47話 絡みつく思惑
━━━名もなき森━━━
「…ふぅ、ヘンゼンさん、無事ですか?」
「ええ、これぐらいなんともありません、昔は鬼狩りのヘンゼンとも呼ばれてましたので」
通常の魔猪よりも大きい6mを超える個体に囲まれた雪乃とヘンゼンは背中合わせで魔猪の猛攻を凌いでいる。
ヘンゼンの武器は小さな護身用のナイフのみ、それで的確に魔猪の喉を切り裂いていく。
雪乃は武器の性質上決定打に欠ける、しかし、氷鱗纏の爪を使い、柔らかい目を狙う。
「まさかいきなり囲まれるとは思いませんでしたね」
事は約30分前に遡る。
開けた土地に出た雪乃は魔力感知の範囲を最大まで引き伸ばし、周りにいる魔力を持つ生物の場所を探そうとした、それが間違いだった。
魔猪に限らず魔物は基本的に自分よりも魔力量が多い獲物を狙う傾向にある。
魔物が人間を襲うのは強さの割に持っている魔力が多いからだ。
雪乃の魔力は魔猪にとって格好の餌と認識された、結果として雪乃は半径50mの魔猪を引き寄せてしまった。
そこから30分間に渡り雪乃とヘンゼンは戦い続けている。
「ホンットにすいません! 魔力によってくるとは思わなかったんです」
「いえ、見つける手間が省けたと考えれば悪いことばかりではありませんよ、時にユキノ様、広範囲魔法は使えますか?」
「ええ、広範囲に影響を及ぼす魔法なら」
「どれくらい離れれば?」
「最低でも50m以上で」
「分かりました、では、ご武運を」
ヘンゼンは木の枝を伝って、離れていく、素早く、それでいて木の枝は折らずに、音も最小限で、魔猪に気付かれないように。
(半径50 温度は…マイナス100でいいか)
雪乃は魔猪の突進を避け、発動の準備を進める。
雪乃の絶対零度は直径が狭ければ狭いほど高度な魔力操作が必要になる。
特に半径操作はスキルの補助が無ければ最低でも熟練の魔術師5人が必要だ、だが、雪乃の持つスキル”零氷之王”は高度な演算能力があり雪乃はどの距離を何度で、という情報とタイミングだけで発動出来る。
雪乃の魔力感知範囲からヘンゼンの魔力が消えた、
(今)
雪乃の周りの生物は全て、木々に至るまで時が止まる。
青々しかった木の葉は白く凍り、風が吹けば崩れ落ちる。
魔猪の群れは毛皮が凍りつき動こうとすれば毛皮が割れそこから流血し凍りつく、動けば動くほどに体は冷え凍りつく、言わば凍てつく無間地獄。
雪乃の吐く息は、水分が凍り白い霧を作り出した。
「馬鹿な… まさか一人でこれ程の範囲を…」
ヘンゼンは雪乃の言葉をあまり信じていなかった、幾ら勇者だとしても一人で半径50mを凍らせる者は今までは存在していないからだ、もし居たとしてもここまで完璧に、植物の中心まで凍りつかせる事は出来ないだろう。
まあまだこれだけなら理解しようとすれば出来る、だが、ヘンゼンが雪乃の感知範囲から出た瞬間に寸分の狂いもなく凍りついた、これは雪乃が完全に魔法の範囲を調整出来る、という事にほかならない。
「これは… 凄い… 期待以上だ、彼なら勝てる、魔王に、魔王軍に!」
ヘンゼンは高らかに笑う、それを見られているとも知らずに。
━━━魔界 頂上 魔王グレリアの城━━━
「セシル、貴方が独断で動いた事について、何か弁明はありますか?」
玉座に座り、足を組む女性、首筋には縫い合わせたような傷がある。
対してセシルは片膝を地面につけ俯いたまま顔を上げない。
「いえ、何もございません」
「そうですか、罰は、そうですね、今後私の許可なく王子様に近づかないように」
「承知致しました」
「以上です、下がりなさい」
グレリアはセシルを下がらせ、魔道映写機を起動させる。
魔道映写機には雪乃が映る。
「お嬢、人に固執するのは良くない」
褐色肌に赤い髪、常に瞳の閉じている男、王下七罪暴食のベルゼジア、グレリアの身の回りの事をする事が多く、他の6人からも雑用として扱われている。
「彼は私の光、ヒトが光を求めて何がいけないのです?」
「光に限らず、たとえ薬でも、大量に摂れば毒になる、お嬢にとって、勇者が光だとしたら、お嬢は闇、決して相成れない」
「だからなんです? 私は光を求める、それだけですよ」
「…お嬢、千年も待ち焦がれたのは分かる、でも、勇者は所詮人、お嬢の寿命と差があり過ぎる」
「私は永遠に彼と過ごしたい訳じゃないの、一時でいい、万全で、人生最大のタイミングで彼と戦いたいのよ」
「…そう、分かった、もう何も言わない」
そう言いベルゼジアはテーブルにケーキとコーヒーを置き下がる。
━━━名もなき森━━━
雪乃は凍りついた森をゆっくりと元の温度に戻しつつヘンゼンの所へ向かう。
「ユキノ様、このヘンゼン、感服致しました」
雪乃がヘンゼンの元に着くなりヘンゼンが頭を下げ、そう言った。
「えっ、いや、え?」
雪乃はヘンゼンの言葉に困惑し、返答に淀む。
「ぜひとも、騎士団に所属していただけないでしょうか?」
ヘンゼンは雪乃を国の兵器として利用したいと思っている、だが、それは国、王の意志とは違う、ヘンゼンの独断だ。
「ん〜? えーっと、考えさせてください、今は早期な気がして」
「そうですか、良いお返事をお待ちしております」
ヘンゼンは帰る道では喋らなかった、恐らくだが、この後の弁解を考えているのだろう、森の直径100mを氷漬けにし、植物を壊死させた事についての。
雪乃はヘンゼンを先に帰らせ、ビニールハウスの修復を手伝っている。
「ユキノくん、えらく手際がいいな、なんかやってたのかい?」
雪乃はテキパキとビニールを貼り直している、それを見た農家が問いかける。
「昔、家の手伝いでやってましたね」
「そうかそうか、家の手伝いか、若いのに偉いねぇ」
会話が終わると、作業に集中した二人は驚くような速度で直していく。
「ユキノくん、良ければこれ持ってって」
農家は笑顔で小さな麻袋を雪乃に差し出す。
中身は茶葉、フィーマス産の上等な物、この量であれば金貨五枚はくだらない。
「いやいや、頂けませんよ」
「遠慮しない、遠慮しない、本当に助かったからさ、ね?」
「…分かりました、頂戴します」
「入れ方は分かるかい? 沸騰直前のお湯を茶葉を入れたポットに入れて、30秒程蒸らす、その後は予め温めておいたカップに注ぐんだ、最後の一滴まで丁寧に入れないとな、すごく美味しいからやってみな」
「何から何までありがとうございます」
雪乃は麻袋を受け取り、笑顔でそう言った。




