50話 交わる星と闇
雪乃が転生し半年がたった、緩やかに、静かに過ぎた半年。
雪乃 フェルナ ウィンディ シルフィア クイーナの五名は新たに設立された軍部に配属され、生活面の補助、並びに一定の給与を与えられた。
半年間が緩やかに過ぎたといえ、何も無かった訳では無い、雪乃とカルミナはひたすらに鍛錬に励み、フェルナとウィンディは切磋琢磨し互いを高め合った、クイーナのスキル”生命ノ雫” ”治癒ノ風”は魔法無効を手に入れた雪乃の体を癒し、傷を塞いだ。
シルフィアも強く、時々兵士達と立ち会っている、そのせいか兵士達からは熱い信頼が、そして一部ではその風貌に惹かれた者達でファンクラブのような物が作られていた。
━━━魔界 深層 魔王グレリアの城━━━
「ふふふ、あと半年、あと半年で彼が」
狂った様な笑みを浮かべ、グレリアはそう虚空に呟く。
「グレリア様、我慢はあまり宜しくないかと」
王下七罪 強欲のマモン・レイシアはグレリアを窘める。
「貴方ほどの力を持つなら、奪って、奪って、奪って奪って奪って、喰らって、喰らって、喰らって喰らって喰らい尽くせます! 我慢など! 毒でしかない! 生きる上で! 動きる上で! 我慢などという戯曲は不要なのですっ! 人は強欲で無ければならないのです!」
ゴリアは興奮気味に声を張り上げる。
グレリアはマモンの口元を掴み黙らせ、こう囁いた、
「黙れ、私は私の意思でこうしている、それ以上ふざけたことを言えばこのまま顎を砕く」
と、殺意を瞳に写し、耳元で。
「くっ、くくくっ! あなたの言葉一つで私は望むがままに動きます、せいぜい独りよがりの我慢、続けてください」
そう言いマモンはグレリアの手を払い除け部屋を後にする。
「チッ、いちいち癪に障る」
──だけど、彼の言葉には一理あるわ、全てを禁ずることはいい事とは言えないわ、何よりも、私が、彼に会いたい。
そうと決まれば善は急げ、だ、グレリアは傷を魔道具で隠し、服を変える。
「ベルゼジア、いますか?」
「ここに」
黒霧から口元を血で汚した男が現れた。
「食事中でしたか?」
「これはお目汚しを失礼致しました」
ベルゼジアは口元を手で拭い、血を拭き取る。
「服を、出来れば目立たない物をお願いします」
「承知致しました」
ベルゼジアは来た時とは逆に霧に溶け込んでいく。
2時間後、ベルゼジアが三着の服を持って霧から現れた。
一着は黒地に白のレース、赤い刺繍の入ったワンピース。
一着は七分袖にV字、灰色のセーター。
一着は白のワイシャツに黒のベルト、ゴスロリ系のドレス。
「どれに致しますか? どれも素材からこだわった一級品です」
グレリアは長考の後、セーターを手に取った。
「これに、では少し出掛けてきます」
「行ってらっしゃいませ」
━━━ノルデアン 正門前 ノルヴェステ平原━━━
──転移は成功ね、たしか、ノルヴェステ平原、広大で木々のない、まさに平原、高低差も少なく過ごしやすいでしょうね。
あら? こんな正門の前で3匹の魔狼に囲まれた冒険者? バカバカしい弱いなら逃げればいいのに。
(放置ね)
──つまらないわ、助けたところで私に得があるわけじゃないし。
……でも、王子様は構わず手を差し伸べるのかしらね?
グレリアは冒険者の前に立ち、右手を魔狼にかざす。
──目立つのは良くないわね、弱い魔法は…
(魔弾)
右手で銃を形取り魔狼に向ける、指先には圧縮した魔力を込め、打ち出す。
(ヤバっ)
打ち出された魔弾は亜音速を超え魔狼の眉間へと到達、魔弾は貫通し、衝撃波により魔狼の頭部は弾け飛び、それを見た2匹の魔狼は一目散に逃げていった。
──どうしましょうか、この威力は普通ではありえないわ、ノルデアンに入る事が出来なくなる可能性があるわね、目撃者を、消す? 助けたのに? それは嫌ね…
「あっ、あの」
「…何かしら」
──次の言葉次第で、殺しましょう。
「助けてくれてありがとうございます! 是非お礼をさせて頂きたいのですが、お時間の方はよろしいでしょうか?」
──ふふ、面白いわね、この子は恐れを知らないらしい、だから無茶だと知っていても、私が未知な力を持っていようが関係ないのかしらね。
「ええ、構わないわ、忙しい身では無いしね」
「よかった、そうだ、僕はメツエナって言います、駆け出しの冒険者で、今日が初めてのクエストで、薬草採取だったんですけど、魔狼に囲まれてしまって」
──ああ、やっぱり駆け出しね。
「そう、それは災難だったわね」
グレリアはメツエナの頭を撫でてそう言った。
「では、こっちです」
メツエナは照れながら手を引き、正門へと向かう。
──必死に案内しようとしてくれてる、可愛いわね、でも、いつかは私の手で殺しちゃう、それが私の目的だから、必要だから、私は必要であれば、なんの罪もない、無垢な少年も殺さないといけない。
──正門は思いのほか簡単に通してくれた、どうやらこの子はノルデアンの中では割と高位の家に生まれたらしいわね、そのおかげで私も簡単に入れた、まあ、簡易ながら名前と出身地を聞かれたけれども。
「綺麗ね」
──すごく、綺麗、街並みが、生きる人々の笑顔が、生き生きとした笑顔、魔王はまだ攻めてこないという安心かしらね。
……もし、もしここで、私が人を殺して回ったら、どうなるのかしらね、罵倒を浴びせる? 怨みを込めて石を投げる? それとも、逃げるのかしら?
壊したい、壊したい、でも、だめ、まだ彼に会ってないから。
「よかった、お姉さん、すごく悲しそうな目をしてたから、笑えないのかな?って思ってた」
「私、笑ってた?」
「うん」
──私は、やっぱり、壊れてる、人として、生き物として、苦痛や苦悩に悩む姿を想像して、悦を感じてしまう。
「あっ、着いたよ」
──随分と広いのね、あれ? これって王宮じゃないかしら?
「? 王、宮?」
「違いますよ、ここは使用人寮です」
──王宮の一部ね、これは違うとは言わないと思うわ、私は。
「使用人だったの?」
「いえ、違います、姉が使用人で、一緒に住まわせて貰ってるんです」
「そうだったのね」
──それにしても、簡単に部外者を入れてしまうのはセキリュティ的に宜しくないと思うわ、攻めやすいし。
「あっ、ユキノさん!」
「残念、今はカルミナだー」
「あちゃー また間違えちゃった」
──え? 彼が半身、私が求めた王子様《十六夜》の半身、ああ、いいわ、いい、程よく引き締まった身体、髪色は黒が良かったけど、まあ、一目見れただけでも良しとしましょう、多分気づかれてしまうし。
「…あんた、何者だ」
「私は李彩音、榑石 李彩音よ、よろしくね」
──とりあえず、名乗ったけど、安直なのよね、グレリアって、昔クレリアって呼ばれてた時の名残りみたいな所あるし。
「そうか、俺はカルミナだ、失礼を承知で言うが、あんた、魔族だろ?」
──バレちゃったわね、でも、私が魔王とは知られていない、 …作り話でもしますかね。
「私は、忌み子として、生まれました、母が魔族に犯されました、だから私は半分魔族です!」
「嘘だ、あなたは、俺を知っている! 俺が知っている! あの時の助けられなかった少女だ! それがなんで! 魔族なんだ!」
黒髪の青年は、瞳に涙を浮かべ、取り乱しながらもそう言った。
──ああ、そう言えば王子様には”知識ノ片鱗”があるんだった、取り乱して、叫んで、泣いて、そこまでしてくれる、とても優しい人、だから、私は彼を呼んだ。
「バレてしまいましたね、今日のところはこれにて、また、お会いしましょう、私の愛しい王子様」
グレリアは消えた、雪乃の視界から、メツエナの感覚から、そう言い残して。




