49話 酒盛り
━━━ノルデアン商業地区 レギエッド酒場━━━
「一週間ほど、か、フェルナがいなくなって、特Sクラスの全員が国から休学にしてくれ、と頼まれたんだ、お前なら何か知っているのか?」
「ま、それについては何も言えねえな」
特Sクラス教師のアデマンと王立騎士団長のレギエナが街の酒屋で飲み会をしている。
ほかの参加者も国の重鎮であったり、高位な位に着くもの達だ。
「大体さぁ、特Sまで行ったらよぉ、教師いる意味ねえじゃんー」
アデマンは酒に弱い、まだエールをジョッキで一杯も飲んでいないと言うのに呂律も回らない。
「それは違うぞ、幾ら優れていたとしても疑問はある、その疑問に答えれるのは教師の役目だ」
レギエナは淡々と語る。
しかし、アデマンは酔いつぶれ眠っていた。
「おい、もう、寝てるぞ」
「…誰だよ度数の強いエールを飲ませたの」
「すまん、私だ」
アデマンに度数の高い酒を飲ませたのは黒のロングヘアーの女性だ、王直属の部隊、黒の騎士団副隊長のエリエナ・クリストファー。
「まあまあ、いいじゃありませんか」
この4人の中で、恐らく一番の強者、黒の騎士団の隊長、エルデラント・クリストファーがレギエナのジョッキに蒸留酒を溢れる程にそそぎいれる。
「……なあ、お前は馬鹿なのか?」
「お酒は度数が命、高ければ高いほど美味しいのです」
「…馬鹿だったか」
「美女二人がお酒を注いでるんですよ、飲んでください」
レギエナはため息をつき、ジョッキになみなみ注がれた蒸留酒を飲む。
「いい飲みっぷりだ、それでこそ騎士長に返り咲いた男」
「胃が痛いよ、本当に」
「噂はかねがね、圧倒的な戦力差の魔軍相手に指揮をとり、惨敗を免れた、伝説の軍師レギエナ、まさかこんな気さくな人とは思いませんでした」
「君達こそ、連合国になる前は名高い騎士じゃないか、まさか同じ所で飲んでるとはね」
「悪名高い、の間違いだぜ、私らクリストファー姉妹は人相手なら強いが、あいにく魔物は専門外だからな」
一通り酒を飲んで、月は沈み始めても尚、酒盛りは終わらない。
━━━商業地区郊外 名もなき森━━━
(魔法、不思議だが、体に馴染んできてる)
雪乃は習慣化した鍛錬を積む、それは昔から、雪乃が杖術を習い始めた頃から欠かさずに続けてきた、だがもちろん例外はある。
受験勉強の時、インフルエンザになった時、そして、死んだ時。
145… 146…
(なあ、ユキノ、何やってるんだ?)
これか? これは倒立腕立てだ。
(トウリツ腕立て? 腕立ては分かるがトウリツってなんだ?)
倒立ってのは、あ〜 逆立ちは分かるか?
(逆立ちね、分かる)
逆立ちのまま腕立てをするんだ、自重を使った筋トレだ、主に胸と背中、あと腕もだな、鍛えられる。
(ほう、凄いな)
カルミナこそ、カリバーンを手に入れたのはすげえと思うぞ。
(まあ、そりゃ、ウィンディが師匠だならな)
はは、大丈夫だったか?
(もちろんだ、意外と手加減出来たてぜ)
雪乃は約一ヵ月ぶりのカルミナとの会話を楽しんでいた。
カルミナが戻ってきた時、体、魂共に変化が生じた、体は半竜人の一歩手前、蜥蜴人の特性を持った強靭な姿へと変化し、魔力は三色へ変化した。
カルミナが元々持っていた『光』に雪乃が持っている『水』そしてカルミナが新たに手に入れた『木』の魔力が融合し『聖水樹』の魔力へと。
スキルもそうだ、雪乃の”零氷之王”とカルミナの”樹龍ノ戯”が同期し新たに、エクストラスキル”零龍之戯”を手に入れた。
効果は三つ、
・思考速度上昇S
・聖水樹強化A
・氷樹龍陣
だ、そして、何よりも変化が大きいのは生活面だろう。
一ヶ月、それは人の生活リズムを変えてしまう。
カルミナは朝、日が登る前に起き、朝食をとり、走る。
対して雪乃は、日が登ってから起きる。
つまりはリズムが合わないのだ、まあ、あまり雪乃にとって不快なものでは無いようだ。
「あんたがユキノかい?」
木の影から深緑色の髪を靡かせて、黒いコートを来た美女が出てきた。
「そうだ、あんた、たしか、ウィンディ、だったか?」
「そっ、ウィンディ、ウィンディ・ブラット、カルミナの師だ」
ウィンディは言葉とは裏腹に殺気立っている。
「なんの用だ」
「なに、すぐ済む」
雪乃は構える。
「酒屋に案内しろ」
ウィンディは照れながらそう言った。
「…は?」
雪乃は唖然とし、気の抜けた言葉が漏れだした。
「いやな、あたしは酒とか飲んだ事が無くてな、試してみようと思うんだ」
「…すまん」
「知らないのか?」
「ああ、俺もあまり詳しく無いから」
(あ〜、多分商業地区歩いてれば見つかると思うぞ)
さんきゅ、歩いてみるわ。
雪乃は「カルミナが言うには、商業地区を探せばあるらしい、ので探しながら歩きますね」
と、言い歩き出した。
「おぉ、流石はあたしの弟子だ」
「そうだ、ウィンディさん、今度戦いを教えてくれませんか?」
「むぅ、あたしはあまり宝石には触らないんだ」
「?」
ウィンディの言葉には既に雪乃は完成している、という意味が込められている、だけでなく、磨かれた宝石ほど傷が目立つ、そんな脆く儚いものに触れば傷つけてしまうだろう、という二つの意味がある。
「まあ、そうだな、少しくらいなら相手してやってもいいぞ、それと、敬語辞めてくれ、むずがゆくてしょうがない」
「ありがとう」
道を歩くとすれ違う人からの視線が雪乃達に向けられる。
理由は単純にスタイルのいい美女と背丈のあるイケメンが並んで歩いているからだ、しかもウィンディの髪色は目立つ緑、それらの要因で人目が雪乃達に向けられていた。
ある程度歩くと酒独特のアルコール臭が漂い始め、匂いの元を探す、匂いの元にはレギエッド酒場の看板があった。
「酒場、ありましたね」
「敬語」
「すまん、酒場あったぞ」
「よろしい」
両開きの木製扉を開き店内に入る。
そして、テーブル席に座っていたレギエナと雪乃は目が合った。
「「……」」
しばし無言の時が流れ、気がつくとウィンディはクリストファー姉妹と酒を飲みかわしていた。
「えっと、大人の人は息抜きが必要なのは知ってます、気にしないでください」
「違うよね、まあ、別に酒に関してとやかく言うつもりはないけども、君のクラスの担任がいるんだけど、大丈夫?」
「俺は案内なので呑まないです」
「なら良かった、あっ、彼にジュースを」
レギエナは慣れた言葉遣いで店員にジュースを頼んだ。
「奢りだから気にしないで飲んでね」
「ありがとうございます」
こうして不思議な面子の飲み会は日が昇るまで続く。




