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39話 迷宮 72階層

 

 ━━━フェレノア地下迷宮 72階層━━━


 雪乃は何とか踏ん切りを付けたようだ、だが、顔色は優れない。


「ディア… 違うハスディアか、この先、エルフが一人居る」


 ソーンズが、ハスディアの名前に戸惑いつつも、状況を報告する。


「なんで?」

「いや、知らないけど」


 部屋の奥にはエルフの男が一人、全体的に細身だが、着ている服のせいでそう見えるだけかもしれない、ダボッとした緩い白地に金の刺繍が入った服。

 腰には刃渡り20cmにも満たないナイフがあり、持ち手には黒の魔石(ショール)が散りばめられ、刃は黄金に輝き、金と銀のダマスカス紋様を描いている。

 エルフの上位種、ハイエルフの中で最も優れた者のみが、五百年という永い時をすごし、老いを克服し、死すらも克服した存在。

 千年以上生きる事から千年(ミレニアム)エルフと呼ばれる。

 過去に三人しか生まれなかった、上位魔神に匹敵しうる存在。

 その一人、名をテンノ、無手の戦いを好む、誇り高きエルフの拳士。


「よく来た、そこの黒髪の少年、貴様は危険だ、悪いが───させてもらう」


 そう言い、テンノは”次元隔離”というスキルを発動させた。

 言葉は一部が聞き取れ無かった、それはスキルの発動と同時だったからかもしれない。

 とにかく、テンノは雪乃を隔離空間へ引き込み、一対一の状況を作り出した。


「なんでわざわざお前と俺なんだ?」

「知れたこと、貴様は次元を超える術を持たない、取り残された者は脱出出来る力を持っているが、少なくとも貴様は違う、一人での脱出はされないだろう」


 テンノは拳を構え、雪乃に放つ。

 拳は雪乃の鳩尾を打ち抜き、雪乃は弾き飛ばされる。


「コハッ!?」


 次元の壁に打ち付けられ、身体が空気を限界まで吐き出す。


 身体が空気を欲する、しかし、そんな身体とは裏腹に雪乃は立ち上がり、テンノに対峙する。


「むう、魔力を込めていないとはいえ人間が耐えるか」

「…スー、フゥ」

「呼吸は整ったか?」

「ああ」


 雪乃が立ち上がり、息を整える間、テンノは攻撃を与えなかった、生殺与奪を得ているのにも関わらず、殺していない、それは何故か、理由は明確だ、殺すつもりは無いから、に過ぎない。

 呆れるほどの力の差、それを理解しない雪乃ではなかった、理解したくなくとも理解させられていただろう。


(今のままじゃ勝てない)


 雪乃は嘆く、こちらに来て何度目か分からないほど、自分の弱さに苛立ちを覚えた。


(クソッ)


 雪乃は渇望する、強さを、そして、生きる事を。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 取り残されたハスディア達は下に降りていた。

 こちらから雪乃がいる空間に干渉出来ない以上、先に行き、待つ事しか出来ないからだ。


「ハスディア様、私は少しここに残らせていただきます」


 ガリルが珍しくハスディアの意見に従わなかった。

 理由は自分のスキル”多重空間制御”の上位互換”次元隔離”を見たからだ、何としても手に入れなければ、と、そうしなければここより先は足でまといになると。


「分かった、先に下で待っている」

「ハッ!」


 ガリルは跪く。



 ガリルは雪乃が敵と共に消えた場所、そこに空間の僅かな歪みを見つけた。


「……完全に次元が違うな」


 そこから割り出される答えは、今のガリルだと完全に干渉出来ない、と言うことだけだった。


(まずは空間の割り出しからだな)


 ガリルは幸い空間系のスキルを持っている、ハスディアやペルスェポネなどの攻撃系のスキルでは恐らく雪乃の位置の割り出しまでしか出来ないだろう。


「空間A、違う、空間B、違う………」


 ガリルは異なる空間をこちらに繋げ、雪乃の存在を確認していく。


 50を超えたあたりからガリルの顔に疲れが現れる、そして、別の方法を考えはじめた。



 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇



 雪乃は血反吐を吐きながらもテンノに向かう、何度倒されたかなど数えていない。

 体は痣や内出血でボロボロだ。


 対してテンノはほぼ無傷と言っていいだろう、せいぜい服に傷が付いた程度である。


 隔たる実力差は大きく付け焼刃の魔法など役に立たない。

 だからこそ魔力を全て感知と防御に回す。

 それによって辛うじて生きている、


 武器とによる優位性で渡り合えてはいるが、その均衡は雪乃が選択ミスをすれば崩れ落ちるだろう。

 常に雪乃は最善の選択をし続けなければならない。


「いッ」


 雪乃の身体が悲鳴をあげる、腕は軋み、足はふらつきたたらを踏む。


「夢幻流孤月(コゲツ)!」


 一時間にわたる激戦、ついにテンノは技を使った。

 弧を描き、変則的な起動で雪乃の鳩尾を打つ、魔力を練りこんだ拳は雪乃の横隔膜をせり上げ、肺に溜まった空気を全て吐き出し、それだけでは飽き足らず内蔵を傷付けた。


「………コヒュー……… コヒュー、ゴハッ」


 雪乃はその場で倒れ込み、酸素を求め、血を吐きながらも呼吸をする。

 雪乃は飛ばされずにその場で倒れ込んだ、それはテンノが力の流れを操り、雪乃に100%の力を叩き込んだからだ、雪乃は受身を取る事も出来ずに崩れ落ちた。

 立ち上がる事はおろか、呼吸をする事さえままならない。


「さて、どうする、助けは来ない、お前は1人だ」


 雪乃に絶望を届ける一言、しかし、それは現実にはならなかった。


「おっしゃ! 繋がった(・・・・)、やっぱり、方法変えて正解だったな、……助けに来たぜ! 雪乃」


 時空を裂き、入ってきたのはガリル、状況を確認し、倒れ、血を流す雪乃に笑いかける。


「…ガ、ゴハッ、ガリル?」

「ハハハ、無様だな!」


 ガリルは雪乃を指さし、嘲笑った。


「ッんだと!」

「ハッハッハ、雪乃、お前はそこでねんねしてな、こいつは俺がやる」


 ガリルはニヤリと笑った。

 その笑みはテンノに警戒心を抱かせた。


 ガリルのふてぶてしさ、それはこちらに来る際、スキル”多重空間制御”がエクストラスキル”次元接続”へと進化したから、そして、


「お前はもう詰み(・・)なんだよ、肩見てみろ」


 テンノの肩には黒いナイフが刺さっていた、痛みは無いだろう、何故か、ナイフの効果”腐食”によるものだ。

 細胞を腐らせ、痛みはおろか違和感すらも感じさせない。

 そして、五秒以上体内に触れれば、体全体を侵食できる。

 全身に侵食しきるまでは約一分、会話は一分のためのフェイク。


「…フフ、どうやら君にばかり気を取られてしまったようだな…… 頼みがある、君たちがどんな目的でここを攻略するのかは知らないが、ソウリアに住む天使達を殺めないで欲しい、君は悪魔だろ、私の魂を渡す、それが対価だ」

「お前の魂にそれだけの価値があると?」

「あるさ」

「フッ、いいだろう、その願い”悪魔侯爵マーキスデーモン”ガリルの名において叶えよう」


 ガリルはテンノを食らい、雪乃と共に元の次元に戻っていく。

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