44話 約束の日
━━━連合国家ノルデアン 王城 王室━━━
机に向かう女性、そしてその後ろにはティーポットと茶菓子を用意した年老いた執事が立っていた。
「お嬢様、そろそろ休憩なさった方がよろしいかと」
執事は紅茶を入れながらそう言った。
「そうしたいのは山々ですが、さすがに3日間も業務をしていなかったので…」
メリアは苦笑いしつつ、陶器のティーカップを口に添える。
「そうでしたか、それより、今日のお茶ですが、最近は魔獣の活動が活性化しており、あまり良質な茶が取れないそうですので、勝手ながら数段落とさせて頂きました、」
「そうですか、でしたら、派遣も…いや、なんでもありません、騎士達を私用で動かす訳には行きませんね」
メリアは疲れた笑みを浮かべ溜息をつく。
「…本当にお休みになった方が」
いつもであれば言わないようなセリフを言ったメリアに執事は驚いたが、表情には出さない。
「メリア、入るぞ」
扉の外から少女の声が聞こえ、扉が開かれ、入ってきたのは三人だった。
「フェルナ様、ユキノさん、ハスディア、どうしました?」
「我は少し出掛けてくる、その間ユキノに雑務を押し付けておけ」
「私は有難いのですが、ユキノさんはそれでいいんですか?」
「ええ、色々と迷惑をかけてしまったようですし、それに、何もしていないのは性にあわないもので」
「ちょうど良かった、ユキノさん町外れの茶畑に行って魔獣の数を減らして欲しいんですが、いいですか?」
執事は三人をソファーに座らせ紅茶を入れる。
「分かりました、それで、何匹ほど討伐してくればいいんです?」
雪乃は乾いた口を潤す様に紅茶を口に含む。
「そうですね、ちょうど手元に金貨二十枚あります、これに見合うと思う数を」
メリアは黒い笑みを浮かべ、雪乃を試すように問いかける。
「……自分はあまりこちらの相場は分からないので、出来る範囲でやらせて頂きます」
予想外の返しにメリアは笑った。
「ふふ、やはりいいですね、異界人は、私の予想を尽く外してくれます」
メリアは雪乃に聞こえないように小さくそう呟いた。
「場所は何処です?」
「おっと、そうでしたね、場所は農業地区、郊外の更に外れ、この国の茶葉全てを生産しているフィーマス、フィーマスとはこの国では重要という意味です、つまり、王族、貴族、民草に至るまでの嗜好を扱っています、くれぐれも、失敗のないように」
雪乃に向けられた笑顔は冷たく、有無を言わせない圧があった。
「は、ハイ」
「では、案内役として、そうですね、ヘンゼン、貴方にお願いします」
「承知致しました」
執事はメリアに頭を下げ、雪乃をエスコートする。
「少々歩きますので」
そう言い執事は扉を開け、雪乃を案内する。
「さて、話しても良いか?」
紅茶を嗜んでいたフェルナが口を開く。
「ええ、たしか、出掛けるんでしたよね?」
「ああ、精霊の森に預けている奴を回収してくる」
「精霊の森って確か、ここから600マイル以上離れてますよね?」
「ん? ああ、多分そのくらいだ」
「全く、それで? 何日空けるのですか?」
「今日だけだ」
「…そうですか、では、お気をつけて」
フェルナは紅茶を飲み干し、扉から出ていった。
「貴方は何の用ですか、ハスディア」
「なに、仕事、溜まってんだろ」
そう言いハスディアは書類を半分ほどテーブルに置き、髪を後ろに束ね書類に向き合う。
「…ありがとうございます」
メリアは頬を染め小さく呟いた。
二人が書類に向き合い、二十分ほど経ち、静寂を割くようにハスディアが喋り出した。
「なあ、ユキノの事どう思う?」
「…そうですね、異界人にしては礼節がある方だと思いますよ、殆どは自分が最強とでも思っているような輩が多いですから」
「それに関しては同意見だ、だが、そうじゃない、あいつは、多分だが、本来あの歳で死ぬ様な奴じゃない、何らかの原因があってこちらに呼ばれた可能性がある」
ハスディアは終わらせた書類をまとめ、少し冷めた紅茶を飲みながら眉間にシワを寄せた。
「確かに、彼の身体能力は相当の鍛錬を積まなければ到達できないでしょう、もしそれが借り物だとしても、それをあそこまで完璧に操れるのは19と言う歳では些か違和感がありますね」
「ああ、魔法に関しても、だ、あいつのいた世界には魔法が無いらしい、だが、あいつは使いこなしている」
ハスディアの言葉にメリアは難しい顔をし、ため息をついた。
「面倒ですね」
「…なあ、気になったんだが、メリア、お前、何で下々にも丁寧な言葉遣いなんだ? 王だろ?」
「ええ、私は王です、それと同時に私はメリア・インス・ノルデアンなのです、私の生き方は、皆に平等に接する事です、ですが、それは、誰にも敬意を払わない、とも言えます、だから私は言葉遣いだけは変えません、たとえ相手が、遥か下だとしても、たとえ私よりも位の高い人だとしても」
メリアは言い終わると紅茶を飲んだ。
「そうか、まあ、俺はお前の生き方を否定しない、それでいいなら俺は構わない」
「…ハスディア、貴方、変わりました?」
「そうかもな」
「ふふ」
会話はそこで終りまたしても部屋には静寂が揺蕩う。
━━━連合国家ノルデアン 農業地区郊外 フィーマス━━━
雪乃はそれを一目見て、驚愕した。
見渡す限りの緑、ビニールハウスのようなドーム状の建物、温度、湿度、全てを監視、管理されている事に、そしてそのドームが半壊している事に。
「ひどい…」
雪乃の口から出た言葉はそれだけだった。
「魔猪ですね」
比較的ラフな格好に着替えたヘンゼンは地面に残った足跡や被害のあった植物の噛み跡でそう判断した。
「ヘンゼン様、今日は何をお探しですか? あいにく茶葉はこの有様でして…」
畑仕事をしていた初老の農家がヘンゼンの元に早足でやってきた。
「いえ、今日は問題の解決を手伝いに来ました、彼が」
「どうも、十六夜雪乃です、微力ながら助力致します」
雪乃は作った笑顔を浮かべる、言うなれば営業スマイルと言われるものだ。
「これはこれは、丁寧にどうも」
雪乃につられ農家も笑顔になった。
「では」
ヘンゼンは雪乃を連れ森の方向へ歩いていく。
森の木々は皮を剥がされ、実は食われ、見るも無残な姿になっていた。
「あの、ヘンゼンさん? で合ってたっけ?」
「ええ、合ってます、それでなんの用でしょうか」
森を歩きながら雪乃はヘンゼンに話しかける、ヘンゼンは木々をかき分けながらに答えた。
「魔猪ってどれくらい強いんだ?」
「そうですね、大きさにもよりますが、大体が騎士達2〜5人程度で倒せます」
「…それを俺一人で、ですか?」
「まあ、もしもの時は私も手伝いますので」
しばらく歩くと、開けた土地に出る。
「ユキノ様、お気をつけください、ここからは魔猪のテリトリーです、いつ魔猪と遭遇してもおかしくありません」
ヘンゼンが雪乃の方を見ると、既に雪乃は氷鱗纏を発動させて集中していた。
雪乃はこちらに来てから敵がどこから来るのか、どういう風に仕掛けてくるのかが分かるようになっていた、元々勘は優れていたが、それとは別に、勘などと不確定なものではなく、何か予知、の様な確実に来る、と分かるようになっていた。




