38話 迷宮 71階層
━━━フェレノア地下迷宮 71階層━━━
(敵は二体、恐らくゴーレム、だが、何だ? この二体は?)
ハスディアは考える、今まで見た中で最も性能の高いゴーレム、それがここにいる。
しかし、何かが違う、その違和感は直ぐに解消される。
魔鉄、正式名称”魔道鉄鋼” それは、純度が高ければ、という条件があればダイヤモンド以上の硬度を誇り、金属のしなやかさ、そして魔力を流せば微量ながらも傷が直っていく性質を持つ。
それを兵器として利用する、近距離であれば戦車以上、しかし、二体のゴーレムは、小柄、ゴーレムは2メートル越えが通常だがこの二体は180cm程度、洗礼されたボディ、そして、球体関節を用いた関節部、顔も表情が読み取れるほど精密に造られている。
「イブ、敵だよ」
「そうね、アダム」
イブ、女型の魔鉄人形、金髪の髪が短く切られたショートカットで、白いワンピースを着ている少女が、アダム、男型の魔鉄人形、黒髪で、燕尾服を来ている青年に、話しかける。
「む、これが違和感の正体か」
「どういう事だ?」
ハスディアはアダムとイブを見てそう呟き、それに雪乃が問い掛ける。
「あれは多分、原初の人形だ」
そしてハスディアは語りだした。
原初の人形とは、神が作り出した人類の原型、別の言い方をするならば試作品だ。
故に彼らは二人で一つ、不完全を補う為の能力を与えられている。
一つはアダムの”光” イブは”闇”しかしどちらも高性能とは言い難い。
それでも彼らが71階層に配置されているのは、食事の必要が無く、怪我も数分すれば再生する事による。
それはどんな傷でも、上位魔神が死に至るような状況でも小一時間で再生するほど。
部位欠損なども数十分、場所によるが大体が一時間以内で再生する。
多少言葉に違いはあるが、要約すればこのような事だ。
「なるほど、厄介だな」
話を聞いた雪乃がそう言う。
「うん、正解」
イブがハスディアの言葉にそう頷いた。
「ユキノ、お前はアダムを」
「わかった」
ハスディアが雪乃を遠ざけ、イブに向かい魔法を放つ。
「二重淵冥崩壊!」
「甘いわ、二重淵冥崩壊」
ハスディアの魔法と呼応するかのようにイブも同じ魔法を放つ。
闇と闇、起こるはずのない事象、それは闇を飲み込み、闇に飲み込まれる。
無限に起こる魔力の飲み込み合い、どちらの魔力が底を尽きるかのシンプルな意地の勝負。
魔力の余波でハスディアとイブの腕が闇に飲み込まれる。
「ハハハッ! すげぇよ、お前! 俺様と闇の魔力で勝負出来るやつァいなかったからな!」
「そう、褒め言葉として受け取っておくわ」
腕が飲み込まれようと決して表情を崩さないイブ、表情を崩す所か笑いだすハスディア。
その二人を尻目に雪乃とアダムは激戦を繰り広げていた。
アダムは徒手空拳、無手で雪乃の杖を捌いていた。
雪乃が突きを放てば、手の甲でいなされ、杖を払えば両手で受け止められる。
雪乃にとって最も戦いづらい相手、それは無手、武器を扱う相手ならば武器の動きを見逃さなければ被弾することはまず無い、だが、無手は違う、五体全てが凶器となりうる。
雪乃も同様にアダムの攻撃を捌いている、しかし、どうしても小手先の技に頼ってしまう。
しかし、変化が生じた。
それは雪乃の心の在り方。
心が魔法を強くする。
ならば、雪乃の魔法は、異世界人初の、災厄となる。
「渾沌氷嵐」
風の檻がアダムを覆い、凍りついては砕け、砕けては凍りつく、それが永遠に続くのだろう。
「…アレは危険ね」
ハスディアと対峙しながらもそう呟く余裕はあるのだろうか、答えは、否、その気の緩みが敗北へ繋がる。
一瞬、ほんの僅かな時間、一秒以内の気の緩み、そのせいでハスディアの闇へと飲まれていくイブ。
「あ」
「イブ!」
氷嵐の檻からアダムが手を伸ばす、しかし、檻から抜け出せたのは手首より先のみ、残りは凍りつき、砕ける。
「…アダム」
イブも残った右手をアダムへと、しかし、手首より後ろは闇に飲まれる。
二つの手が落ち、重なり合う。
神は二人に感情を造らなかった、それは甘さとなるからか、あるいは、愛しき人を失う痛みを感じさせたくなかったのか、それは神にしか分からない。
だが、たったひとつ、最後に二人には感情が生まれた事は真実として、雪乃とハスディア、フレナドール、メリザ、ソーンズ、ガリル、ペルスェポネ、エンフィールドの心へと、残るだろう。
(俺は、あそこまでやる必要があったのか?)
雪乃は自分に問い掛ける、それは、苛立ちからか、はたまた自分に薄暗い感情が渦巻いたことで発動したあの魔法の事からか。
「……ユキノ、お前は間違っていない、戦いは勝ったやつが正しい、だがな、信念の無い戦いは間違いなく悪だ、少なくともお前は信念を持っている」
ハスディアはそれを見透かしたように、雪乃の肩を叩く。
「……」
雪乃は何も言わない、こちらの世界にきて、初めて、人の形をした物の命を奪ったのだ。
キングゴブリンは人、と言うよりは獣の延長線のようなもので雪乃にとっては━━苦痛であることに変わりはないが━━人では無い。
だが、アダムは違う、あれは人形の形をしているが、れっきとした人だ、心の在り方、魂の在り方、どちらかは分からないが、雪乃にとっては人だった。
「信念のために必要な犠牲、または己の信念を貫く為の障害、この二つ、どちらだろうと、敵の事は忘れねえ。
いいか、戦って負けた奴を忘れるな、それは、せめてもの償いだ、忘れろ、なんてのは甘えだ、自分が殺した奴は絶対に忘れるな。
どんなに苦しくても、だ、お前が殺してきた奴を、お前が倒してきた者を、絶対に忘れるな。
避けられないなら受け止めろ。
だが、お前はまだ子供だ、そこまで深く考えるな、ただ、心の片隅にでも置いておけ、そんな奴がいた事を」
ハスディアは雪乃の胸ぐらを掴み、雪乃の目を見て、そう告げた。
「お前にはあるのか? そんな覚悟が」
「ッ……分からない」
雪乃は苦虫を噛み潰したような表情をしている。
そんな雪乃に追い打ちをかけるかのようにハスディアは話した。
「そうか、なら、理解しろ。
人を殺すのには覚悟がいる。
一つ目は苦しめない覚悟、二つ目は忘れない覚悟、そして、悲しまない覚悟だ。
これのどれか一つでも忘れたら人では無くなると思え、人が人たる由縁は、覚悟にある」




