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40話 愛しの貴方へ

 

 ━━━フェレノア地下迷宮 73階層━━━


「ヒッ!?」


 雪乃は目の前の光景に絶句した。

 おびただしい数の血痕、壁にまとわりつく肉片、むせ返る様な血の匂い、更には虚空を見つめる紅い瞳が地面に落ちていた。


「うわぁ」


 その光景にガリルですら引き気味になっている。


「うっ」


 雪乃は込み上げてくる嫌悪感に喉を詰まらせる。


「流石にキツいか、ほれ、向こうの端で吐いてこい」

「…すまん」


 ガリルは周りを見渡す。

 周りにはダークエルフの物と思わしき皮膚片や、長く黒い耳が落ちている。

 壁には臓物がこびりついており、100メートル四方の部屋の中全体に血や肉、ピンクの柔らかい何かなどが撒き散らされていた。


(ペルスェポネ様だな、こんなに無残にしなくてもいいのにな)


 ガリルはそれらを一纏めにし、別空間の土に埋め、手を合わせる。



(ハァ、キッついなぁ)


 雪乃は元々空に近い胃の中を空っぽにし、先程の残酷な光景に胸を痛める。


「ほれ、水だ飲め」

「すまない」


 ガリルは雪乃に水を渡し、下に降りていく。



 ━━━迷宮74階層━━━


「よう、早かったな」


 ハスディアが笑い、雪乃に言葉をかける。


「そうか?」

「にしても傷だらけじゃねえか、魔法効かないんだよな? どうすんだ?」


 その言葉に雪乃はハッとなり、


「…どうしよう」


 と、焦りの表情を浮かべた。


「えっと、自己治癒力を高める魔法なら使えるわよ」


 メリザは雪乃の傷に引きながらもそう言う。


「まじか、頼む」

「まかせなさい!」



 ハスディアは扉の前に立ち、煙状の敵と対峙する。

 煙状の敵は一人の少女を形作った。

 身長は160cm程度で髪は長く、後ろでまとめた黒いポニーテール、黒を基調としたワンピースを着ている少女へと姿が変わる。


「……ミカ」


 ミカ・エルナ・ニコラエヴァ、ハスディアの元主であり、自らの世界を滅ぼし、悪魔を従える魔王 災厄の魔王 神代の災厄 などと呼ばれていた事がある。

 世界を滅ぼした後自ら命を断ち、自殺した。


「久しぶりねハデス、バアルとサタン、ペルスェポネは元気かしら?」

「バアルは俺様が殺した、サタンは知らねえ、ペルスェポネはそこにいる」


 ミカはニコリと笑いかけ、ハスディアは淡々と語った。


「そう、貴女はどうするのかしら?」

「とりあえず、そうだな、お前を殺す」

「フフフ、言うじゃない、あの四柱の中で一番意気地無しだった貴方が? 私を?」


 ミカは笑顔を崩さずにハスディアの目を見つめる。


 幻影(ファントム)という魔物は、対象の最も想う者の形 記憶 性格全てを真似トレースする。

 そして、戦闘力は真似た相手の元に自らの力を上乗せできる。


 地の力は五分、しかし、既にファントムは死んでいる、姿を形作った時点で、魔力の圧に耐えきれずに、魂が削り取られた。

 戦う意味など無いはずの主と従者、しかし、ハスディアにはあった、主の姿を騙るニセモノへの怒りとこのままミカを解き放ってしまえば世界は混沌と化す、それを止めるためにハスディアは鎌をとる。


「ユキノ、お前らは先に行ってろ」

「ハスディア様…」


 ペルスェポネは後ろ髪を引かれながらも雪乃を追い進む。

 ハスディアはミカから目を離さずに雪乃達を先に行かせた。


「ふふふ、いいわ、行かせてあげる、せいぜい目的を果たしなさい」


 ミカは雪乃たちに目もくれず、道を開けた。


「さあ、これで邪魔者はいなくなったわ、産まれなさい凶暴獣ラハム


 ミカがそう言うと、後ろに一つの多重魔法陣が生成され、五体の人の様な、白く平坦で、輪郭のぼやけた何かが這い出てきた。


「│┛・─∴┛∵┐…」


 ラハムは通常では聞き取れない言葉ですらない、音の羅列を鳴べる(しゃべる)


 一閃、ハスディアの鎌が五体のラハムを上下に分けた、しかし、ラハムは動きを止めずにハスディアに絡みつく。


 しかしラハム達は少しずつハスディアにめり込んでいき、最後には何も残らなかった。


 ミカは眉をひそめ、


「吸収ね、いつの間に使えるようになったのかしら?」


 と、不機嫌で少し嬉しそうな表情を浮かべた。


「吸収じゃない、身体の周りを腐敗の魔力で覆い溶かしていっただけだ」


 自慢げにハスディアがそう言い、間髪入れずに最上位闇魔法を何度も放つ。

 ミカはそれら一つ一つを丁寧に水魔法で相殺する。


 それが長く続くはずもなく、三十分ほどでお互いの魔力は底をついた。


「あはは、魔力はお互い無くなったわね、じゃあ、アレで決着を付けましょうか」


 ハスディアとミカの魔力量は互角、そして、どちらも魔力が底をついた、だから、別の方法で決着を付けようとする。


「久々にやるな」

「ルールは、そうね、無手である事、だけかしらね」

「いつものか」


 ミカは魔力が尽きるとどんな時も、必ずと言っていい程、この方法で決着を付けようとする。


 ミカの使う武術は足が主体だ、それに対してハスディアは拳、リーチの差は覆せない。


 ミカが脚でハスディアの顎を打ち上げた。

 ハスディアは嗤い、左拳でミカを殴る。


「ッうぅ、痛ったいわね」


 口から滴る血を拭い、右足で回し蹴りを放つ。

 ハスディアの首目掛けて美しい弧を描き吸い込まれる。


 ハスディアが足を掴み取り反対の腕で膝関節を極め、そのまま砕いた。


「ッああ! 痛っったぁ!」


 悲鳴が上がろうとハスディアは攻撃の手を止めない、ミカの上に馬乗りになり、拳を固める。


「……随分と強くなったのね」


 その言葉にハスディアは殴りつけようとした拳を止めた。


「…まあな」

「私の負けね」

「ああ」

「殺すのよね」

「ああ」

「そっ、最後に言わせてもらいたいのだけど」

「なんだ」

「貴女は私の憧れだった、美しく、たおやかで、それでいて強い、でも、私なんかよりもよっぽど人間らしい心を持っていたわ。

 多分、私は貴女を愛していた」

「お前は俺様の記憶を読み取って生まれた、だから、それは俺様の望みだ」


 ハスディアの目元には黒い涙が浮かんでいた。


「いいえ、違うわ、私は私、貴女の記憶から生み出されようと、私は変わらない、だから、これは私の本心よ」


 そう言いきったミカの体は少しづつ黒い霧に変化し、散っていく。


「さぁ、早くトドメを刺しなさい、消えてしまう前に」

「分かった」


 ハスディアは涙を流しながらミカの胸を貫手で貫く。


「愛しているわ、ハスディア」

「なんだ、名前変わったの知ってたのか、 …俺様もだ」


 ミカはハスディアの後頭部に手を回し口付けをする。

 唇の隙間からはミカの血が流れて落ちた。


「ミカ…」

「ふふ、さようなら」


 ミカはそれを最後に霧となり消えていった。


 ハスディアの涙が地面に落ちる。

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