやく足を踏み入れた、あまりにも遅い開花。
相手は若手、まだ30歳にも満たないであろう、しかし、鍛え抜かれた肉体に自信に満ち溢れ負けなど知らない瞳をした、強者であることに間違いは無い。
「じいさん、あんた強いな、悪いが手心は加えられねえぞ」
──構えは右手が前、ボクシングのサウスポーだな、戦いにくい、俺も素手で行くか。
「抜かせ」
右手を前に、重心は中、腰を落とし、
などと構えない自然体、まるで電車を待つような、自然な自らを柳の木とし打撃を受け流す。
煌月流 柳
「じいさん、死ぬなよ」
踏み込み、一瞬で距離を縮め、左拳で肝臓を目掛け打つ。
(なっ!? 感触が無え! 馬鹿な!)
「煌月流 陽炎 一遊」
雪乃は男の足を払い、手首を起点に宙を舞わせ地面に投げる、倒れた上に跨り、拳を腹部に置いた。
「二遊」
ゼロ距離から腰と肩のみ、関節を稼働させ、撃ち抜く。
「ゴハッ!」
男は逆流する胃液と内臓が傷ついた血が口から溢れ出る。
無駄の無い洗礼された動き、雪乃は70年を超える歳月を全て武に捧げた、それが、あったかもしれない世界の十六夜 雪乃だ。
そして、この戦いを境に十六夜 雪乃は日に日に衰弱していき、82年に渡る生涯を終えた。
そう、たった一度、たった1つの出会いが雪乃の人生を狂わせた。
榑石 李彩音、あの少女が、あの日、あの時、雪乃の視界内で線路に落とされた、そのせいで、雪乃は、無関係の人々は、人類史は、全て、全て、一人の手によって白紙になった。
━━━魔界 深層 魔王グレリアの城━━━
──また、彼が死んだ、これで完全体にさらに近づく。
狂った笑みは玉座から、魔界に落雷を、地上には異常な雨を振らせた。
──あと5人! 西暦1999年の地球で産まれた十六夜 雪乃という男は数万はあるパラレルワールドのうち数千で産まれた! その中で10歳まで生きていたのは1000以下、そして、100を超える世界では80歳まで生きる! それら全ての経験を持った完全体の十六夜雪乃、それがここ私の世界に完成する!
「クハハハハッ! ハッハハハッ!」
──楽しみね、楽しみね、私の前に現れる彼は一体どれほど私を楽しませてくれるのかしら。
━━━ノルデアン 住宅地区 フェルナ宅━━━
「なあ、ハスディアよ、ユキノの事だが、時間あるか?」
「ああ、あの事か」
フェルナはハスディアを連れ近くのカフェへ向かう。
街を歩くだけ、二人がしている行為はそれだけなのに、道行く人は道を譲り、視線を向ける。
「フェルナ、気づいているか?」
「ああ、二人、それも相当な手練だ」
フェルナとハスディアを尾ける二人、いつぞやのあの姉妹、クリストファーだ、足の運びに呼吸、それらは凡人のそれとは違い、強者のそれだ。
「お初にお目にかかります、黒の騎士団隊長、エルデラント・クリストファーと申します、今日は情報の共有をさせて頂くために尾けさせていただきました」
「同じく、黒の騎士団、副隊長エリエナ・クリストファーだ、口調は癖なんだ、許して欲しい」
二人の女性はフェルナ達の前に立ち、敬意を払い頭を下げた。
「構わん、着いてこい」
フェルナが先頭を歩き、カフェへ向かう。
歩くこと数分、カフェへ到着した、内装は至って一般的、しかし、どれをとっても一級品、貴族御用達のカフェ ノルジア。
エルデラントは店員に個室と紅茶を頼み、席に着いた。
「では、まず、最近のユキノについてだが、不可解なことが起きている、ハスディアは知ってると思うが、魂の値が上がっている」
「…魂の値?」
「そこからか、魂の値ってのはいわゆる死んだ回数だ、人は死を経験する度に強くなる、ここまではいいか?」
エリエナの疑問は当然のものだった、人間と言う種族は一度死ねばそれで終わり、転生は相当の魔力と運が必要になるため一般的では無い、しかし、記録として、死ぬと強くなる、というのは常識である、だが、その回数を魂の値、と呼ぶことは知らない。
「なるほど、死んだ回数か、…ん? おいおい!? それってユキノは日常的に死んでんのか!?」
「噛み砕いて言えばそうなる」
驚愕するエリエナに淡々とハスディアは答えた。
「最初は、単なる好奇心だった、見通しの魔眼でユキノを見た、我が聞く限りユキノが死に直面した回数は2回、こちらに来る前とセシル・サー・ルシファーと我が戦った後、だ、しかし、1586回、これがユキノの魂の値だ」
「セッ!? 1586!?」
クリストファー姉妹は声を揃えその数字に驚く。
「奴の値は食事時でも増える事があるらしい、俺も感覚で感知できる時がある、だが、原因と理由はわからない」
「…どうりで、死を、経験しているのなら強さも上がる筈、私達は極秘裏にユキノさんの後を追う時があります、ハッキリいえば、彼の力は不安定で、恐ろしさがあります」
「だろうな、力を増したとはいえ、それに体と心が伴っていない」
沈黙の後、ハスディアが口を開いた。
「めんどくせぇな、エルデラントとエリエナ、だっけか? 腹の探り合いはやめにしようぜ、あんたら、ユキノを消そうとしてるだろ?」
「…」
「エリエナ、表情が動き過ぎだ、姉のエルデラントを見習え」
「何故そのように?」
「感情だ」
「感情、ですか」
「今この状況、上位存在体二人に囲まれている、もしバレてしまえば死の危険がある、片方が犠牲に時間を稼げば何とかなるかもしれないが、ハッキリ言って無理だ、そうならない為にもバレてはいけない、だろ? 極限状態であればあるほど感情は揺るぎやすい」
「正解です、とはいえ、もうユキノさんを殺そうなどと思ってはおりません」
「…そうか」
「嘘じゃねぇ、ユキノは既にあたしらじゃ手に負えねぇんだ」
「だろうな、彼奴は腐っても勇者だ」
「本題に入ろう、フェルナ」
「ああ、昨日ウィンディの結界に異物が検出された、恐く最上位魔神、何らかの形で迷い込んだか、人為的に潜り込んだか、だ、後者の確率が高いが、これらはさして問題ではない、問題はユキノと接触している事だ」
フェルナの言葉に続けてハスディアが、
「なんかあったんだろうな、塞ぎ込んじまってカルミナの内から出てこねぇんだわ」
と、頭を掻きながら嘆く。
「そうですか、接触した場所は?」
「城内だ」
「…大問題ですね」
魔神を城内に入れてしまっただけでなく、人間よりも強いとはいえ未だ発展途中の勇者の接触、結果としてメリアもユキノも傷はないから良かったもののこれでどちらも殺されてしまった場合、戦争に置いてのキーマンが、消失する、どちらも無事は場合でも、付け入る隙があると言う事、それは戦争に置いて欠点となり得る。
「…警戒を、いや、費用が、だが…」
ブツブツとエルデラントが眉間にシワを寄せ、思考を口に出す。
「そこで、だ、悪魔を雇う気はあるか?」
ハスディアは笑みを浮かべ、エルデラントに持ちかける、悪魔の囁きを。




